Episode 197
高級地にある一軒の屋敷。
ジャリックに到着したウェスタリア王国の勇者レオンの父――レヴァン・アインヘルム伯爵が宿泊用に借りた屋敷である。
「……父様、僕が送った手紙は読んで頂けましたよね?」
レイフォンとアシュリーがデートをした日の夜。
屋敷の食卓にてレオンは緊張した面持ちで父レヴァンに話しかけていた。
「ああ、手紙は読ませて貰った。好きな女性が出来たから、紹介したいだったな」
「はい……」
「それで、その紹介したい女性とは一体誰のことだ?」
無愛想な表情でレオンに尋ねるレヴァン。
「それは……僕のパーティーメンバーの仲間のひとりであります、アシュリー・テンペリスという女性です。父様でも聞いたことはあるはずではないですか?『英雄の女神様』という彼女の呼び名を」
レオンはレヴァンに話したつもりだった。
しかし、レオンの話に反応したのは別の人物。
「英雄の女神様!? お兄様! 今、英雄の女神様とおっしゃいましたわよね!」
レヴァンに同行して付いてきていたレオンの妹――リオラ・アインヘルムである。
「え、ああ……そう言ったけど、リオラが何故そこまで反応するんだい?」
(僕は父様に話していたつもりなんだけど……)
「決まってるではないですか! 英雄の女神様ことアシュリー様はリオラ達の年代では憧れの存在なのですよ」
目をキラキラ輝かしながらそう言ってくるリオラ。
「憧れの存在……?」
「はい! アシュリー様とおっしゃれば、今や勇者様であるお兄様様よりも有名人ではございませんか! 王都の街を契約した2体の精霊竜ともに魔族から守った美しき少女……。リオラと年はひとつしか変わらないのに凄すぎます……憧れます……格好いいです……。リオラ達の年代の若者達でアシュリー様のことを知らない者などおられませんし、アシュリー様を題材にした小説なんて人気爆発、超売れてますよ」
楽しそうに語るリオラ。
「えっと……そうなのかい? 噂には聞いていたけど、小説とかまで……」
(アシュリーはこの事を知っているのだろうか?)
興奮気味のリオラから話を聞いたレオンは苦笑いを浮かべている。
「とにかくですよ! アシュリー様はリオラにとって憧れの存在なのです! そんなアシュリー様がリオラのお姉様になるのですよね、お兄様?」
キラキラとした期待の眼差しで見てくるリオラに、レオンは困ったような顔を見せる。
(お、お姉様って……)
「……そ、そこまでは流石に決まってはいないよ。出来れば僕だって……その……なんて言えばいいんだろう……将来的には……えっと……」
照れてるような、恥ずかしがってるような、ウジウジしているような様子のヘタレ感の強いレオンに
「何を弱気になってるのですかお兄様! お兄様は仮にも勇者様なのですよ? そんな弱気でどうするのですか!」
リオラは真っ直ぐな目を向けてビシッとそう言った。
「仮にも勇者って……僕は……」
レオンの呟きなど聞いていないリオラは「はぁ〜〜」と、嘆息してから言葉を続ける。
「わかりましたわ……。レオラがお兄様を全力でサポートさせて頂きますわ」
「サポート?」
レオラの言葉に首を傾げるレオン。
「はい! お兄様は昔から女性にオモテになっても、女性経験のない奥手の●●野郎ですものね。明日はレオラに任せてください。アシュリー様がレオラのお姉様になってくれるように頑張りますわ!」
「いや、でも……」
「●●野郎は黙っててください」
そう言ってニコニコとした表情を浮かべるリオラ。
「……」
レオンは何も言い返せないでいた。
「ゴホン……」
そんな中、すっかり放置されていた存在、父レヴァンがわざとらしい咳をついた。
「お父様? そのわざとらしい咳はなんですの?」
「いや……流石にそのような下品な言葉は慎みなさいリオラ。あと、私にもそろそろ話をさせてくれないだろうか?」
レヴァンの表情は苦笑い。
「わかりました。ではどうぞ」
「う、うむ……。レオン?」
「はい……なんでしょうか父様?」
父息子の表情は共に苦笑いを浮かべている。
原因はリオラである。
そして、レヴァンはレオンに一言だけ伝える。
「とりあえず頑張りなさい」
レオンは何を? とは問わない。
「…………はい」
長い間を開け、ただゆっくりと頷いて見せるだけであった。
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