Episode 169
武道大会本戦出場の選手としてジャリックの城に訪れていたアッシュ。
アッシュはパーティー開始早々にひとり城から抜け出していた。
夜のジャリックの首都の街を見渡しながら歩くアッシュ。
(そういえば、はじめて会った日からあいつとはまともに話してないな。あいつもこの国に来ているのだろうか?)
あいつとはウェスタリア王国王都の街で出会った、亡くなった自分の幼馴染にそっくりな少女、マリベルの事である。
マリベルの事が気になっているアッシュ。
だが、アッシュははじめてマリベルに会った日以来、ほとんど会話を交わせないでいた。
(あのガキ、すべてはあのクソガキのせいだ)
あのガキとはレイフォンの事。
アッシュはレイフォンのせいでマリベルと話す事が出来なかったと考えていた。
同時にレイフォンがマリベルを騙し、脅して支配している極悪人だとも思い推測していた。
その証拠にわざわざ変装し名前も変えて武道大会にレイフォンは出場している、とも思っていた。
アッシュにとってはレイフォンを怪しみ、疑うには立派な判断材料だった。
(本戦はトーナメントだったな。あのガキが負けない限り、今度こそは当たる。そしたら俺が必ず…)
アッシュは他人の試合などは興味がなく、レイフォン(ゼロ)の戦いは見ていなかった。
そんな、考えながら歩いていたアッシュは誰かと肩がぶつかってしまった。
前を見ずに考えながら歩いていたアッシュが悪いのだがーーー
「おらっ! てめぇ! どこ見て歩いてやがる! ちゃんと前見て歩けやボケぇ!」
と、自分の事を棚にあげてぶつかった相手を確認もせずに怒鳴りつけた。
ただのチンピラにしか見えないアッシュ。
「ふっ、威勢のいい"人間"だ。我輩は貴様みたいな好戦的な人間は嫌いではないぞ」
アッシュがぶつかった相手は黒装束の高身長の男性。
顔はフードで完全に隠れており、口元だけがわずかに見えていた。
そのわずかに見える口元から見えるニヤっとした笑み。
アッシュは一瞬だけ寒気を感じた。
(な、なんだこいつ…)
しかし、アッシュは黒装束の男性に対してさらに言葉をぶつけた。
「な、何を言ってんだあんた? デカイからって俺はビビらないからな? とりあえず謝れ。ぶつかった事を謝れよ俺に」
強気なアッシュ。
「我輩に謝れ、か? うむ。面白い事を言う人間だ。よし、わかった謝ろう」
アッシュに対してまったく臆していない男性は冷静な声で素直に頷き了承した。
(ちっ、拍子抜けだな。つまんねぇやつだ)
アッシュがそう思った瞬間だった。
「がはっ!?」
突如、アッシュは腹部に激しい痛みを感じた。
そして、すぐに意識が薄れてきはじめた。
何故か声も出せなくなったアッシュは薄れゆく意識の中、睨みつけながら上を見上げていた。
(て、てめぇ、俺に何をし、やがった…………)
見上げた先には男性のニヤっとした口元だけが見えた。
「すまんな人間。我輩自ら人間を襲わないと命令を出しておきながら約束を破ってしまった。謝ろう。それと、丁度いい…貴様の体は我輩がーーー」
アッシュは男性の言葉を聞き終わる前に意識を失ったのであった。
周囲には多くの人。
だが、誰ひとりとして異変、そしてふたりに気づいている者はいなかった…。
お読み頂きありがとうございました。




