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廃棄世界物語 Red coat   作者: 猫弾正
PA.311年 ヴァルカン 
7/9

ヴァルカン

 窓のない殺風景な部屋は一面、無線やPC、秘匿回線を引かれた電話、何かを記した地図や手書きのメモで埋め尽くされている。

 部屋の中心、無線機やPCを乗せた机に囲まれた椅子に一人の人影があった。

『情報屋』

 部屋の主である人影はそう呼ばれていた。

「レッドコートについてだったな」

「もう分かったのか」

 クライアントの耳障りな電子音。男とも女ともつかない。

 薄々、顧客の正体には気づいているが、情報屋には関係ない。

 金払いがいい。それだけで詮索する必要はない。

「コートニーでも、そこそこ名が売れているチームだからな。調べるのは訳はない」

 そう云って情報屋は、依頼された仕事の報告を始めた。

 

 レッドコートは、強化人間を含めた総員16名で構成されている。

 主にコートニー市のハンターギルド第三支部で活動。

 チームとしてのランクはD。

 こと戦闘に関してはBでも不思議じゃないって評判だな。

 

 仕事としては廃墟探索の他、バンデットやミュータントの掃討が多い。

 ここ数年はチームを増員して、仕事もすこし派手になってきているな。

 小規模の盗賊団を殲滅したり、戦車や装甲車持ちのC級首D級首も狩っている。

 仕事でかち合ったハンターによると『とにかく連携が上手くて厄介』だそうだ。

 相当に訓練を積んでいるのは、間違いない。

 装備としては、5.56ミリの自動小銃や7.62ミリの機銃。コンバットショットガン。

 グレネードランチャー、迫撃砲、バズーカの類は購入を確認できた。

 最近は、B級首ヴァルカンについての資料を調べているな。

 

 元は帝国からの亡命貴族と家臣が、ハンター稼業に身を投じてチームを結成したのが始まり……らしい。

 いや、落ち着いてくれよ。

 コートニーにやってくる前は、連中、各地を転々としていたんだ。

 当時は名前もそこまで売れていなかったから、経歴が今一つ不明なんだよ。

 今のところ、十二標準年前のヴェロニカ市で初期レッドコートと思われる6人組が広域賞金首を狩ったって記録が残っている。

 その辺が確認ができる連中の最古の活動記録だな。

 ティアマットにやってきたのも大方、その頃だろうと推測されているが、時間と追加料金をくれればより詳しく調べられるぜ?どうする?

 なに?いい。そうか。

 で、時間が経つにつれて帝国からの亡命者や軍人崩れが加わり、コートニー市にやってきた4年前の時点で、構成員は10名。

 

 ギーネ・アルテミスが創った生体人形も幾人かいるって噂もあるが、何しろ身内で固まっている連中だからな。構成員の個人情報については、これも詳細は不明。

 主なメンバーの名前と顔はそちらに送った。プリントアウトできたか?

 そう、その銀髪の目付きの鋭い女が亡命貴族のギーネ・アルテミス。

 隣にいる赤毛の女が腹心のアーネイ。主人に付き従って、ティアマットにやってきた。

 名目上の代表者はギーネ・アルテミス士爵だが、実質的にチームを取り仕切っているのは、こっちのアーネイだ。

 上司……この場合は主君か。

 アルテミスよりも軍人としての能力は上回っているらしい。

 こんなところだ。参考になったかな?

 

 無線の向こう側にいる依頼者に、一通りの調査報告を終えてから、情報屋を掻いた。

「手を出すつもりか?割には合わんぞ」

「余計な詮索はしないことだ」

 デジタル処理された電子音声にも関わらず、クライアントの言葉はひどく冷たく聞こえて情報屋は思わず鳥肌立った。

「分かってるさ。長生きしたいんでな」

 そのやり取りを最後に、無線が沈黙。

 情報屋は額の汗をハンカチで拭きながら、溜息を洩らした。

 

 

 

 レッドコートの接収したヴァルカンの屋敷の裏手には、鬱蒼とした雑木林が広がっていた。

 地元のハンターから聞き込んだ情報によれば、雑木林は起伏に富んでおり、高所からなら屋敷の様子を窺えるとのことだった。

 数箇所を歩き回った末、鷹のグレイは切り立った崖際を偵察拠点に選んでいた。

 

 木の梢に寄りかかりながら屋敷を見張っているグレイに軽い足音が近づいてきた。

「師匠。師匠……買ってきました。こっちもご飯にしましょう」

 サンドイッチの包みを受け取る。人工蛋白質を原材料としたパサパサのパンに、ミュータント芋虫の燻製ハムを挟んだサンドイッチを齧りながら、クーンは師匠に眸を向けた。

「……ヴァルカンが生きているって本当ですか?」

「誰にも云うな。まだ確証がある訳ではない」

 クーンが何度も齧っているサンドイッチを、一口で咀嚼してからグレイは仰向けになった。

「だけど、師匠は確信しているんでしょう」

「ああ、連中は人形を壊しただけだ。奴は生き延びている。

 生き延びて、またどこかで逃げ延びた先で人の生き血を啜るつもりだろう」

 俯いた弟子がホルスターの銃を撫でた。

「そう、それならいい。

 僕の手で決着をつけるチャンスがまだ残っている。それだけで充分です」

 

 不味い。と言うよりは味がしないサンドイッチを片手に、双眼鏡で屋敷を覗き込みながらクーンは話を変えた。

「ところで、なんでレッドコートにも伝えたんです?」

「ヴァルカンは、狡猾で抜け目がなく、途方もなく用心深い。

 A級首とやり合っていながら生き残ったことからも分かる。

 ゴキブリのように逃げ足が速くてしぶとい奴だ」

 フードの奥で、グレイは憎々しげな声を出した。

「だが、ヴァルカンには一つだけ悪い癖がある。

 奴は執念深くてな、自分の面に泥を塗った相手を自分の手で始末する事に拘るのさ。

 だから、奴が生きていれば、必ずレッドコートに対して仕掛けるはずだ」

 

「レッドコートを囮に、罠を仕掛ける……か」

「気にいらんか?」

 沈黙した弟子のナイーブさを鷹のグレイは鼻で笑った。

「ギーネ・アルテミスは、無関係な素人ではない。

 ヴァルカンの手下を潰したハンターの領袖だ。どの道、狙われる。

 襲われたところを護ってやると考えればいい」

「襲ったところを横合いから殴りつけるってやつですね。

 でも、そのままじゃ難しいと思います。

 いくらヴァルカンでも、手下もいなくなって……」

 難しい表情をしたまま、クーンは視線を地面に彷徨わせた。

「レッドコートは手練揃いだ。チームランクがDなのが不思議なくらいだよ。

 ギーネさんは四六時中、護衛と一緒だし、あの人本人も結構な手練だと思う。

 狙撃か、爆発物を仕掛けるくらいしか手は思いつかないし、それでも確実じゃない。

 窓に防弾用テープを張ってある。さすがのヴァルカンも尻尾を巻いて逃げるかも」

 

 

 弟子の懸念に対して、鷹のグレイは確信しきった口調で断定した。

「お前はヴァルカンを知らん。奴の生き汚さをな。

 だが、さしもの奴とてレッドコートとやりあって無事で済むとは思わん」

 言い切ってから、再び屋敷の方に双眼鏡を向けたグレイが独白のように呟いた。

 視線の先、どうやらギーネも今から昼食を取るらしく、テーブルクロスの掛かった食卓に食器が並べられていく。銀色に輝く深皿には、黒い小さな粒々が盛り付けられていた。

「ほう、いいもの食べているな」

「あれ、なに」

「あれはキャビアだ。本でしか見たことないが」

 クーンの視界の先で、ギーネ・アルテミスが従僕に傅かれながら、クラッカーに乗せたチーズと一緒に白ワインで流し込んでいる。

 

 手元の3D合成された人工パンのサンドイッチを眺めてから、クーンは恐る恐る言葉を洩らした。

「あれが……キャビア」

 絶句している弟子を見て、鷹のグレイは変なものでも食ったのかと眉を顰めたが、へんな食べ物を腹に詰め込むのは日常茶飯事であった。

「どうしたんだ?サンドイッチが喉に詰まったか?」

「師匠、頑張ろうね」

「なにをだ?」

「稼げるようになったらキャビアを喰うんだ……キャビア……キャビア……」

 

 

 

 

 表向きはヴァルカンの死によって自由を取り戻したジゼルだが、どうやってレッドコートに近づけばいいのか、頭を悩ませていた。

 ヴァルカンのお気に入りの娼婦だった彼女の肌には、家畜に押されるような焼印の跡が痛々しく何箇所も残っていた。

 

「この身体を見せて同情を引いた上でお礼を言いたいと言えば、会ってくれるかな。

 いや、隊長さんまで話を持っていくには、ちょっと弱いか。

 人によっては、だからどうしたで終わりだな。

 出来るものなら、二人きりで話したいものだけど……」

 猫を抱きかかえたジゼルは、どうでもよさそうな口調でそう呑気に独白を口走りながら、町の外れにあるヴァルカン所有の大倉庫の前までやってきた。

 ヴァルカンが死んでから一日たっても、まだ町はお祭り騒ぎの中にあった。歩いている途中でジゼルを見かけた町の住民たちは、酒を勧めてきたり、一緒に踊るよう誘ってくるので、彼女は人目につかないように敢えて人通りの少ない裏通りや物陰を通らざるを得ない。

「ダンボールでも被ろうかしらん」

 戦利品を満載したトラックが町を出たが、レッドコートの本隊はまだ町に残っている。

 理由は分からないが、これを逃がせばチャンスは消える。

 

 倉庫の前では、案の定レッドコートの歩兵が見張りについていた。

「一人だけか。それにあれ……女の子だね。さて、どうしよう」

 なんとかしてレッドコートの頭目と面会したいものだが、繋ぎを取る為の方法が思いつかない。

 倉庫の前で佇みながら暇そうにしているレッドコートの隊員は、見たところどう見ても一人だけだった。

 倉庫は、大型トラックでも通れる正面入り口が開きっぱなしになっており、見張りの兵士は自動小銃を携えているものの、見るからに弛緩した様子で欠伸などしている。

「あらあら、まあまあ……ちょっと無用心かな」

 さて、どうする?とりあえず、話しかけてみようか。

 物陰から様子を窺っていたジゼルが迷いつつも決めかねていると、道の反対側から銃火器を携えていた数人組の男女が見張りのレッドコートに近づいていく。

 青年期から壮年の男女が七人で、全員が銃火器を携えていた。

「あら、あの子たち」

 連中の顔つきに見覚えのあったジゼルは、一見すれば、自警団などに見えるだろう一団の様子を物陰から窺った。

 

「いやあ、ご苦労です!ハンターさん!」

 年配の男性はにこやかに微笑みながらレッドコートの見張りへと近寄ってきた。

「ヴァルカンの糞がくたばったお陰で、これからは町も色々住みやすくなるでしょう。

 悪党にとっては住みづらくなりますがね」

 見張りの兵士が照れたようにはにかんで何かを言おうとした時、年配の男の右隣りにいた若い女が進み出た。

「だから、お礼といっては何ですが……責任とって死ねよ。糞が」

 なにが起こったのか。男女の一団が一斉に銃を構えた。

「くたばれ!レッドコート!」

 

 銃声が街路に響き渡る。

 男女が小銃をぶっ放した。銃弾を胸や足に受けたレッドコートの歩兵が僅かに揺らいだ後に、残像を残して掻き消えた。

 それからは一瞬だった。

 至近にいた女が、首を跳ね飛ばされた。

 頭を無くした女の身体がぐらりと揺れて地面へと崩れ落ちていく。

 何時の間にか漆黒のナイフを振り抜いていたレッドコートが、大振りの得物を投げ捨てながら、女の死体を掌底でその仲間たちのほうへと突き飛ばした。

「仕留めたか!」

「まだだ!止めを……」

 叫んでいた襲撃者たちに女の首なし死体がぶち当たって、数人を巻き込みつつ地面へと転がした。

 

 確実に銃弾を喰らった筈のレッドコートは、しかし、まるで怯まなかった。小口径の弾などは弾かれたようにさえ見える。

 見る者の視覚に魔法めいた錯覚の残像を残しながら、レッドコートの兵士は至近から放たれる銃弾を躱していた。

 そのまま倉庫の入り口へと逃げ込むと、コンクリート壁に身を隠しながら、同時にしゃがみ込んだ姿勢で自動小銃の狙いを定める。

「あの距離で躱すか?」

 ジゼルは、感嘆に満ちた驚愕の囁きを洩らした。

 まるで野生の豹のような、生身の人間にはなしえない素晴らしい反応速度と反射神経を見せつけながら、素早い動きで遮蔽を確保したレッドコートは、全く遅滞なしに瞬時に反撃に移った。

 

「倉庫にはもう一人いるはずだ。手早く片付けるぞ」

 仲間がやられたのにも怯まずに、年配の男は指図を続けている。

「金目のものを奪って町からおさらばする。急げ」

 入り口に陣取ったレッドコートを手早く片付けようと、殺到しようとして

 

「うおっと」

 自動小銃を抜き打ちに放ったレッドコートの反撃が、三人の頭蓋と心臓を正確に打ち抜いていた。

 至近とは言え、恐ろしい反応速度と精妙さだった。

 撃たれた筈のレッドコートだけでなく、倉庫の奥からも同時に別の銃撃が飛んできた。

 六人全員が額と心臓に二発ずつ叩き込まれて、脳漿と鮮血を撒き散らしながら即死する光景を見て、ジゼルは呆然と目を瞬いた。

「……え?」

 死んだ年配の男の体が、空へ向かって銃を撃ちながら崩れ落ちた。

 宙を舞っていた女の首が、楕円の軌道を描いてやっと地面に落ちた。

 そのままジゼルの足元へと転がってくる。最初の攻撃からものの十秒経っていなかった。

 

 倉庫の奥から、小銃構えたまま眼鏡の兵士が姿を見せた。

「無事かね?後輩」

「……あっぶな、いきなり襲ってきたよ。こいつら」

 周囲を窺いながら、見張りの歩兵がそっと転がる死体のところへとそろそろと進み出てきた。眼鏡のレッドコートは倉庫の入り口に陣取ったまま、周囲を警戒している。

「レム二等兵、そいつらは?」

「ヴァルカンの手下の残党だと思います。あと何人、町に潜んでいるやら」

「台所の黒いあれみたいだねぇ」

 

 

「わあ。凄い」

 人間離れした戦闘能力を見せつけられたジゼルは、酒場の物陰から目を丸くして呟いた。

 薬物や手術で反射神経や筋力を高めた強化人間?

 それとも素の肉体まで造り替えた、俗に言うバイオソルジャーという奴だろうか。

 武装集団が数秒の殺戮劇で殲滅されると言うのは、ちょっと信じがたい光景だった。

「あはは、二等兵?……雑兵であれか。ありえないでしょ」

 近接戦仕様に調整されているレム二等兵だが、そんなことジゼルは分からない。

「あいつらが負けちゃう訳だ。ね?人伝の噂なんて当てにならないなぁ」

 首を傾げたジゼルは、足元の猫に話しかけながら困ったように首を振った。

「んー、上の人と会おうにも、強引な手はちょっと無理だなー。

 さすがにあんなの何人も相手にしたら壊れちゃうね」

 首を捻って、困ったように猫に問いかけた。

「さて、どうしようか?」

「にーあ」

「そうだね。そのほうがいいねえ。どうせ時間は在るんだから」

 足元で啼いた猫に話しかけながら、美女はくすくす笑って陰へと溶け込んだ。

 

 レムが欠伸をしながら倉庫へと戻った。足元には鉛弾が音を立てて落ちてくる。

 自動修復される人工筋肉が、体内に入った異物を押し出したのだ。

「……あー、だるい」

 眼鏡娘がやれやれと言いたげに肩を竦めた。

「加速剤を使ったか?」

「うい。ご主人から貰った、神経系に作用する新式。

 なんか奥歯に仕込めって五月蝿かったやつ。でもお陰で助かった。

 これ、副作用も殆どないんだけど、使った直後に兎に角、だるくなるのが……」

 欠伸を噛み殺したレムは、先刻までジゼルの隠れていた酒場の影へと視線を走らせた。

「ところで……なんか一部始終、物陰から様子を窺っていた女がいたけど」

「蒼い髪の女か。例のあいつの本体かもな。特徴を知らせておこう」

 

 

「起きろ」

 身体を揺すられてクーンが目を醒ますと、空が茜色に染まっている。

 時刻はもう夕刻だった。

「ん、交代ですか?」

 半身を起こしたクーンは、目を擦りながら呟いた。

 張り込みがどれくらい続くか分からないので、交代で仮眠を取っている。

「……ギーネ・アルテミスが動いたぞ」

 グレイが告げると、クーンも微笑を浮かべて立ち上がった。

 

 ギーネ(偽)が向かったのは、ヴァルカンの所有する倉庫であった。

 見張っていた兵士たちには、何かを言い含めて追い出してしまった。

 少なくない紙幣を貰った兵士たちが町へと散策へ繰り出すのとは裏腹に、一人で倉庫に残って書類片手に物品の品目をチェックしている。

「……一人きりか」

 フードの奥から響いてくるグレイの声には、隠し切れない興奮が含まれていた。

「……無用心だな。一人で」

 クーンの方は気が気ではない。

 ヴァルカンに狙われていると知っていながら単独行動するなど、正気とは思えなかった。

 距離を取った師弟が倉庫を見張っていると、建物へと忍び寄っていく人影が目に入った。

「おう。おおう!……ついに来たぞ、みいつけた」

 グレイの声には暗い喜悦が混じっていた。

 

 辺りは夕闇が舞い降りてきている。倉庫の闇に、ジゼルは音もなく降り立った。

 と、目的の人物。ギーネ・アルテミス(偽)が瞬時に振り返った。

「何者だ」

 察知されたことに驚きを覚えながらも、ジゼルは隠れるのも意味はないと物陰から進み出た。

「ジゼルといいます」

 

 ギーネ。変装したアーネイは、近くに存在する物体を蝙蝠のように探知できた。

 何かが近づくと耳にノイズが走って、おおよその距離と方角を教えてくれるのだ。

 これはある日、唐突に発現した能力で、ギーネもアーネイも原因は良く分かっていない。

 兎に角、この超能力もどきの探知能力のお陰でアーネイは滅多に不意を突かれることがない。

 

 

 にこやかに微笑みながら、ジゼルはギーネ(偽)に向かって歩を進めた。

「司令官と二人きりになりたかったんです。内密にお話がありまして。

 実はですね。驚くと思いますが、ヴァルカンは生きています」

 驚くかと思いきや、ジゼルの言葉にもギーネ(偽)は驚いた様子を見せなかった。

「知っている。鷹のグレイが態々ご丁寧に忠告してくれたよ。

 ジゼルの整った顔立ちと締まる所は締まりながら豊かな身体を眺めて、ギーネ(偽)がフッと笑みを浮かべた。

「いい趣味をしているではないか。ヴァルカン」

 

「へっ?」

 呟いたジゼルの悪寒を凄まじい殺気が貫いた。

 瞬間、仰け反るようにして飛び退ったジゼルの目の前を、刃がすり抜けたのか。

 視覚では捉え切れず、ただ大気を切り裂いた音のみが攻撃の痕跡として彼女の直感の正しさを裏打ちしてくれた。

 

 転がって距離を取り、立ち上がったジゼルの目前でコンクリートの支柱が豆腐のように切り裂かれていた。

 ゾッとする。一溜まりも糞もない。

「ちょ……」

 ギーネ(偽)の手に握られているのは、恐らくは高周波振動剣だろう。

 戦闘用の人形には生半可な銃弾は通用し難いが、あのブレードであれば防御諸共に切り裂ける。

 狭い空間で最高のレスポンスを発揮する武器を持ったギーネ(偽)を見れば、ジゼルも誘い出されたと悟らざるを得ない。

 

 

「なにか、誤解があると思うんですけど?話を聞いてもらえません?」

 ジゼルの弁解に対して、得意の武器を構えながらギーネ(偽)は嫣然と微笑みを浮かべている。

「こっちもお前には色々と聞きたいことがある……隠し財産の場所とかな」

 獰猛な笑みを浮かべて走り始めると、間合いを一気に詰める。

「手足を切り落としてから聞いてやろう!」

「手足切り落とされたら死んじゃう!」

「安心しろ、死なせない為の技術は持っている。死んでも蘇生させてやるから安心しろ。」

「!悪魔が。悪魔がいる。」

 

 

 レッドコートでは最古参のアーネイだが、実は個体としての身体能力に限れば下から数えた方が早いほどに低かった。

 古参であるということは、同時に擬体も最初期型であるということだ。

 しかも、元々はメイド用の擬体であったのを、中途から戦闘用へと改造している。

 元々の性能は低く、調整も甘かった上、指揮官として振舞う事が多く、実戦からも遠ざかっている。

 幾度となくギーネが手を入れて調整しているが、他のレッドコートとてギーネ謹製であることに違いはなく、VerUPも繰り返しているから順位はさして変わらない。

 さらに言うなら、アーネイは頭脳も完全な人工ではなく、死んだ人間の部品も使っている為で反応や判断速度に僅かだが劣っているのだ。

 

 しかし、アーネイには元になった人間の記憶と経験、そこから来る狡猾な知恵があった。

 彼女には有利な戦場を設定し、得意の武器を選択し、敵の得手を封じる戦場をデザインする才能があって、それは他の全てのレッドコートの基礎能力を凌駕してアーネイに戦場における常勝の栄冠を与えていた。

 

 

「ふん……お前も、なかなかに身体を弄くっているな。強化人間と言うわけか」

 ほざいてくれるアーネイは涼しい顔をしているが、凌ぐこと、躱すことに全神経を集中しているジゼルは、全身に冷たい汗が吹き出ていた。

 普通の人間であれば、とうの昔に頭と胴が泣き別れになっているだろう。

 得物が違いすぎた。高周波振動剣相手では、ナイフもアーマーも掠っただけでボロボロだった。

 僅かに二度受け流しただけでナイフは中ほどが溶けて消えている。

 防御が食い破られるのも時間の問題であって、コンクリートの柱に隠れながら、呼吸を整えようとするが、足元には炸裂弾が転がってきた。

「手榴弾!?」

 小さな爆発が倉庫を揺るがした。

「人気がないからって遠慮せずに使ってくれやがって!」

 破片を仕込んでないタイプなのが不幸中の幸いで、ジゼルの怪我は浅かったが、彼女の視界と聴覚が歪んでいた。

 いや、まずった。致命傷を負わせるよりも、感覚を乱して行動阻害するタイプか。

 吐き気がするけど、離れないと。

「爆発物まで使って。保安官はなにしてるんですか」

 ふらつくジゼルが毒づきながら辛うじて立ち上がり、走り出したが、

「はっはっはっ、何処へ行こうというのかね?」

 飛行王国の子孫である眼鏡の大佐のように笑いながら、ギーネ(偽)が後を追いかける。

 仮に倉庫諸共に吹っ飛ばすような強力な爆発物を使用しても、アーネイは問題なく生き残れる。

 バイオソルジャーの肉体は鋼鉄の鎧を何重にも着込んでいるようなもので、その上に即死しなければ如何な重篤でも後遺症なく治ってしまうのだ。

 

「ヴァルカンの残党?」

 保安官事務所で面会を求めた眼鏡の上等兵とレム二等兵が、保安官たちに状況を説明していた。

「そう。倉庫に誘き出して始末している」

「近寄らないでくれれば、あとは此方で処理する」

 保安官は渋い顔をしていたが、彼や保安官助手の戦力ではヴァルカン残党を相手取るのに覚束ないのも事実である。

「……礼を言うべきだろうな」

 

「鬼ごっこはお終いだ!三分間待ってやる」

「隠し財宝なんか知らない!」

 いよいよ追い詰められたジゼルにグレネードが投げつけられた時、入り口から誰かが駆け込んできた。

「ジゼル!」

 

「エマ!?」

 一瞬、驚愕したジゼルだが、すぐさまに立ち竦んでいるエマの前に立ちはだかった。

「くうう」

 グレネードから庇って背中を爆発に焼かれながら、エマを抱きしめた。

 そのまま窓を突き破って外へと飛び出していく。

「……子供を庇った?ヴァルカンじゃない?」

 ギーネ(偽)は、一瞬だけ訝しげに首を傾げたが、その耳に無線が飛び込んできた。

 《少尉。すぐにお戻りください。館に侵入者が》

 部下からの一報を耳にしたギーネ(偽)が、顔色を変えた。

 

 

 傷と火傷だらけで地面に蹲っているジゼルに、エマがそっと触れた。

「エマ……どうして此処に」

 ジゼルは少女を見つめた。

「ジゼルと一緒に暮らそうって、探しに……」

「危ないですよ。全くもう」

 苦笑するジゼル。追撃は来ないようだ。

 諦めたのだろうか?それとも……

 立ち上がったジゼルの腹を、銃声と共に衝撃が貫いた。

 

 再び崩れ落ちたジゼルの目の前に、物陰から二つの人影が姿を見せた。

 鷹のグレイとクーン。ハンターの師弟が近寄ってくる。

「いい様だな、ヴァルカン。この日を待っていたぜ。」

「うっ……くっ。」

 大型拳銃の凄まじい衝撃に失神寸前のジゼルは、朦朧として喋る事も出来なかった。

「傷を負っているな。さすがのお前も、アルテミスとやりあっては無傷ではすまなかったようだな」

 計算通りと哄笑を発して、鷹のグレイはジゼルの腹の傷を踏みにじった。

 

「ひっ、やめ。やめてよ!ジゼルにひどいことしないで!」

「お嬢ちゃん。そこから離れろ。」

 泣き顔で訴えるエマが立ちはだかるが、鷹のグレイにあっさりと突き飛ばされた。

 クーンがその肩を掴む。

「あいつは……悪いやつなんだ」

 

 エマは泣き顔で鷹のグレイをじっと見つめた。

「貴方は……ジゼルに何をする気?」

「ぶっ殺すのさ。俺はずっとこの時を待っていたんだからな。」

「やめっ!やめてよ!」

「押さえてろ」

 それだけ言って、鷹のグレイが意識が朦朧としているジゼルに向き直った。

 止めを刺そうと、大型拳銃を頭に突きつけて、

 背後でただごとではない鋭い悲鳴がした。見ると、クーンが崩れ落ちている。

「それは困るのよ、グレイ。

 わたしのお気に入りの玩具なんだから、まだ壊されたら困るわ」

 

 エマ。別人のような顔と口調で少女の口から、灼熱の炎が吹き出した。

 一瞬でグレイを紅蓮の炎へと巻き込み、絶叫した老ハンターが地面へと倒れこむ。

 哄笑を上げながら、少女はジゼルへと歩み寄った。

「ジゼル、気分はどう?」

「エ……エマ?」

 呆然としているジゼルを前に、エマは見覚えのある笑みの形に顔を歪めた。

「家族の仇を取ろうとハンターになったり、娼婦にまで身を落として、このわたしの……ヴァルカンの本体を探していたのだろう?」

 くっくっとこの上なく楽しそうなエマは、両手を広げて夜の星空を見上げると嘯いた。

「俺を殺そうと狙った馬鹿共が殺しあう。最高の気分だ。

 目の前にいたのに気づかずに、挙句、出し抜かれてとんだ間抜け共だな。

 仇を見つけた気分はどうだ?やっと会えたんだ。笑えよ。ジゼル」

 


初出 2013/07/15 

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