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貴族と平民

木製の廊下を二力君の後ろについて歩く。何も知らないオレに二力君は懇切丁寧に教えてくれた。教室棟に実技場、研究棟……etc。むやみやたらに広いこの学校。1人でふらついていたら、確実に迷っていたことだろう。


「大まかな配置だとこれくらいかな。明日クラスは言い渡されると思うし」


「何から何まですまないな、二力君」


「二力でいいよ。ボクもショウって呼ぶから。わからないところとかはあった?」


「了解したよ、二力。特には無いかな。ただ、トイレの数が気になったくらいかな?」


そう伝えると何故か二力は困った様な表情を浮かべた。何かおかしな事でも言っただろうか?


「ショウはあまり差別が無いところから来たんだね」


「え?ああ、まあ……そうだな」


あまり異世界から来たことを言い触らしても良いことがあるとは思えないし、黙っておくことにしよう。


「てっきりボクはショウも貴族だと思って話を進めてたけど、そこも1度説明した方が良さそうだね」


「……みたいだな。貴族ってのはなんだ?」


「貴族は皇帝陛下に名誉や称号を貰った人たちの一族って言えば伝わるかな?あと貴族としての絶対条件として、魔術が使えることがある」


「魔術……」


「貴族じゃないってことは、ショウは魔術を使えないからわからないよね?魔術は世界の力を借りて現象を起こす事だよ。火・水・風・土……この四つに分類される属性魔術と人の治療を行う治癒魔術、魔術を扱う者なら誰もが出来るベースマジック。だいたいはこんなとこだね。


この学校では魔術の教育に力を入れてるからね、その分貴族も多いんだよ」


もちろん、違う技術でもある科学もそれなりに力は入れてるよ。と、聞いた時点でオレの脳内はパンク寸前だった。聞いたこともない単語が飛び交うし、魔術なんて空想上のものまで出てくるし。まあ異世界だしそういう事もあるよな、うん。なんとか納得して二力に説明の続きを促す。


「それでね、言い方がちょっとアレなんだけど。貴族はプライドが高くて傲慢なところがあるから、ね?」


「なるほどね、平民ごときとは一緒のトイレなんざ使いたくないってか」


「ふふ、あけすけに言っちゃえばそんな感じ。トイレはもちろん寮に食堂、浴場も違うんだ。おじいちゃんには平民と貴族分けるのやめようって言ってるんだけどね」


「二力は差別意識とかないのか?」


「ないよ。ボクの家は皇帝陛下に領地を賜ってるから、みんなの働きでボクたちが食べていけることも知ってる。そこに感謝こそすれ蔑んだりはしないよ。……でも、世の中そんなこともわかってない人が多いんだ」


「だろうな。世の中優位な立ち位置の奴が下位の連中になんざ気使わねぇよ。二力が変人なんだよ」


「ああ酷い!その言い方はあんまりじゃないかなっ!」


冗談めかして言ったら二力が頬を膨らませそっぽを向いてしまった。いやオレから言わせたらお前の行動の方があんまりだよ。可愛いのに男ってどこにこの悲しみを向ければいいんだよ!


その後談笑しながら校舎を出て、少し歩いたところに寮はあった。豪華できらびやかな貴族寮は大きく、質素でボロボロの平民寮が並んで建てられているのは何かの嫌がらせかと思った。まあちゃんと緊急時にすぐ生徒を集められるようにとの理由があったけど。


「それじゃあまた明日。朝ここで待ち合わせしていこうよ」


「そうすっか。そんじゃあまた明日」


寮の前でブンブン手を振る二力に苦笑しながら手を振り返し、オンボロ寮の扉を開く。入ってすぐの壁に『転入の方へ。部屋の鍵です』という書き置きと共に鍵がぶら下がっていた。番号は308、10階建てはありそうなこの寮ではまだ下の方だろう。エレベーターは当然ないので階段で向かう。ギシギシと音を立てる階段に不安を感じながらも3階に到着。陽当たりが悪く階段から1番遠い位置にオレの部屋はあった。


「立地最悪だなこりゃ……」


嘆きの言葉が零れ落ちるも、気を取り直して鍵を開ける。立て付けの悪い扉を無理矢理こじ開けるとかび臭い匂いがオレを出迎えた。明るさの欠片もなく、全体的に淀んだ空気の室内。流石に酷すぎてため息が零れた。


「ケケッ!いい所じゃねぇか」


「皮肉なんざいらねぇよ。つうかさっきまで大人しかったのに急になんだよ」


「なぁに、テメェが楽しそうにデートしてたからな。空気読んでやったんだよ」


「男同士でデートも糞もあるかよ」


頭の上のクソガキを引っぺがし埃まみれのベッドに投げ捨てる。埃を吸い込んで咳き込むクソガキを横目で見ながら部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上にある燭台に火を灯す。そのまま窓を開け空気を入れ替える。


「んだよテメェ、陰陽術でそこら辺パパッとやっちまえねぇのかよ」


「オレの術は、無から有を創り出せるわけじゃねぇ。緊急で出来るのは危機回避と応急処置くらい、他は符に書き込んだりしてねぇとできねぇんだよ」


「中途半端な野郎だなぁテメェは」


「余計なお世話だクソガキ。さっさと掃除すんぞ、このままじゃ夜も寝れねぇよ」


「あん?なんで俺様まで……まあいいさ。やってやるよ」


思いの外素直に言うことを聞いたクソガキに不信感を抱きながら、それでも寝るために掃除を開始した。結果的には夜中までかかってしまった。



***



「あ、ショウおはよう!……ってどうしたの?すごいクマだよ」


「おはよ。何てことは無いよ、ただの喧嘩で明け方まで殴り合ってただけ」


「その状況がもう何てことあるよ!?」


「大丈夫だよ、殴り合いっつてもこのクソガキ相手だったからな」


朝、寮から出たオレを待っていたニカは素っ頓狂な声を上げた。あのクソガキ、案の定部屋のあちこちにいかがわしい本をセットしようとしやがった。どこから入手したとか何故ジャンルに偏りがあったのかとか色々突っ込みたことは多かったが、取り敢えず拳で黙らせた。今は紐を着けて引きずりながら歩いている。


「眷属とそんなことするのはショウくらいだよ……」


「そうか?まあこいつが言う事聞かねぇのが悪い」


「暴君みたいな事を平気な顔で言うよね、ショウって」


そこまでじゃない、と否定しながらニカと共に理事長室へと歩みを進める。その時に昨日話せなかった注意事項について何点か話してくれた。その中でも強く念を押されたのは、貴族と揉め事を起こすなと言う事だった。


「ショウは短気で喧嘩っ早そうだから、今から心配だよ」


「おいおい、オレを問題児みたいに言うなよ。これでもオレは我慢強いんだぜ?そう簡単に喧嘩売ったりはしねぇよ」


まあ、売られた喧嘩は買う主義だけどな。


「……喧嘩を買うのも厳禁だよ」


「……もう少し急がないと遅くなるから急ごうぜ」


「ショウ、返事は?ねぇ!?」


この話題は危険と判断して、校舎へと駆け出す。この世界の住人は人の心を読む魔術を修めてるらしい、気を付けないと。


「テメェが表情に出しすぎなんだよトリ頭」


「うっせぇ、息の根止めんぞクソガキ」



***



結果だけ言うと、オレは1―Eに入ることになった。告げられた時に理事長がニコニコと笑っている横でニカが額に手を当てている姿が印象に残っているが、どうせオレに選択権は無いので担任の教師であろう人に連れられ1―Eの前に辿り着く。優男風の担任が振り向き不安げに眉を顰め尋ねてくる。


「E組配属と言う事ですけど、魔術は使えないのですか?」


「はぁ、まあそうっすね」


「でしたら、このクラスで何があっても問題を起こさないでくださいね?」


「は?」


オレの疑問を無視する形で担任は教室に入っていく。慌てて着いていく。


教室内は思っていた以上に広く、大学の様に黒板を中心に扇状に広がっていた。席についている同級生となる奴らの頭髪は元の世界ではあり得ないくらいカラフルで、学校と云えどそこかしこが違うことを教えてくれた。その中でも一際目を引いたのは窓際に座っていた、雪の様に真っ白な少女だった。





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