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異世界式ハプニング

「……ッアアァァ!」


オレは上から見る異世界に心を奪われていた。高層ビルも無く車や電車の様な科学的な物が一切ない世界。東京に住んでいたオレからすれば感動的な光景だ。が、感傷に浸る間もなく地面がみるみるうちに近づいてきた。神に匹敵すると言われてたクソガキは未だに気絶中。約立たねぇな!オレは空中で素早くセーマンを指先で描き叫ぶ。


「くっそ、急々如律令ッ!!」


途端に減速し、地面に無事着地した。風圧に晒されて目がシパシパするけど、怪我なんかは無いみたいだ。


「へぇ、テメェ陰陽術使えたのか」


「今更お目覚めか、この役立たず。一応オレが長男だったからな、そういった教育は受けてんだよ」


いつの間にか目覚め、オレの頭の上に乗っかるクソガキ。子供だからっつても重いんだぞコラ。


「誰がテメェみてぇなバカ助けるかよ。オレは自由に生きるって決めてんだ」


「黙れクソガキ。オレだってお前なんざ捨てたいんだよ。つうか、神に頼まれたけどお前と居なくてもバレないんじゃね?」


「だからテメェはバカなんだよ。俺様とテメェの間には封印時の契約が続いてんだよ。だから距離はそんなに離れらんねぇし、契約はあのクソ神が管理してる。つまり勝手な事は出来ないんだよ、わかったかトリ頭」


「バカにすんじゃねぇプリン頭」


くせっ毛気にしてるんだ、次言ったら八つ裂きにしてやる。それにしても、ここからどっちに進むべきなんだろう?


「まあ気楽にどっちかに進むか」


「さっさとそうしやがれ」


未だに頭の上でふんぞり返るクソガキの言葉を無視して、とりあえず西に進んでみる。街なんかが出てくればいい。そう思いながら歩くこと数分。いきなり目の前の空間に光の亀裂が走った。


「なあ、これなんだ?」


「俺様が知るか。こっちの自然現象じゃねぇの」


それならば触らないように避けて通ろう。考えた矢先、オレの右手が亀裂に触れていた。


「……テメェの仕業か」


「ケケッ!テメェの思い通りになんざさせねぇよ!!」


「このクソガキ!!」


叫び声は亀裂に吸い込まれたオレたちが消えた平原に響いた。



***



「痛っ!?」


「っと」


突然吸い込まれ、体勢を崩したオレは木製の床にヘッドスライディングをかます。あのクソガキはちゃっかりオレを踏み台にして地面に着地していた。後でしばく。


「お待ちしておりました、神の御使い様」


「はい?」


這い蹲った姿勢から声のした方へ顔だけを上げる。そこには高級そうな机、そしてその上から顔を覗かせる初老の男の姿が見えた。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている。立ち上がり手早く服装を整える。


「えっと、とりあえずここどこ?それに神の御使いって?」


「ここはアシラ大陸の中の1つ、シャロム王国の高等学術校の理事長室です。私はここで理事長を務めております、カルル・カーライルと申します。どうぞお見知りおきを」


「あ、ご丁寧にどうも。オレは逆巻正って言います。逆巻が名字です」


やけに丁寧な口調で自己紹介されて、オレまで畏まってしまう。


「逆巻さん、ですね。さて先程申しました神の御使いというのは、私の眷属からの言伝でしてね。勝手ながらそう呼ばせて頂いた訳です」


そう言うとカーライルさんは指を鳴らした。するとさっき見た光の亀裂がカーライルさんの横に広がり、中から女性が現れた。神様に似た綺麗な金髪と吊り上がって気の強そうな緋色の瞳。スレンダーな体型もあってか、仕事をバリバリする人みたいな雰囲気がある。それでも美人な事には変わりない。


「私の眷属の天使です。名はソロネ」


「ソロネと言います。よろしく」


ぶっきらぼうな挨拶で頭を下げること無くこちらを見下ろすソロネさん。もうちょっとフレンドリーに出来ないんスカ?


「よろしく、お願いします」


とりあえず挨拶を返したオレの脳内に突然声が響く。


『あまり面倒を起こすなよ、起こしたら抹殺の許可も降りている。覚悟しておけ』


『……うぃっす』


どうやらソロネさんは静かに暮らしたいらしい。そっとしておこう。


「それでは本題に入らせてもらいます。逆巻正さん、あなたは私の学校に転入する事になっています」


「はい。……はい?」


「これは神が決めた事でもある。お前に拒否権はない」


「あぁ?偉そうに言いやがって」


未だに状況が整理出来ていないオレを残し、クソガキとソロネさんは睨み合っている。とりあえず順を追って説明して欲しい。


「逆巻さんがこの世界とは別世界から来たというのも聞いております。その鬼の更生の為だということも、ね?」


「そうなんすか?でも、それと学校に通うのと何の関係が?」


「簡単な話ですよ。学校というのは勉学の他に人間関係の構築や人間性の形成等がありますからね。そこで徐々に人間というのを知ってもらえばいいのですよ。そしてこの学校はこの世界で最大規模の学校、そういった事には適任だと思います」


「はあ、まあそういうことなら」


「おいこらトリ頭!勝手に決めてんじゃーーっいだだ!?」


「誰がテメェの言うこと聞くかクソガキ!」


文句を言うクソガキに問答無用でアイアンクローを決める。ついでにトリ頭2回目なので強目に鉄拳制裁。


「手続き等はこちらで致しますので、今日は学校の中を見ていかれては?」


「そうですね、そうします」


「では、私の孫に案内させましょう。ついでに寮の方にも一緒に行くと良いでしょう。寮には話を通しておきます」


「何から何まで、本当にありがとうございます」


「お気になさらず。明日の朝もう一度ここに来てください」


「了解です」


異世界に来て不安が大きかったけど、ここまで至れり尽くせりだとは思わなかった。神様さまさまだな。にしてもカーライルさんのお孫さんか、顔は整ってるし髪も今は白髪が混じっているけど栗色のいい色だったんだと想像がつく。つまり、女の子だった場合きっと美少女!


『失礼します』


結論が出たと同時に扉の向こうから声がした。鈴の音の様なアルトボイス。これは来たでしょ!!つい力が入り、指がめり込んで気絶したクソガキを放り投げ、振り向く。


「二力、入りなさい。逆巻さん紹介します、孫の二力・カーライルです」


「二力と言います。転入の方ですよね?これからよろしくお願いします」


思わず目を奪われ、同時に目を疑う。艶やかな栗色の髪にこげ茶色の大きくクリっとした瞳。鼻や耳、手足のパーツが小さく、小さい口の唇はプックリとしていて柔らかそうだ。オレに向けて挨拶をした時に揺れた短めのポニーテールから凄いいい香りがした。……けど、


「オレは逆巻正です。……えっと、確認したいんだけど……男ですか?」


「?はい、そうですけど」


「……うぅ」


「え、泣いた!?ど、どうされたんですか!!」


膝から崩れ落ちたオレを心配し二力君が駆け寄ってくれる。心配しないでください、絶望しただけです。確かにズボン履いてたし、体の骨格的に男の可能性は予知してたけど。これはあんまりだろ!項垂れたオレの頭の上に、復活したクソガキが乗る感触が伝わってくる。


「ケケッ!まあテメェの思い通りに世界は回らないって事だ」


「テメェの仕業か?」


「さすがのオレでも今生きてる人間の性別を逆転、なんてことすぐには出来ねぇよ」


「そうか、まあうん。切り替えていこう」


ようやっと立ち上がったオレを心配そうな目で見つめてくる二力君。超いい人じゃん。小柄だし優しいし、顔メッチャタイプだし。これで性別さえ間違っていなければ言うことなかったのに。


「それでは二力。逆巻さんを案内してあげなさい」


「はい。それじゃあ逆巻さん、行きましょうか」


「はい、それでは理事長。失礼します」


挨拶を残して扉の外に出たオレは、二力君の後ろについて歩きだした。



***



好々爺の様な笑みを浮かべていたカルルはスッと表情を消し、隣に控えるソロネに問い掛ける。


「それで、少年に何らか悪意はあったかい?」


「いえ全く。あの様な悪人面のクセして表情に出やすく、直情的な人間です。扱いやすいでしょう」


「そうか」


「ですが、本人も気付いていない強い力の波動を奴の中心から感じました」


「まだ監察の余地あり、といったところか」


ふぅと息を吐き出しカルルは椅子の背もたれに寄りかかる。静かに目を閉じ何かを思案しているが、その内容はソロネにさえわからない。


「まあ気長に待っていましょう。すぐには事は起こせないのですから」


「……はい」


何も知らないソロネはそれでも肯定する。薄く開いたカルルの瞳は冷えきっていた。

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