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婚姻?1



 騎士の中でも特に優れた逸材達によって構成された集団、ロウディーン帝国の誇る黒騎士団にあってその団長を務めるザガートは、彼の人生において最も解決困難な悩みに苛まれていた。


 だがそれは魔物が束になって都を襲ったとか、玉砕覚悟で敵国が侵攻して来たとか黒騎士団内にて修復不可能な問題が起きたとか、ましてや国の有事に関わる問題でもない。

 否―――逆に黒騎士団団長たるザガートの愁いこそが国の有事に関わると言っても大げさではないかもしれないが―――そこはまぁさておき。


 寝ても覚めても頭に思い描くのは一人の恋する少女の姿。四六時中脳裏から離れない悩みは、その愛しい娘に自身がしでかしてしまった暴挙についてだ。


 酒を飲ませ、酔った娘に欲情したうえ、己の欲望をそのままぶつけてしまった。あれではまるで、遊び人で女にだらしなく寄って来る女人すべてに手を出す救いようのない女たらし(フェルティオ)と同じではないか。いや、醜い姿をしている分、見目麗しいフェルティオよりも自分の仕出かした事の方がリアにとっては衝撃が強かったに違いない。もし同じ事を他の男が仕出かしていたなら、ザガートは間違いなくその男の首を撥ね、残った胴は切り刻んで魔物の餌にしていたに違いないのだ。


 己の様な醜く恐ろしい男に組み敷かれどれほど怖い思いをしたのだろうか。

 リアの心情を思うと地に沈む。泥濘にはまり込み、二度と舞い戻ってこれないと確信できる程にザガートは落ち込んでいた。


 眠れぬ夜を過ごし、リアに合わせる顔がないと使用人たちが起きだすよりも先に屋敷を後にしようとしたが、主の動きだす気配を察知した者はザガートを見送り、その中に泣き腫らした目のリアの姿もあった。


 使用人と言う立場ゆえ、暴挙を働いた男の前に姿を現し頭を垂れ主を見送ってくれたリアに胸が疼いた。

 この時のザガートはリアから受けた告白の事実はすっかり頭から吹っ飛んでしまっており、ひたすらか弱い娘を手にかけようとした暴漢と成り果てた己を恥じ、後悔の渦の中に身を沈めていたのだ。


 寝不足故に血走った眼。眉間にはいつも以上に深い溝を刻み、時折低く唸っては黒いオーラを出しまくる。ギリリと歯ぎしりを立てれば訓練中の黒騎士達は身を縮めるものの、ザガートの目に彼らの姿は映らない。見開いた目は眼光鋭く空を睨みつけ、その視界に入れば光線で射抜かれそうな程強く鋭利だ。

 その為、ザガートから発せられる恐怖の大王ごとき雰囲気がただの恋煩いであろうとは、この場にいる者の全て、誰一人として気付く存在はなかった。





 


 ピリピリとした空気を発しながら城を歩くザガートの前に、運悪く一人歩き中の第三皇子イシャルが鉢合わせてしまう。

 物心付いた頃よりザガートを恐れてきた見目麗しい少女の如き病弱な皇子は、はるか前方に感じた不穏な空気に、やがてそこから現れるであろう人物の存在を察知する事が出来てはいたが、あまりに恐ろしい殺気に足がすくみ、踵を返す事も叶わずその場に立ち尽くしていた。


 カタカタと震え、今にも泡を吹いて倒れてしまうのではないかという程に真っ青になったイシャルの前に立ちはだかる恐怖の大王は、イシャルをはるか上空から半眼開いて見下ろす。

 ザガートは暫くイシャルを見下ろし物思いにふけった後、言葉もなく大きく分厚いごつごつした手でぽんとイシャルの肩を叩き、無言のまま傍らを通り過ぎて行った。


 ザガートの足音が遠のき、何とか生き延びた事にほっとしたイシャルは緊張の糸が切れ、そのまま意識を失い冷たい大理石の廊下に倒れ込んだ。










 *****


 いつも元気に、楽しそうに仕事をこなしていたリアからは笑顔が失われていた。

 ザガート同様眠れぬ夜を過ごしたリアは、他の使用人と共に主であるザガートの動き出した音で目覚め、慌てて身支度を整え部屋を出て行くと、日が昇る前だと言うのに登城していこうとするザガートの姿を認める。


 ザガートからは特に変わった様子は見られない。少し寝不足かとも感じたが、自分の泣き腫らして醜くなった顔の方が気になって深く観察する事が叶わなかった。


 しかしザガートがこんな早朝に登城して行く理由が分からず、使用人たちは首を傾げた。

 その原因が自分にあると察したリアは、昨夜の出来事故に主に気を使わせたのだと、使用人として何て至らないのかと深く反省し、昨夜を更に深く後悔した。 


 ザガートはリアに気を使ってくれたのだ。

 早朝の登城はリアのせいで昨日早くに帰宅した為、そのせいで城に残した仕事を片付ける為とも取れたが、何気に周囲に気を使う心優しいザガートが、使用人の眠りを邪魔してまで突然早朝に屋敷を出て行く筈がない。

 ザガートは昨夜の出来事でリアが顔を合わせる事に躊躇するだろうと察し、顔を合わせずに済む様に気を使ってわざわざ早朝に登城して行ったのだと―――リアはそう思うと更に役立たずな我が身を呪った。




 *****


 「いったい何があったの?」


 屋敷を訪ねて来たアルフォンスがリアの異変に気付き優しく問いかける。リアはアルフォンスにお茶を出しながら視線を絡めると、すぐに反らして切なく眉を顰めた。


 「わたしはザガート様のご厚意に甘えていい人間ではありませんでした。」

 「???」


 厚意……厚意とは、リアがアルフォンスの住まうゲルハルク家に使える予定だったのを無理矢理阻止し、自身の屋敷に引き込んだ現状を言っているのだろうか?


 「君はザガートの厚意に甘えていていいんだよ。」


 って言うか、是非そうしてくれないと自分が、周囲が、ロウディーン帝国の全国民がとても困った事になる確率が非常に高い。否、確実に困った事になるのだ。

 うんうんと腕を組んで頷くアルフォンスに、リアは静かに首を振った。


 「いいえ、わたしは一介の使用人でしかないと言うのに、高貴なお生まれであるザガート様にご迷惑ばかりかけています。昨夜だってわたしは―――」

 「昨夜? あいつと何かあったの?」


 昨日で一番印象に残るのは、ザガートがリアの指を不注意にも圧し折ってしまった事だったが、リア自身は己の折れた指を自分のせいだと委縮し思い込んでいた。

 あの後二人はそのまま屋敷に戻り、何か事件を起こしたのだろうか?

 何があったか知らないけどリアが悩む事じゃない、と、元気づけようと手を伸ばしたアルフォンスは、リアの言葉を耳にし、彼女の肩に手が触れる前に全身が凍りついた。


 「わたし、このお屋敷を出ようと思います。」


 顔を上げ切なそうに遠くを見据えるリアの瞳は真っ直ぐで、瞳を潤ませながらも強い意思が感じられた。

 リアの言葉が実行され彼女が消えたその後に訪れる惨劇を考えると、凍り付いていたアルフォンスの全身は一気に解凍され、熱に汗が噴き出す。 


 「ちょっと待ってっ。いま君に出て行かれたりしたらザガートは恐ろしい猛獣のままだ。唯一君だけがあいつに心を与えられる存在だってのに、その君が突然いなくなったりしたらあいつは狂気で国さえ滅ぼしてしまいかねない!」


 リアの両肩をゆすり、紫の目を見開いて必死の形相で引き止めにかかるアルフォンスに、驚きはしたもののリアの意思は変わらず小さく首を振る。


 「アルフォンス様まで……そんな風に慰めて下さるのは本当に有り難い事です。でも、ザガート様の優しさに甘えてばかりではいけないと。ザガート様に縋るのではなく、新しい働き口を見付けて自分自身の力でしっかりやって行かないといけないって思っています。」

 「じゃあ仕事が見つかるまではここにいてくれるんだよね?!」

 「いいえ、それまでは孤児院に身を寄せようかと―――」

 「駄目だっ、絶対に絶対に絶対に駄目だっ!!!」

 「あ、アルフォンス様?」


 目尻に涙を滲ませ、子供のようにダダをこねるアルフォンスにリアは漆黒の目を見開く。

 当のアルフォンスはと言うと、リアを引き止めるため、国の存続の為にと必死になるあまり感情的になり過ぎて、無意識にも紫の瞳からきらきらと輝く涙を滝の様に零していた。


 「お願いだからそんな事言わないで。どうしてもって言うならッ……そう、もともと君は僕の家に勤める予定だったんだからせめてそうしてくれないかっ?!」

 「でも、ゲルハルクのお屋敷では時間を守れなかった私は不要の筈。それに、アルフォンス様にまでご迷惑をかける訳には参りません。」


 ザガートが最初に言ったでまかせが尾を引いているのか、リアはアルフォンスの必死の願いも受け入れない。だが懇願と泣き倒しの末、苦戦しながらも最後に勝利を勝ち取ったのはアルフォンスの方だった。


 取り合えずアルフォンスが(名目上)リアに見合った新しい仕事を紹介するので、それが決まるまでは屋敷を勝手に出て行ったりしないと約束を取り付ける。

 しかし律儀なリアの事、思い詰めこっそりと出て行ってしまう事も考えられるので、ザガートの元教育係で現在は屋敷の侍女頭を務めるライラにリアの見張りを頼み、アルフォンスは詳しい状況把握のため城に上がっている筈のザガートを追った。






 *****



 ロウディーン帝国の皇帝と妃は実の息子を前に怯えきっていた。


 重大な話があると言って皇帝と妃の両者に面会を申し込んで来たザガートに対し、妃は絶対拒否の姿勢で臨んだが、それによってザガートの怒りを買う事の方が怖いと皇帝に説得され、しぶしぶ面会の席についたものの、自らが産み落とした輩とは到底思えぬ醜悪な容姿と、巨大で恐ろしい姿をしたザガートに震えあがり言葉を失う。


 若かりし頃は絶世の美女と謳われた自分から、いかにしてこの様な魔物が生みだされたのか……出産と同時に魔物の子と取り違えられたのではないかと、王妃は有り得もしない事を本気で考えてる。

 我が子に対する恐怖心から、頼りないながらも皇帝の背に身を隠していた妃は、更に身の毛のよだつ言葉を耳にした。


 それは―――王妃の愛する皇子―――正当に妃の美貌を受け継いだ皇子達の一人、第三皇子のイシャルの元にザガート推薦の娘を輿入れさせるという言葉。


 「イシャルの元にリアを輿入れさせたい。」


 「なっ、何ですってっ?!」


 さすがの妃も我が耳を疑い皇帝の後ろから声を上げたが、ザガートから凍てつく死の視線を向けられ「ひっ……」っと怯えて再び皇帝の背に隠れる。


 「しばし待てザガートよ。その娘と言うのは確か、そなたが森で拾い屋敷に上げているとかいう娘ではないのか?」


 皇帝の問いかけにザガートは無言で頷いた。


 我が耳を疑ったのは妃だけではない。

 国を守る要とすら言える我が子に対し、情けなくも怯えはしていたが妃のそれまでではない皇帝は、ザガートの言葉を頭の中で整理していた。


 リアと言う娘の話は皇帝の耳にも入って来ている。

 女に見境のないフェルティオの誘いを鼻であしらい、ザガートを前にしても怯える事のない奇特な娘と噂され、いったいどんな剛腕の娘かと聞けば普通のあどけない少女と言うではないか。しかも魔法師団副師団長のアルフォンス情報によれば、ザガートはその娘を溺愛し、後にも先にもザガートの嫁になれる女は彼女をおいて他にないと宣言していた。


 ザガート自身が本気で惚れた娘と報告を受け、まさかと思いながらも奇跡の起きる日を心待ちにしていたと言うのに―――

 目の前の息子は、その娘を弟に嫁がせたいと言って来ているのだ。

 惚れた娘をみすみす手放す馬鹿が何処にいる。これは虚弱で引きこもりのイシャルに対する新たな嫌がらせではないのかと、アルフォンスの誤報に狂喜していた自分が情けない。


 「しかしだな、イシャルはまだ十六だ。本人の意向もある事だし、何より身分が釣り合わぬではないか?」

 「王族で十六の婚姻は珍しい話ではない。皇太子ではないイシャルなら身分の問題はいかようにも取り計らえる。後はイシャル側だが、イシャルの了解が取れるなら陛下は問題ないのか?」


 慇懃無礼な態度という訳ではない。たとえ父親とて皇帝に対し敬語を使わないのには相当の問題があるが、これはザガートを恐れ、その言葉使いを過去に一度も指摘して来なかった周囲の影響だ。ザガート自身は王を敬い、一線を引いて接しているのだが、はたから見ると現在の状況はさしずめ顔面蒼白で唇を震わせる皇帝を追い詰めた敵国の戦士である。


 「そ……そうであるな。うむ。身分はどうとでもなる。では後はイシャルの意志を問うてみるとするかな?」


 これで良いだろうかと同意を求めて来る皇帝にザガートは頷き、先程すれ違ったイシャルの事を思い出して自ら確認の為に下がって行った。



 ザガートが姿を消した途端、息子を恐れるあまり皇帝の背に隠れていた妃は美しい顔を歪め、王の首根っこに掴みかかる。


 「あなたっ、これはいったいどういう事ですの?! わたくしの可愛いイシャルが……イシャルがっ、まだ十六だと言うのにわたくしの手を離れて行くなんて絶対に許せませんわっ!」


 どうしてザガートの意見に従うのだと渾身の力で首を絞めて来る妃に、皇帝は泡を吹きながらも何とか生還し抗議の声を上げた。


 「そなたは予に死ねと申すか?! ザガートに異を唱えあの腕で首を圧し折られたらいかがしてくれると言うのだ?!」

 「あなたの首の一つや二つなどわたくしの可愛いイシャルに比べたら何だと言うのですっ。あなたの変わり等いくらでもおりますが、イシャルの変わりはおりませんのよっ!」


 その言い種はあんまりではないかと、長年連れ添う妃に落涙し抗議してみるものの、傍らの妃は大事な愛する美しい息子が我が手を離れる不安で、皇帝の命を差し出してでも何とかして阻止できはしないかと画策していた。



 一方、恐怖に満ちた空間の物影に、一人楽しそうにほほ笑む見目麗しい第一皇子フェルティオの姿がある。

 これは面白い事になりそうだと―――フェルティオは新しく迎えた側室の元へ向かうのを取り止めると、浮足立ってその場から立ち去って行った。








 *****



 リアとイシャルを結婚させる―――

 ザガートがいったいどういった理由でそのような馬鹿な考えに至ったのか。恋愛に疎すぎる単細胞(ザガート)の浅はかな考えなど、百戦錬磨(リアを除く)のフェルティオには手にとるように予想できた。恐らく、否、確実に、昨夜二人の間で何かがあったのだろう。


 ザガートは勿論、リアとて一見普通の娘の様でいて、実の所はフェルティオになびく事のない奇特な娘。その出来事によりリアはともかく、ザガートは大きな勘違いをしてしまっているのだろう。その出来事により一人落ち込み、短絡的思考でリアの身の振り方を考えたに違いない。


 不可抗力であったとしても、ザガートはリアという本来なら守るべき愛しくか弱い女性の指を折るという失態を犯した。そのリアの指を癒したのはほかでもない、まるで少女のように愛らしい実弟イシャルなのだ。か弱い乙女の様な二人が並ぶ様は獰猛な猛獣であるザガートに如何様に映ったであろうか。


 ザガートに怯え、情けなくもリアの背に隠れる腰の引けたイシャルと、それに寄り添う優しい少女。そこの光景はザガートの目に穏やかな夢の光景して見てとれ、二人の間に何かしらの情が存在しているような錯覚を覚えていてもおかしくはない。そして誰知れずと起きた出来事がその想いに拍車をかけ、ザガートの心のうちでは『リアとイシャルは想い合う仲』という、初対面の二人にも関わらず何の脈絡もない事実が出来上がってしまったのだろう。



 さて、二人の間にいったい何が起こったのか。こんな面白い事態を目の前に妾遊びに興じている暇などない。

 フェルティオはリアと鼻を突き合わせると、子供のように碧眼をきらきらと輝かせ期待に満ちた瞳で問いかける。


 「で、実際の所何があった?」

 「何と、申されましても―――」


 アルフォンスとの約束を守りザガートの屋敷で務めを果たしていたリアは、突然現れたフェルティオに攫われる様に手を引かれ馬車に押し込まれると、あっと言う間に城にあるフェルティオの私室に連れ込まれてしまっていた。


 「昨日城を後にしてからザガートが登城するまで、君との間に何かあった筈だよ。これはザガートに関わる由々しき問題。私も兄として、大事な弟の力になりたいと常々願っているんだ。」

 「ゆっ、由々しき問題?!」


 自分のせいでザガートの身に芳しくない事情が持ち上がってしまったのかと、リアは思わず声を挙げた。

 慌てるリアに優雅に微笑むと、何気に手を取り甲に口付けるフェルティオ。ところがリアの頭の中は、自分のせいでザガートに降りかかるであろう由々しき問題とやらでいっぱいで、そんなフェルティオの行動に全く気が付いていない。


 「わたしっ、どのようにして償えばいいのでしょうか?!」

 「償うとは? 昨日二人の間で何があったのだ?」


 フェルティオはリアの手に口付けたまま、うっとりするほど魅力的な視線をリアに落とし続ける。が、リアは恐怖の為か青褪め小刻みに震えるばかりだ。


 やはりおかしな娘だ、普通ならこれでどんな女でも即陥落するのに―――と、場にそぐわない考えを抱きつつ、面白いとばかりに更に距離を縮めた。


 「昨夜はザガート様のお酒の相手を―――」

 「それで襲われでもしたか?」

 「まさか、ザガート様に限ってそんなことは絶対にあり得ませんっ。って、フェルティオ様?」


 いったい何を? と、訝しげな視線を向けられ、フェルティオはリアのブラウスのボタンに絡めた指を引いた。


 「気にするな。で、酒の相手をして何か問題でも?」


 ザガートは酒に弱い訳でも酒乱という訳でもなかった筈だ。だとしたらこの娘が何かやらかしたのだなと、フェルティオは心躍らせながら先を問う。


 「その、恐れ多い事でございますが……わたしっ。」


 リアは恥ずかしそうに顔を赤らめると強く目を閉じ、思い切って告白する。


 「ザガート様を前に酔っぱらうという失態を犯したうえ、自分の気持ちを止められずに思わず愛の告白を―――っ!」

 「愛の告白?」

 「わたしの様な者がお慕い申し上げるだけでも大罪に等しいと解っておりましたのに、つい。それをザガート様は広い心を持って受け止めて下さって。」


 酔った勢いで告白し、ザガートもそれを了解した。これだけならあっさり上手く行ったように思われるのだがそうはいかない。リアの致命的欠点、ザガートを崇拝しすぎるあまり、リアはザガートの了解を、女の身でふしだらな告白をしたリアを庇っての事だと思い込んでしまっているのだ。

 そうして破壊的なまでに恋愛に疎いザガート故、リアの焦りを目撃し告白の事実を記憶の彼方に押しやってしまったのだろう。


 何て馬鹿な弟だろうと、フェルティオは心の中でほくそ笑む。


 そう簡単に恋愛成就されては折角の楽しみが台無しになってしまうではないか。恋を知り、それに慌てふためくザガートの様を思う存分堪能させてもらってからでないと面白くもなんともない。


 しかしこのまま黙って傍観していては二人の将来は無いに等しいだろう。ザガートの勘違いによってリアはイシャルと強制的に婚姻を結ばされるに違いない。何しろ父親である皇帝は世界中の何よりもザガートを恐れ、ザガートの言葉に一度たりとも異議を唱えた事がないのだ。


 極悪非道で血も涙もないザガートがやっとのこと恋に目覚めたのだ。人としての心を手に入れるのに最初で最後となる絶好のこの好機を逃せば、今後ザガートは猛獣どころか大魔王への道一直線である。そうなられては将来国を背負うフェルティオとしても少々不味い事になってしまうし、何より面白くもなんともない。ザガートの弱点となるリアを手の内におき、奇妙なザガートの行動を観察するのは女と戯れるより楽しく、退屈を凌げる有効的手段ではないだろうか。


 自分に靡かない娘を落とす喜びというものを感じてみたい気もするが、リアは世界に唯一の奇特で貴重な存在。全てを手に入れる事の叶うフェルティオとしては、まぁ残念ではあるが一つくらい諦めてみるのも悪くはないと思いつつ、ザガートへの想いを秘め、悲嘆に暮れるリアの小さな顎をフェルティオの指が捕えており、それが原因となって間もなく高く乾いた音が部屋に響く事となった。







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