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廃棄世界物語 Red coat   作者: 猫弾正
PA.311年 ヴァルカン 
6/9

Liberator

 ソレトの町の正面ゲートを通り抜けて、メインストリートを真っ直ぐに進むと商業地区を兼ねた繁華街に出る。

 この規模の町としては中々に栄えている繁華街でも、悪趣味な装飾で一際目立つ三階建ての建物が娼館エルドラドだった

 夜になるとけばけばしいネオンの光に照らされるエルドラドは、値段の割りに質のいい酒と女が楽しめるというのが売りで、なまめかしい肌の踊り子たちが客の前で半裸になって淫らに舞う夜のショーは近隣でも好評を博している。

 酒と女を比較的に安価で提供するエルドラドの従業員の過半は、ヴァルカンや手下たちによって、各地から強引に調達された女たちであった。


 

 ヴァルカンが死んだ。

 娼婦たちに最初の一報をもたらしたのは古参の娼婦の一人であるジゼルであった。

 エルドラドでも一番の古株であり、やや年増ではあるが清楚で優しげな容貌をした彼女は、水準以上の美人と称してよかった。

 ヴァルカンのお気に入りである為、見張りつきとは言え、町での買い物や散歩などある程度の自由を許されていたが、その境遇を羨む同僚は少なかった。

 ヴァルカンは変質的といっていい加虐趣味の変態であり、ジゼルの肌には動物のような焼印が押され、金属製の針で串刺しされたような傷跡が耐えなかったからだ。


「あの男が死んだって本当!?姐さん」

 若い踊り子で勝気な性情のニノンが、飼い猫に餌をやっていたジゼルに詰め寄って肩を掴んだ。

「顔が近いわ、ニノン」

「あ、ごめんね。姐さん。つい」

 猫に逃げられたジゼルが眉を顰めてニノンを嗜めると、輪になった娼婦たちの顔を見回してから、改めて町で流れている噂について語り始めた。

「少なくとも、町では皆がその話で持ちきりだったわ」

 あくまで噂だと前置きしながらも、同僚たちにそう告げる。


 年増美人の言葉を聞いた娼婦たちは、いちように不安と希望の入り混じった複雑な表情をしていた。

「あの男……ヴァルカンが?」

「それは本当なのかな?」

 信じたい。だけど信じられない。そんなジレンマを抱えて不安そうな娼婦たちの沈黙は、新たに控え室へと飛び込んできた若手のケティが確かな続報を知らせたことで破られた。

「皆!聞いた?!昼間の銃撃戦。凄腕のハンターたちがやってきたらしくて、撃ち合いでヴァルカンもその手下達も殆どが死んだって!」

「それっ!やっぱり本当なの!」

「誰から聞いた話!?」

 同僚の女たちに詰め寄られて、ケティは情報源を明かした。

「町の保安官補のジョンから聞いたの!町議のマットさんもいたわ!間違いないわ!」

 娼婦たちが、今度こそ歓声を上げた。


 元々、合法非合法に彼女たちをエルドラドに連れて来たのがヴァルカンとその手下たちだった。

 食事や寝床の為に娼館へ勤めている娘もいたが、殆どは望まずして浚われてきた女たちであるから、怨み骨髄といってもいい賞金首の敗死を耳にして歓ばぬ者はいないようにも見えた。


「ああ、神さま!あいつがくたばったなんて」

「ね、外を見て!」

 一人の娼婦が窓から街路を指差して叫んだ。

「妹を返せ!」

「メアリー!迎えに来たぞ!」

 娼館の入り口で、数人の男たちが口々に叫びながら、娼館の用心棒たちと押し問答をしていた。

「兄さんだ!父さんも!」

「ああ、ダズ。迎えに来てくれたのね!」

「ここよ!わたしはここ!」

 借金のかたやら、暴力を使った勧誘やらで、半ば強引に娼館に連れて来られた町や近隣の貧しい娘たちが、身内を見つけて手を振っている。

 身内の男たちはかなりの人数で殺気立っており、また普段は威圧的な雰囲気を纏っている強面の用心棒たちも、状況の変化を知っているのか。腰の引けた様子を見せていた。

「ヴァルカンも、あいつの手下も、賞金稼ぎのハンターたちに皆殺しだって」

「あの豚野郎がくたばったのね!」

「じゃあ、あたしたち……もう自由なの?」

 不安そうに云った若手の娼婦たちに、纏め役である年長のジゼルが微笑みかけた。

「……そうね。会えなくなるのは寂しいけれど、みんなはもう自由よ」


 

「やった!やったぁ!」

「ああ、家に帰れるんだ!あの懐かしい家に!」

 笑顔ではしゃぎ、抱きつき、全身で喜びを表現しながら、まず身内が助けに来たアンとメアリーが玄関に行こうとして歩き出したのを、控え室の入り口に屈強の用心棒たちを連れた娼館のマダムがキセルを靡かせながら、立ちはだかった。

「お前たち!何処へいくつもりだい!勝手は許さないよ!」


「ふざけないで、そこをどいてよ!」

「わたしは浚われてここにきたのよ!家に帰して!」

 詰め寄ってきた女たちに対して、用心棒を三人もつれたマダムは一歩も引かなかった。

「馬鹿云ってんじゃないよ」

 マダムの合図と共に、用心棒の一人が容赦なく電気鞭を振った。

 女たちは悲鳴を上げて慌てて後退ったものの、それでも今までと違って萎縮する様子を見せない。


 反抗的な態度を見せて睨み付けてくる女たちを見回して、マダムはわざとらしく溜息を洩らして嘆いてみせた。

「やれやれ、昨今は義理人情も廃れたもんだよ。

 あれほど親切に親身になって面倒を見てやったって言うのに恩人を罵るなんてね。

 この老いぼれが困った立場に立ったんだ。給料はいりません。

 マダムのところで働かせてくださいって云うのが本当じゃないか」


「なにがマダムだ。この因業ババア!あんた給料なんか払ったことないじゃないか!」

 我慢できずに罵った女をじろりと眺めてマダムは口を開いた。

「経営者ってのは、身一つで住む従業員と違って色々と物入りなのさ」

 場所代やら必要経費やらで、名目上の乏しい給与すら殆ど取り上げるエルドラドの店の、最大の出資者はヴァルカンであるが、二番手はマダムその人である。


 

「ふん、あんたたちが何処の何様だったとしても、契約を交わした時点でうちの従業員だよ!

 ヴァルカンの旦那が死んだとしても、それはこれからも変わりないんだ!

 年季と借金が残っている限りは、逃がさないよ」

 マダムは鼻で笑いながら、署名が記された書類を振り回した。

 女たちは口々に抗議の叫びを上げた。

「あたしの兄さんは、去年からヴァイスの町の保安官助手になったんだからね!

 ヴァルカン一党がいなくなったから、すぐに助けに来てくれるわ!

 そうなったら見てらっしゃい!あんたをただじゃ置かないから!」

 咎めるような眼差しを女たちに向けられ、脅迫と罵詈雑言を叩きつけられたマダムだが、それで萎縮するような細かい神経など持ち併せてはいない。

「小娘共!これを中央の裁判所に持っていったら、どうなると思う!

 あんた達は契約不履行で罪人だよ!」

 鞭や棒切れを握った男たちの壁に守られながら、マダムは金切り声で女達を脅かした。

「それとも、鉱山町ジードの娼館に譲渡してもいいんだよ。あそこは女が少ないからお前たちでも売れっ子になるね」


 萎縮し、脅えた表情の娼婦たちを見回したマダムが、甲高い声で告げた。

「さあ!囚人として刑務所に収容されたり、売り飛ばされるのが嫌なら、これまで通り親切なエルドラドの女将の下で真面目に働くんだよ!」

 得意げな表情で契約書を振り回していたマダムだが、突然、物陰から小さな影が飛び掛かった。

「ギャッ!」

 鋭い爪でマダムの掌を深々と引っ掻いたのは、白い猫だった。

 床に着地するとマダムに振り返り、優美に尻尾を振りながら、にゃおと馬鹿にしたように小さく鳴いた。

 右手で床に落ちた契約書を拾い上げ、左腕で白い猫を抱き上げて、年増の娼婦が艶やに微笑んだ。

「よくやったわ。いい子ね」

 女たちが床の上にバラバラに飛び散った契約書を飛びついた。

 片端から引き千切っていく。悲鳴を上げたマダムが用心棒たちにやめさせるように指示するも、どう見ても手遅れだった。

「ジゼル!その猫を寄越しな!八つ裂きにしてやる」


 

 怒り狂ったマダムが杖を振り上げたが、ジゼルは苦笑したようだった。

「もう充分に儲けてきたでしょう。あまりに欲を張ると命まで失うことになるわよ。

 ただでさえ、貴女はヴァルカンの下で甘い汁を吸っていたんだから」


「なんだってぇ!もう一度云ってごらん!その生意気な口を……」

 興奮したマダムが金切り声を上げた。

 用心棒から杖を取り上げると、口答えした娼婦に向けて振りかぶった時だ。

 娼館の玄関の方角から、めりめりと硬いものをぶち破るような音が鳴り響いた。

 ついで大勢の人間が発する足音が廊下を制圧する。

「メイ!どこだ!」

 男の怒鳴り声に娼婦の一人が応えた。

「助けて!兄さん!ここよ!」

 マダムや用心棒達が固まっている間に、控え室に十数人の男が踏み込んできた。

 中には自警団や助手を引き連れて乗り込んできた保安官や町長、町の治安判事の姿も在った。

 どうやら門番たちは、持ち場を放棄して逃げ出してしまったらしい。

 さすがに用心棒たちも怒り狂った町の住民たちに抗おうとはしなかった。

 慌てて逃げ出す者もいれば、武器を捨てて両手を挙げながら後ろへと下がっていく者もいて、見捨てられた形になったマダムは状況の激変についていけず、目を白黒させている。


「あんたの後ろ盾になっていたヴァルカンは、もういないわ」

 ジゼルの哀れむような声と共に、娼婦の一人がマダムへと飛び掛かった。

「この因業ババア!地獄に落ちろ」


「ひっ。お助けえ!暴徒に殺されちまいます!」

 周囲を見回したマダムは、なんと保安官の膝にすがり付いた。

「離れろ、マダム。ヴァルカンは死んだ。もう誰もあんたを守ってはくれんぞ」

 苦笑した保安官に続いて、治安判事も厳しい声で告げた。

「あんたには、誘拐の嫌疑も掛かっている。マダム。

 税金もろくに納めずに、ずっと上手い汁を吸ってきたんだ。そろそろ年貢の納め時だな」

 マダムは急激に老けたような顔をして床へへなへなとへたり込んだ。


 

 恋人や知人、家族と抱き合って喜び合う者もいれば、住所を交換しつつ別れを惜しんでいる者もいた。

 僅かな私物をスーツケースに纏めたジゼルだが、住み慣れた娼館を立ち去ったところで、

 別れを告げたはずのニノンと見習いのエマに追いつかれて、意外な話を切り出された。


「姐さんも、一緒に来ない?うちの農園は広いよ」

 苦笑して首を振ったジゼルには、身内は一人もいない。

 子供の頃にバンデットに皆殺しにされたと、一度だけ本人の口から言葉少なに聞いたことがあった。

「しばらくは一人になりたくてね。そのうち訊ねていくかも知れないけど」


「そっか……姐さん。これからどこへ」

 ニノンの言葉に、ジゼルは何とも言えない表情を浮かべて言葉を濁した。

「さあ、私にも分からないな。それよりもエマをお願いね」

「あ、うん。引き受けた。大丈夫、うちは大家族だから」

 ジゼルは他の女たちの面倒を良くみていた。

 特にエマは熱病で倒れた際、何日も看病されたことでジゼルによく懐いていた。

 今も泣きそうな顔でジゼルの腰にすがり付いている。


「ニノンの言う事をよく聞いて」

「……また会える?」

「エマがそれを望むなら」

 エマの頭を優しく撫でたジゼルは、足元に寄って来た白猫を抱きかかえた。

「これからどうするの?姐さん」

 楽しそうに目を細めながら、ジゼルは天を仰いだ。

「さて……ね。取り敢えずは、町を解放してくれた人たちにお礼でもしようかな」


 


 ソレトの町を解放したギーネたちレッドコートであったが、ことは物語のように悪者を退治してめでたしめでたしでは片付かなかった。

 勝者として接収したヴァルカンの私財を巡って、町の有力者たちがレッドコートの代表者に対して面会を求めてきたのだ。


 ヴァルカンの屋敷を一時的に接収したレッドコートは、応接室で町の有力者たちとの会談に望んでいた。

 もっとも司令官のギーネ・アルテミス自身は、来客に背を向けたまま、窓辺に佇んで外の景色を眺めており、主な折衝には腹心のアーネイ少尉とフィーア伍長が当たっている。


「我々は長居をするつもりはない。その点では、安心してもらっても良い」

 革張りの大きなソファに腰掛けたアーネイ少尉は、落ち着いた様子で町の有志一同を見据えていた。

「しかし、物資を根こそぎ徴発されては、我々もやってはいけない」

 保安官が机に身を乗り出して町の窮状を訴えかける間、町長と判事は落ち着かない様子で壁際に並んでいる赤い軍服の兵士たちにちらちらと視線を送っていた。

 町の代表は町長と判事、弁護士を兼ねた町議、そして五名の保安官助手だった。

 はじめは町議会に顔を出すように伝えてきたのだが、吊るし上げられるのは御免だったギーネは、会合の条件として代表を三名にまで絞って町側が出向くように逆に要求した。

 町長たちからすると、自動小銃を構えたレッドコートの兵士たちが壁際に整列している場所では、どうにも気圧されそうになってやりにくいこと甚だしかった。


「徴発?人聞きが悪い。町の住民の私財に手を出した覚えなどない。

 我らが抑えたのはヴァルカン一党の所有する物資だけだ」

 アーネイは机を強く叩きながら反論した。

「……ひぅッ!」

 バンっと言う音に反応して、何故か窓辺の方から脅えたような小さい悲鳴が聞こえた。

「……?」

 空耳だろうか。保安官が怪訝そうな眼差しをギーネの背中に向けた。

 微かに頬を染めたギーネは、背中に視線を感じながらも涙目で黙殺した。


 アーネイはこほんと咳払いして、話を本筋へと戻した。

「兎に角、そちらの言うことは筋が通らない。我々は命がけで戦ったのだから」

「だが、その物資は、元々、ヴァルカンが町の住民から奪ったものだ。返して貰いたい」

「そもそも、賞金首の私物は、討伐したハンターのものにしてよいと法律で定まっている。これは中央政府が定めた修正第24条に記されている」

 アーネイの言葉を引き継いで、淡々と述べるフィーアに、町の判事が反論した。

「だが、それには浚われた奴隷や所有者の明らかな盗品を除いて、との但し書きが着いていたはずだ」

「ヴァルカンは書類上は正規の手続きに拠ってこれらを取得している。

 法に則れば、これらも我々の戦利品として認められることになる筈だが?」

 保安官や判事を引き連れた町長を相手に三十分以上も丁々発止でやり合っていたアーネイが、流石に喉の渇きを覚えて水を飲んだ。

 保安官も出されたぬるい水で喉を潤おしてから口論を再開する。

「脅迫に拠って取得したものが、正規の手続きと認められるとでも思っているのか。お嬢さん」

 やや乱暴な口調で迫るが、フィーア伍長には柳に風と流される。

「中央裁判所の判例では、そうなるな」


 どうも普通のハンターチームとは、勝手が違うな。

 額の汗を拭いながら、町長はそう思った。

 使者に出したミュータントや、ソレトのギルド職員に聞いたところでは、レッドコートはアルトリウス帝国からの亡命貴族を頭目としたハンターチームだそうだ。

 生体工学の進んだ帝国の強化人間や自律式生体人形、サイボーグによって構成された戦闘集団であり、こと市街戦に関しては折り紙つきとのことだった。

 今まで幾人もの賞金首を狩ってきた凄腕だと云われている。

(腕が立つ上に法律まで諳んじられてはな。やり難くて敵わん)

 町長は内心、苦々しい想いを抱きながらも、少しでも町の財産を取り戻そうと、折衝に当たっていた。


「ヴァルカンの所有していた車両のうち、せめて乗用車の二台は置いていって欲しい」

 町長が懇願するも、アーネイにあっさりと一蹴される。

「無茶を言ってくれる。先刻は物資を寄越せといい、今度はもっとも大きな戦利品を諦めろという。そちらは譲歩を全くせず、要求ばかりではないか?」

「勿論、対価は払う」

 提示された金額を見て、アーネイが鼻を鳴らした。

「話にならん金額だ」

 町長は情に訴えるように頭を下げた。

「ヴァルカンの暴力と脅迫によって奪われたが、もとは我々の車なんだよ。そこを汲んでくれないだろうか?」

「被害者とは言いつつも、町長はヴァルカンと仲が良かったと聞いているが?」

「無論、本意ではないよ。付き合わなければ殺されていた」

 フィーア伍長の指摘に何故、知ってるのだろうか。町長の顔色が悪くなった。

 口の滑ったネコミミも、まさか話した愚痴が交渉条件に使われたなどと思いはしないだろう。

「ソレトの住民が生活を営むには、大きな町から物資を搬入する必要がある。

 住民が暮らすのに、車両は絶対に必要なんだ。隊長殿は、女子供に餓えろというのかね?」

 町長の論法に耳を傾けていたアーネイだが、その実、町にいる部下に逐一状況は確認させている。

「街中のガレージで車を五台も確認した。もっとあるだろう」

「あれは整備中なのだ」

 苦い顔をして口ごもった保安官を鋭い視線で一瞥すると、アーネイ少尉は話を転じた。

「ところで、ヴァルカンは正規の手続きで不動産を取得している。これらの処遇に関してだが……」

「おいおい、待ってくれ。車や物資だけでなく、不動産まで奪うつもりか!」

「……競売には時間が掛かる。町が適正な価格で買い取ってくれると言うのならば、勿論、我々としても譲歩を考えるにやぶかさではない」

「悲しいながら、目下のところ我々は素寒貧なのだよ」

 悲しげに町長が首を振った。


 まるで譲歩の様子を見せないハンターたちに、遂に判事が短気を起こした。

「あまり欲を掻くものではないぞ。先刻から君らが倉庫から運び出している物資。

 あれだって元々、町のものなのだ。判事の権限で差し押さえる事も出来るのだぞ」

 判事が苛立ちを込めて半ば本気で脅かすと、壁際に立っていた赤い軍服の兵士たちが露骨に殺気立った様子で囁きあいながら身動ぎした。これ見よがしに自動小銃をガチャつかせている。レッドコートは四名。それに対して職務に忠実な五名の保安官助手たちが、緊張した顔つきでサブマシンガンやショットガンを向けた。


「落ち着きたまえ!君らもだ!短気を起こしてもなにも始まらん」

 声を張り上げた町長が、腕を伸ばしながら一喝して両者を制止した。


 暴力は常に交渉における大きなファクターであるが、ティアマットでは文明世界よりもその比重はさらに大きい。鉛玉は二束三文であり、命はさらに安い時がある。

 ハンターだから暴力は振るうまいと思いつつも、町長の胃はキリキリと痛んだ。

 賞金首と賞金稼ぎの境界は、ティアマットではかなり曖昧でもある。

 第一種と呼ばれる広域手配の賞金首を除けば、国境や州境を越える事で、賞金首が賞金稼ぎになったり、その逆も良くある事であった。


 それでもティアマットの暴力の曠野に晒され、また行使にも慣れている町の有力者たちだ。

 簡単には引かないし、引けない。

 有力者たちがここで引いてしまえば、町の再建にも大きく影響するのだ。

 脅迫したり、泣き落としを行使しながら、落しどころを互いに探っている段階であった。

 これ見よがしの武力も、またブラフである。行使される可能性は極めて低かった。

 だからと言って、交渉ごとで殺されるわけがないと高を括っている訳ではない。

 大金が掛かっているのだ。感情の縺れやら、何かの間違いやらで、どちらかが激発するという事も充分にありえると承知していた。


 

 交渉は夕方まで二時間ほど続いたものの、どちらも妥協を見せずに平行線を辿った。

 結局、レッドコートは町側の要求の殆どを突っぱね、夕方になって疲れ果てた町長は有志一同を引き連れて帰路へとつくことになる。

「残念だが、話は平行線のようだな。ティス兵長。町長たちを玄関までお送りしろ」

 冷笑を浮かべながらのアーネイの言葉を、町長は片眉を上げて断った。

「案内はいらん。なんどか来たことがあるでな」


 町長たちと共に館に入ることを許されず、扉の外で蹲っていたネコミミが一行の姿を見て駆け寄ってきた。

「どっ……どうだったですかニャ?」

「駄目だな。業突く張りめ。血も涙もない」

「これだからハンターなんて人種は信用ならんのだ」

 ぶちぶちと文句を言う保安官と治安判事。町長は草臥れ果てた表情で夕陽を眺めていた。

「お前ももう少しましなハンターを呼んでくれればいいものを。これでは狼を追い出すのに虎を呼び込んだようなものではないか」

 町議を兼ねる弁護士がネコミミを睨みつけた。

 ソレトでのミュータントは、露骨な差別は受けはしないものの、多少は忌避される。

 その上、ネコミミは有力な伝手も資産も持たない貧しい身のために立場が弱かった。

 町の有力者に文句をつけられたネコミミは竦みあがったが、萎縮して縮こまった様子を見て流石に気の毒に思ったのだろう。保安官が、筋違いだと取り成してくれた。

「それは仕方あるまい。むしろモカはよくやった」


「あちしがいてもお役には立てないですニャー」

 対策を練るために保安官の経営している酒場へ入っていった一同だが、居辛くなったネコミミは一足先に家へと帰らせてもらうことにした。

「うう、お手柄を立てたはずなのに、なんか色々と肩身が狭いニャあ。これからあちしはどうなってしまうんだろうニャ」

 夕闇の迫る街路をとぼとぼと歩きながら、悄然と肩を落として呟いたのだった。


 

 ヴァルカンの館の応接室。

「……疲れました」

 天井を眺めながら、アーネイ少尉が溜息を洩らした。

 疲労を隠せない腹心に、ギーネが冷たい炭酸水を差し出した。

「ご苦労」

「人に交渉させておいて……」

 差し出された炭酸水を受け取りながら苦笑するアーネイ。


 ノックの音がして、兵士が一人部屋へと入ってきた。敬礼しつつ報告する。

「たった今、軍曹以下七名。大型トラックと護衛の車両4台を率いて出発しました。帰還は明後日の16時になる予定です」

 アーネイ少尉が、兵士の説明を補足する。

「鹵獲した車両の状態はどれも良好です。さすがソレトですね。

 空のトラックが戻ってきたらもう一度荷物を積んで撤退します、お嬢さま」

 肯いたギーネは、手元の書類に目を落とした。


 八台の車両に分乗してソレトへとやってきたレッドコートだが、さらにヴァルカン一党から四台の車両を鹵獲する事に成功する。

 貴重品である車が増えて万々歳と思ったのも束の間、間抜けなことに運転手が足りなくなった。


 普通に考えれば、持ちきれないのならば置いていくのも選択肢の一つだろう。

 しかし、鹵獲したのは大型幌突きトラックやバン、ピックアップトラックなど使いでのある車両ばかりで諦めるには余りに惜しい。

 かといって、現在、所有している車両を置いていくのも馬鹿馬鹿しかった。

 そうした訳で、運転技能を持つ隊員を多く含んだ別働隊に、一端、本拠地に余分な車を運んでもらうことにしたのだ。


 5台の車に分譲した別働隊は、戦利品を満載して一路コートニー市へと向かっている。

 基地に乗用車四台を置いたら、空になった大型トラックの荷台に隊員を乗せて、再びソレトを訪れるのだ。

 トラックで丸三日も揺られる隊員たちの苦労を考えなければ、いい案に思えたのだが。

「……早まったかも知れんな」

 天に広がる群青色の幕を眺めながら、ギーネは浮かない顔で呟いた。

 町の人間と揉める状態で、戦力を分散して手薄になるのは上手くなかったかも知れない。

 別働隊には、軍曹と戦闘になれた古参兵を多く当てている。

 別働隊と合流するまで何事もなければいいのだが。どうにも奇妙な胸騒ぎを覚えていた。

「まあ、大丈夫だとは思うが……明後日か」

 その頃には、町側との交渉もけりが着いているだろう、とギーネは思った。

「他には何かあったかな?」

「館には結構な値打ちものもあります。現在、梱包しているところですが……

 倉庫の方にも機械部品などがありまして。

 大型トラック二台分を運び出しても、かなりの物資が余りますね」

「ああ、ならば妥協すればよかったな」

 後ろ手に手を組んで部屋をうろうろと歩き廻りながら、ギーネは呟いた。

「住人と険悪になりかけてる状況で、さすがに二度、三度と運び出すのは拙かろう。

 一定の物資を置いていかざるを得ないなら、精々、恩を高く売りつけてやろう」

「御意」

 アーネイが恭しく肯いた。


 書類を眺めていたフィーア伍長が苛立たしげに髪をかき上げる。

「出来るなら、現金の形で売りつけたいものです」

 机を指で叩いていたフィーアだが、眺めていた書類の何枚かを塵のように机上に投げ捨てた。

「ヴァルカンの経営していた雑貨店や酒場ですが……

 証書は手に入れたものの、略奪された上に焼き討ちされました。

 商品は消え、店員も逃げだし、娼館の女たちも姿を消して、どうにもこうにも」

「経営も転売も出来ないか?」

「無理でしょう。相当に町の住民に怨まれていたようで……手下と見られた店員やマネージャーなどは私刑に掛けられていましたから」

 ギーネの問いに対して、フィーアは優雅な動作で肩を竦めた。

 人形でありながら、この女はそうした仕草が奇妙に様になっていた。

「……仕方ないな」

 天を仰いだギーネだが、元々、望外の戦利品を獲得したのだ。あまり欲張るべきではないと諦めた。


「報告は以上です」

「うん、ご苦労だった」

 レッドコートたちが報告を終えて退室しようとした時、ギーネがアーネイを呼び止めた。

「どうした、浮かない顔をしているな」

 腹心の顔を下から覗き込みながら、訪ねてきた。

「お分かりでしたか?」

「わたしは唐変木ではないぞ。何年の付き合いだと思っている」

 アーネイの赤毛に指を絡めながら、ギーネは拗ねた顔をする。

「大したことではありません。やや引っ掛かることがあったのですが、お嬢さまのお気になさるようなことでは御座いません」

「そうか。アーネイがそういうのなら、そうなのだろうな」

 檸檬の炭酸水を満たした冷たいグラスを頬に当てながら、ギーネは微笑んだ。

「では、明日一番に町の有力者たちに妥協の用意があると告げてやろう」

「はい、お休みなさいませ」

 まるで主人を敬愛する執事かメイドのように恭しく一礼したアーネイだが、内心で懸念していることが一つだけあった。

 退室してからギーネの護衛の任に就いているレッドコートを、傍へと呼び寄せる。

「お嬢さまを狙うものが潜んでいるかも知れない。気を抜くなよ、レヴィ」

 レヴィ兵長は、ギーネによって創造された人形の一体で、創造主への忠誠心はレッドコートの古参兵でも度を越しており、自己保存本能を越えているほどに強かった。

「命に代えてもお守りします」

 直立不動の姿勢のまま、生真面目な表情で云ったレヴィ兵長がやや不審そうに瞳を細めた。

「しかし件のハンター、信用が置けるのですか?」

 信用できないと表情で語りながら疑問を呈したレヴィに対して、アーネイは肩を竦める。

「さてな。だが、一応、話の筋道は通っている」

「それは……」

 言いよどんだレヴィにアーネイは顔を近づけた。

「不穏とまでは云わないが、町にも我らを面白く思わぬ者たちがいるようだ。

 残党が襲ってくる可能性もある」

 レヴィの表情が緊張した。

「なに、いつも通りだ。有事の際には、この身に変えてもお嬢さまをお守りすればいい」

「分かっております。抜かりはありません」

 肯いたアーネイは、館の廊下を歩きながら、昼頃に交わした鷹のグレイとの会話の一部始終を思い起こしてきた。


 鷹のグレイが面会を求めてきたのは、今日の昼頃。

 残敵の掃討もほぼ集結し、戦利品の選定に取り掛かった頃であった。

 唐突にやってきたグレイは、アーネイに対して驚くべき話を手土産に携えていた。

「では、死んだのは影武者。ただの人形でヴァルカン本人はまだ生きているというのか」

 応接室で老ハンターと面会したアーネイは、目を僅かに見開いたまま、手渡された受信用マイクロチップとグレイの顔に交互に視線を投げかけた。


「そうだ……奴はまだ生きてこの町のどこかに潜んでいる」

「しかし、証拠は脳みその受信用チップと、真偽も定かでない噂……あまりに根拠が弱すぎる」

 机を指で叩きながら首を傾げたアーネイに、グレイは言葉を投げかけた。

「死んだと噂されるたびに奴は蘇った」

「確かにそのチップは人形を遠隔操作するのにも使える。が、他の用途もある」

 上質のソファに浅く腰掛けたアーネイは、頬杖を突きながら指摘した。

「脳みそに埋め込む奴は珍しいが、例えば、通信の授受や、そう……装甲車のリモート操作にも使える。

 そのチップだけでは、ヴァルカンが人形だったと決め付けるには根拠が弱すぎる。

 まして、本物がいまだこの町のどこかに潜んでいるとはな」

「信じられないか?」

「わたしがヴァルカンであれば、この状況ではまず逃走を第一に考える」

 フードに表情を隠したグレイが身体を揺らして嘲笑の気配を発した。

「奴には幾つか悪い癖があってな。

 復讐を遂げる時は、自分の手で止めを刺さないと気がすまないのさ。

 きっと、レッドコートの隊長さんを狙っているぜ」

 忠告を装った言葉のうちに、僅かに不可視の嘲弄と煽るような気配を感じ取ったアーネイは、不快感に微かに瞳を細めた。


「忠告は感謝しておこう。鷹のグレイ」

 そこで話は打ち切られた。

 グレイが退室してから、アーネイは一人、老ハンターの狙いについて想いを馳せる。

 ヴァルカン、ないしはヴァルカンを操っていた人物が生きているのかも知れない。

 おそらくこの情報は、ある程度は真実を含んでいる。

 でありながら、アーネイはどこか鷹のグレイに対して信じきれない印象を抱いていた。


「グレイめ。なにを考えて我らにそれを知らせる?

 我々を復讐に利用するつもりか……だが、己の手による復讐が奴の望みではないのか?」

 グレイが、ただの親切心からヴァルカンの生存を教えてくれたと信じるほど、アーネイは無邪気ではなかった。

 ティアマットで見ず知らずの他者の好意に寄りかかるような愚か者は、墓場の下にしかいないのだ。

 グレイにも、何かしらの思惑があって動いている。

 レッドコートとヴァルカンをかみ合わせた所に漁夫の利を狙う。そんなところだろうか。


「まあ、よい……たとえ真実ヴァルカンが生きており、レッドコートを狙うと言うのなら、それはそれで構わないさ」

 トイレに入ったアーネイは、ポシェットから生体素材のマスクを取り出した。

 壁の姿見を見ながら、顔に当てて僅かに調整をすると、そこには数分でギーネ・アルテミスの美貌が鏡に映っていた。

 ギーネと瓜二つの顔となったアーネイは、固体戦闘用の武装を選びながら、片頬を歪ませる。

 ヴァルカンが標的を選ぶとすれば、第一候補は勿論、リーダーのギーネだろう。

 そんなギーネが一人きりで行動したとしたら、どうなるか。

 復讐者の目には、絶好の機会に映るはずだ。

「お嬢さまにはけして近づけぬよ、ヴァルカン。その前にわたしがお前を殺してやる」

 誘き出して、この手で始末してやる。ギーネの声と顔で、アーネイはそう囁いた。



初出 2013/07/11

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