Episode 144
ウェスタリア王国王都から少し離れた広野地帯。
ひとつの馬車が停まっていた。
「おっさん、ここでいい」
「へ?」
「ここで下ろせって俺は言ってるんだよ」
「へ、へい……。では、代金の方を頂いてもよろしいでしょうか?」
「そうだったな」
馬車から降りて御者台の男性に近づく青年。
そして
「ご苦労だったな」
と言い、青年は懐から金を出すと見せかけ取り出した短剣で男性の心臓を貫いた。
「俺から金を頂こうなんてするからだ」
青年の名前はアッシュ。
何よりも金が好きなアッシュ。
アッシュは世界武道大会予選に参加する為にここまで来ていた。
目的は当然賞金である。
「とりあえず予選に勝ってジャリックでの本選だな。そこで3位までに入れば最低一億SL。楽勝だな」
魔族など興味のないアッシュは賞金を手に入れたら逃げるつもりでいた。
「世の中は金だ。金が全てなんだよ。俺は金しか信じない。もう騙されない。誰も信じない」
元々のアッシュはこんな性格ではなかった。
金よりも人助けを優先するような心優しい青年だった。
ましてや、人を簡単に殺すような青年ではなかったのだ。
「さて、おっさんの金は手には入ったし、そろそろ行くか」
殺した男性から金を奪ったアッシュは王都へと足を向け歩き出したのであった。
ーーーー
王都にあるアシュリーの屋敷。
「私は一度城に行って一時的に帰還した事と世界武道大会に参加する事を報告してくるわ」
王都に到着した翌日、アシュリーはそう言ってひとり城へと向かった。
「わたくしは美味しい食べ物を探してくるわ」
ミリベアスは食べ物を探しに行った。
「わ、私はイルガリア王国について何か変化はないかギルドに行って調べてきます」
マリベルは情報収集へ向かった。
「なら、ボクも少し街を見回ってくるね」
神様(犬)は散歩に行った。
ひとり取り残されたレイフォン。
「何かひとりって久しぶりだな」
レイフォンは何もしない。
「よし、もう一眠りするかな」
ただ眠るだけ。
ーーーー
世界武道大会ウェスタリア王国予選。
予選は四ブロックに別れたバトルロイヤル。
各ブロックで勝ち残った四名が中立国ジャリックでの本選に出場出来る。
イースラ王国、サウザトリス王国でも同様である。
ーー
「ここが王都か。魔族に襲撃されたわりには賑わってるじゃねぇか」
王都に到着したアッシュ。
「さて、流石にここで殺しはまずいな。本当は払いたくはないが金を払って宿をとるか」
呟きながらアッシュが人通りの多い道を歩いている時だった。
誰かがアッシュにぶつかった。
「あ、す、すみません」
女性の声。
「あぁあ! てめぇどこ見て……歩いて……」
はじめは怒鳴るような声のアッシュだったが、それは徐々に小さくなり、やがてとまった。
「本当にすみませんでした。あまりの人の多さに、その……人酔いといいますか……とにかく本当にすみません」
頭をペコペコ下げる女性。
「あ、いや、俺は大丈夫だ」
様子のおかしいアッシュ。
「そ、それよりあんたは大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
どうしたアッシュ。
「はい大丈夫です。心配までして頂きありがとうございました」
「そ、それならいいんだ」
アッシュは動揺している。
「と、ところで、あんた名前は?」
「はい? 名前ですか? あ、えっと……マリベルです。ただのマリベルです。苗字はありません」
女性の正体はマリベルだった。
「マ、マリベルと言うのか……」
(そうだよな……あいつはもう死んだんだよな……)
アッシュはマリベルの顔を見て唯一信じていた自分の彼女の事を思い出してしまっていたのであった。
(それにしても本当にそっくりだ)
お読み頂きありがとうございました。




