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廃棄世界物語 Red coat   作者: 猫弾正
PA.311年 ヴァルカン 
5/9

鎧袖一触

 赤茶けた曠野の大地に砂塵を巻き上げながら、窓に金網や鉄格子を貼り付けた武装バスが走っていた。

 車上に備え付けられた銃座では、雇われガンナーが油断なく襲撃に備えている。

 曠野に聳え立つコンクリートの廃墟から、ミュータントや高い知性を持つキメラが、ちらほらと顔を出してはバスの様子を窺っている視線が感じられた。

 特に危険な廃墟のビル街を通り抜ける際には、怪しい影に銃口を向けながらも、無数の視線に貫かれた銃手は生きた心地もしなかったが、銃眼を開けた鉄板で補強しているバスは獲物としてはいささか手強いと見たのか。

 廃墟に巣食う住民たちも、鈍重ながらも頑強な重武装バスを襲っては来なかった。

 

 40人ほどが乗れる武装バスには空席が目立っている。

 乗客は、自分の足を持たない行商人の寄り合いと二組のハンターたち。そして町から町へと旅する踊り子の集団とそのマネージャー兼用心棒たちだった。

 武装バスの目的地はノース市だが、途中でソレトの町を経由する。

 ソレトのような小さな町だと、やってくる武装バスの定期便は月に一度ということも普通にある。

 急ぎの用がある場合、乗客たちはバスを雇えるだけの金を出し合って運賃を捻出する。

 行商人たちと踊り子たちの目的は、ソレトの先にあるノース市。途中で寄り道するのは、ソレトへ向かうハンターたちを便乗させて運賃を浮かせたからだ。

 行商人たちと踊り子たちは、ノースについての情報を交換し合っている。

 

 ハンターは二組。後部座席を占拠して武装を手入れしている男女の五人組と、その右前方の席に身を縮めている砂色のフードを被った二人組。

 バスのタイヤが石でも踏んだのだろう。時折、車体が小さく跳ねると振動がダイレクトに身体に伝わってくるが、フードの二人連れは安らかな寝息を立てていた。

 

 踊り子の一人が立ち上がると、仲間たちの前を横切ってバスの後部座席へと歩き始めた。

 床で寝入っているフードの二人組に手が届く辺りで、手前にいた小柄な方の人影がフッと目を見開いた。

 クーンは上半身を起こしながら、近寄ってきた踊り子に訊ねる。

 どこか不機嫌そうな、まだ幼さの残る声だった。

「なに?」

「あっ。起こしちゃったね」

 踊り子がまるで悪気の無さそうな顔で謝った。

 厚化粧を落としていると、素朴な顔立ちの田舎娘にしか見えない。

 フード姿のクーンをまじまじと眺めてから、話しかける。

「やっぱり子供だねえ。ねえ、ハンターみたいだけど、もしかしてソレトへ向かうつもりかい?」

 フードを被ったクーンが無言で肯くと、踊り子は憂い顔で引き止めてくる。

「危ないよ。悪いことは言わないから、引き換えしな。あの町はいま……」

「町は今、賞金首に支配されているのさ」

 言いかけた踊り子の横合いから、口を挟んできた者がいた。

 フードの二人組とは、別の一団に属する若い男だ。

 クーンは砂色のフードの奥から、若い男へと鋭い視線を向けた。

「知っている。紫炎のヴァルカン。B級の第一種賞金首」

「それを知っていて、何のためにソレトに向かう?小僧」

 しつこく尋ねてくるハンターの首には、Eランクのタグが掛かっている。

 クーンを興味深げに眺めている連れの大男や若い女も、ドックタグにはEやFの刻印が刻まれている。若さに見合わず、結構腕利きのチームらしい。

「賞金目当てって訳か?ええ」

 ハンターの男が愉快そうに口笛を吹いた。仲間を振り返ってわざとらしく笑っている。

「はは、驚いたぜ。こいつは。卵の殻も取れない雛と棺桶に片足突っ込んだような老いぼれが、あのヴァルカンを倒すつもりらしい」

 何時の間にか目を醒ましていた師匠が、フードの奥で鋭い目を光らせている。

 クーンは、もはや男の言葉には取り合わず、黙々と手元の銃を手入れしていた。

 

「ねえ、あんた。まさか、あんた達もヴァルカンの首を狙っているのかい?」

 嘲弄する賞金稼ぎたちを他所に、踊り子が小声でクーンに尋ねてくる。

 本当に心配そうな声と顔だった。

「……ソレトの郊外に知り合いの農園があるんだ。そこに行くつもりだよ」

「そうかい。よかったよ」

 心底ホッとしたようにいった踊り子が、囁くようにクーンに告げた。

「エダートのバス乗り場にはね。ヴァルカンから小銭を貰って、ソレトに向かうハンターを見張ってる連中が幾人もいるのさ」

 クーンは微かに頬を痙攣させたが、一瞬だったので踊り子は気づかなかった。

「あいつら、もう死んだも同じだよ。無線で知らされたヴァルカンの手下が、町で待ち伏せしているからね」

「姉さんも情報屋?」

 フードの子供の悪戯っぽい言葉に、踊り子は曖昧に笑いを返した。

「……まさか。町の噂だよ」

 

 横になっていた師匠が起き上がった。

「もうじき、ソレトにつく。準備をしておけ」

 肯いたクーンがバスの前方へと向かった。

「此処で降ります」

 運転手に声を掛けると、ソレトの少し手前にある農園にバスを停めてもらった。

 ゆっくりと停車した武装バスから、二つの人影が降りたった。

「気をつけてね。坊や」

 バスが発車する間際、踊り子がクーンにそう声を掛けた。

「お姉さんも元気で」

 

 道に連なる電柱や枯れ木には、無数の死体が吊るされていた。

 武装バスが止まると、数十羽のカラスが飛び立った。一斉に舞った鴉に空が黒く染まる。

 ヴァルカンに殺されたハンターたちだ。首元にはタグが掛けられている。

 小銃を担ぎ直したフードの二人組は、町へと向かって歩き出した。

 

 

 

 ガンベルトをつけた賞金稼ぎの五人組は、ヴァルカンを倒した時の賞金の使い道について話していたが、硬い表情をしたリーダーが話を打ち切らせると、落ち着かない様子で神経質に足を揺らしながら、バスから見える光景に眉を顰めたり、舌打ちしている。

 

 リーダーのゾロは、一人、静かに瞑目した。

 ヴァルカンがソレトの町にやってきたのは、今から四年ほど前になる。

 最初は偽名を名乗っていたあの男は、町の中心にある酒場を買い取って根城とした。

 それから町の酒場や雑貨屋、賭博場を強引に買い取り始め、買収に応じない者や逆らう者には家族諸共不幸な事故が起きた。

 町を食い物にするヴァルカンは、ハンターギルドの賞金首でありながらも、町の重役に納まり、ショバ代を要求し、勝手な税金や手数料を設置し、じりじりと圧迫するように町の支配を進めてきている。

 保安官が行動を起こせない程度に直接の犯罪は避けながら、手下はすでに町を制圧できる人数まで増えていた。

 ヴァルカンに逆らった大人は、見せしめにひどく痛めつけられる。家や店が放火され、家族に女がいれば誘拐される事もある。

 恐怖からか、迎合する人間も増えてきていた。

 このままでは町が乗っ取られる。いや、半ば乗っ取られかけている。

 

 ソレトでは、年頃の見目麗しい女はヴァルカンの店へと連れて行かれる。

 ゾロには幼馴染がいた。名前をエヴァという。美しい金髪の少女だった。

 後数年もすれば、間違いなくヴァルカンの目に止まるだろう。

 ゾロが引き止めるエヴァを振り払い、ハンターになると言って町を飛び出したのは、三年前。

 以来、曠野を生き抜きながら、ハンターとしての力をつけてきた。

 そして今、逞しい狼に成長した青年は、信頼できる仲間たちと共に戻ってきたのだ。

 

 友人からの手紙で、ヴァルカンの手下が遂に幼馴染エヴァの家へとやってきたと知ったのは、つい先日の事である。もはや一刻の猶予も無かった。

 町の者は止めるかもしれない。

 ヴァルカンに逆らうのは、地元で暮らす人間にとっては恐ろしいことなのだ。

 知った事か、とゾロは思う。最悪、救い出して逃げ出すことしか出来ないかも知れない。

 だが、機会があるなら刺し違えてでも倒してやるぜ。ヴァルカン!

 遂にバスが町外れに到着した。

 決意を新たにしながら、ゾロは故郷の土を踏んだ。

 

 

 

 白髪頭の男、ヴァルカンが死んでいた。

「あれ?」

 町の広場の真ん中で、見覚えのある装甲車が滅茶苦茶に粉砕されていた。

 硬直しているゾロ一党を他所にして、なにやら赤い軍服の兵士たちが周囲を歩き廻っている。

「……弱ッ」

「弱かったですね。ヴァルカン」

「ほんと、何しに出てきたんだってくらい瞬殺だったねー」

「殆ど、何もさせなかったね」

 数多のハンターたちが挑みながらも、最後は誰もが命乞いしながら焼き尽くされたあの恐ろしい男。

 紫炎のヴァルカンが装甲車の残骸の中で、グズグズの肉片へと変わり果てていた。

「だって連携も取らないで、装甲車で突出してくるし」

「こっちも奇襲かけたからね」

 広場の反対側では、命乞いしているヴァルカンの手下が壁際に並べられた。

 目隠しされて後ろ手に縛られるまでは泣き叫んで許しを請うも、レッドコートに次々と射殺されていく光景に町の老若男女が大歓声を上げている。

「これで全員?」

「残党の掃討も終わったし……戦利品も手に入れたし」

「これで8000。ボロすぎる」

 

 

「おい、リーダー。ヴァルカン死んでる」

「あいつら、どっかの軍隊?」

 口々に質問する仲間たちにも、ゾロは応えられない。

「……あれえ?どうなってるのよ?」

「いや、こっちが聞きたいよ。リーダー」

 

 

「あ、兄ちゃん」

 言い争っているゾロを見つけて駆け寄ってきたのは、雀斑の残る少年であった。

 ゾロに手紙を寄越した弟分である。

「おっ、おい!こりゃ、何がどうなって……」

「聞いてくれよ!賞金稼ぎの人たちがやってきて、ヴァルカンを倒してくれたんだよ!」

 開口一番、少年は歓喜の表情でゾロに報告した。

 ぱーどぅん?

「すっげえええ!俺、絶対にハンターになるぜ!」

 雀斑の残る少年が叫んでいると、妙齢の女性が寄ってきてその肩を掴んだ。

「駄目よ! ヴァルカンの手下にもハンターはいたでしょ。

 一握りの一流を除いたら、ハンターなんて屑ばっかり!根無し草の無宿者なんだから」

「……エヴァ!」

 美しいその女性にリーダが呼びかけると、眉を顰めながら見つめ返してくる。

「あら、ハンターになるとか言って飛び出していったゾロ君じゃない。

 憧れのハンターにはなれたの?」

「……お、おれは……その……お前を救うために……」

「兎に角、この子にへんな事を吹き込まないで!皆が苦しい時に町からいなくなって、ヴァルカンが倒されたらのこのこと戻ってきて、何しにきたの?」

 冷たくぴしゃりと言い放った後、エヴァは胸を押し付けるように雀斑の少年の背中から抱きつくと、耳元で囁いた。

「あんたは今までどおり、町でうちの父さんの弟子を続けて、しっかり手に職就けて、うちの跡を継ぐんだから」

「……だ、だけど、姉ちゃん」

「それともあたしと一緒になるのはいや?」

「そ、そんなこと……ねえよ」

 雀斑の少年が真っ赤になって俯いた。

 賞金稼ぎのゾロは、口を半開きにしていたが、ようやく声を絞り出した。

「……あれ?何時の間にそんなことになってたんですか?エヴァさん?」

「そりゃ、決まってるでしょ」

 呆れたような顔をしながら、エヴァはゾロに告げた。

「あんたがいない間よ」

 

「そういうことだから折角来てもらったけど助けは要らなかった!わりい!兄ちゃん!

 今日は祭りだから楽しんでいってくれよ!あとで俺たちんちにも顔を出してくれ!」

 雀斑の弟分と幼馴染が手を握り合いながら立ち去っていくのを、ハンターの若者は呆然と眺めていた。

「みんなー!記念写真、取るよー」

「ヴァルカン討伐記念!生き残ったぞー」

 死んでいるヴァルカンを背景に、赤い軍服を着た兵士が数人集ると笑顔で記念写真を撮っていた。

 

 広場の片隅では、上半身裸になった女兵士が身体にめり込んだ銃弾をナイフで穿り返していた。

 仲間の兵士が抗生物質を注射した後、ナノマシンジェルの入った治療パックを傷口に当てている。

 

「あいつら、何者だ?」

 アメーバの焼肉を口に運びながら、大男のハンターが首を傾げた。

 広場に面した酒場のテーブルに頭を乗せながら、合成酒を飲み続けていたゾロが呻いた。

「知らんよ」

「可愛いな。一流のモデルみたいな顔ばっかりだ」

 若いくせに顎鬚を伸ばしている痩せたガンマンも、ニヤニヤとして眺めている。

「どこから来たんだろうな」

 仲間たちの色惚けした会話に耐え切れなくなって、ゾロはテーブルを叩いた。

「うるせえ!獲物を横取りされてなにを呑気なこといってやがる!」

 大男とガンマンがニヤニヤとしながら、リーダを見つめた。

「まあまあ、童て……リーダー。振られて自棄になる気持ちも分かるけどよ。落ち着けよ」

「女なんて幾らでもいるぜ。勿論、女にとっても男も幾らでもいるけどな」

 ゾロはかなり頭もいいし、度胸もあるので一匹狼のハンターを纏めてチームを結成し、大過なくリーダーを務めてきた。

 それが、たかが女に振られたというだけで権威が失墜してしまうのは、彼には何とも解せない。

「ふっ、ふざけるな。てめえら」

 仲間の女ハンターが笑いながら身体をくっつけてくる。

「誰の誘いに乗らないし、娼婦も抱かないと思ったらそういうことだったの?」

「リーダー、慰めてやろうか」

 豊満な躰の女がシャツに手を入れて指先で胸元に触れたり、鋭い目付きの女が耳元に舌を伸ばして囁いてはからかってくる。

「いいじゃねえか、慰めてもらえよ、童貞」

「二人ともいい女だ。童貞なんていい事ないぜ。すっきりして来いよ、童貞」

 腕を振り払いつつ、ゾロは立ち上がった。

「俺には心に決めた女がいるんだよ」

「ついさっき、見事に振られたけどな」

 ゾロの額に血管が浮かぶのを見て、流石に大男もからかいすぎたと悟り、弁解に入る。

「いや、俺たちなりに本気で慰めているぜ、童……リーダー」

「……糞ッ」

 酒瓶片手に立ち上がると、ゾロはふらつきながら壁際まで行って自棄酒を呷り始めた。

 陰気な酒を飲むリーダーを他所に、ハンターたちは肩を竦めあった。

「いまいち、タイミングが悪い男だねぇ、リーダーは」

「いや、よかったんだろ」

 

 

 武器弾薬に現金、貴金属、天然の酒や煙草、チョコレートと言った嗜好品、人間の感覚を高める稀少なスパイス、鎮痛剤や抗生物質といった薬品にエネルギーパック、生体部品、機械部品に時計などヴァルカンの財産の洗い浚いを、レッドコートの歩兵たちが大型トラックに積み込んでいく。

 時折、チョコレートや酒などをネコババしている兵士もいるようだが、それくらいはギーネも目を瞑っていた。

 

 ヴァルカンの蓄えた財産や物資は、予想外に多かった。

 すぐに換金できる資産だけでも、掛けられた賞金を大きく上回っている。

「でかいトラックですな。幌付きで。兵員輸送にも使えるし、トレーダーも出来そうです」

 ヴァイオレット軍曹が、大型トラックを眺めながらそう評していた。これも戦利品だった。

 町の地図を眺めながら手元の書類と突き合わせてアーネイ少尉が報告する。

「正確な数字はまだですが……」

「おおよその見積もりでよい」

「概算で4万GCから5万GCと言ったところですか」

「また溜め込んだものだな」

 ギーネは呆れたように首を振るう。

 ソレトのような規模の町でそれだけの財産を築き上げるには、相当に絞り上げる必要がある。だが、今はそれもギーネのものだ。

 

 ヴァルカンの所有する倉庫や雑貨店には、小規模のハンターチームでは持ち帰れないほどの物資が溜め込まれていた。

「……持ちきれないな」

 ギーネの洩らした呟きに、アーネイ少尉が提案した。

「大型トラックに護衛をつけて、ピストン輸送しますか?」

「往復三日も掛けて?その間、町に居座るのか?ふふ、まるで山賊だな」

 口惜しそうに眺めているソレトの住民もいるから、町の人間たちは倒されたヴァルカンの財産を欲しているのかも知れない。ふとギーネは思ったが、貰えるものは貰っておくのがティアマットで快適に過ごす為の初級マナーその1である。

 市内にあったヴァルカン所有の物件の幾つかは、現在、暴徒と化した町の住民に略奪されているらしい。最大の倉庫と館を接収できただけでよしとするべきだろう。

 

 もっと小さいチームが来ていれば、口惜しがりつつもヴァルカンの財産も大半を諦めざるを得なかったに違いない。

 幸いにもレッドコートはかなり大きなチームである。

 大型トラックの他にも車を四台を鹵獲しており、元から乗ってきた軽トラックが二台。乗用車やバギーにも詰めるだけの戦利品を積んでいる。

 いただけるものは根こそぎ戴いておくつもりだった。

 他人の汗水たらした稼ぎの上前を跳ねるのは、まったくいい気分である。

 世の中から山賊や海賊がいなくならない理由が分かってくるなどと思うギーネも、大分、ティアマットの空気に毒されているのかも知れない。

 

 ギーネとてハンターであるから、倒した巨獣の腸を貪ることには一切の躊躇がない。

 これがもっと小規模なハンターチームであれば、町の人間たちと険悪になったり、最悪、追い出される羽目になったかもしれないが、幸いというべきか。レッドコートは二十人近い人数がいた。

 暴力のプロフェッショナルがそれまで町を恐怖で支配していたヴァルカン一党を一方的に殲滅し、残党は徹底的に残酷に処刑している。

 見せしめの意味もあったが、物資の接収に抗議してきたり、舐めた口を聞いてこないところを見ると、思惑通りの効果を発揮したようだ。

 軍事力は常に交渉における最大のファクターであると、ギーネは理解していた。

 国家権力や軍隊を頼りに出来ないティアマットでは、特にその傾向が大きい。

 味方と思いつつ、町の人間にとっても未知の武装勢力は恐ろしいはずだ。

 よーし!パパ、レッドコートに抗議しちゃうぞー、なんて人は見当たらないし、あまつさえ賞金額を値切っちゃうぞー!なんて自殺志願者は出てこない。

 町の人間からすれば、薮蛇で新たなる支配者になる気を起こされても困るのだろう。

 

 それでも今のところ、ギーネ・アルテミスはアウトローになるつもりはなかった。

 ティアマットの都市国家群やハンターギルドは、曲がりなりにも法と正義を標榜している。

 レッドコートは一応、法の内側に所属している正義の味方である。

 例え曠野の正義が己の身を守れない弱者を切り捨てた無情な正義であり、法律が強者だけに都合のいい代物であっても、完全なる無法よりはましなのだ。多分。

 

 倉庫の奥の方から、何やら銃声が響いてきた。

 ついで叫び声が聞こえると、モヒカン刈りをした五、六人の男女がレッドコートに引き出されてきた。

 ヴァルカンの手下の残党が、荷物の影に隠れていたとの説明を兵士から受ける。

 泣き喚いている中には屈強の男もいるが、変異ミュータントと殴り合える身体能力のレッドコート隊員に掛かれば、子猫のようなものだ。

 暴れる男を片腕で引き摺ってくると、壁際に立たせていく。

「こ、降参する!保安官を呼んでくれ!」

「頼む。牢獄に入ってもいい!命だけは!」

 レッドコートの一人が、銃床で命乞いしている女の頭蓋を叩き割った。

 白い脳漿が地面に飛び散った。

「……あ、しまった」

 怪力に歪んだ銃を眺めてレッドコートは舌打ちし、残ったヴァルカンの手下が恐怖に絶叫する。

「こういう時はトマホークを使いなよ」

 レッドコートたちは巨大な斧を取り出した。忽ちに五体をばらばらにしてしまう。

 

 

 ギーネは溜息を洩らして、天を仰いだ。血生臭さにはうんざりしているのだが、バイオソルジャーたちが殺戮に飽きる徴候は見えなかった。

 レッドコートたちには、コートニー市の中産階級と同水準の生活と給与を与えているのだが、それだけでは獣性は押さえられないらしい。

 生きているバンデットから銀歯だの、生体部品だのをナイフで剥いでいるのを目にした時は、ちょっとひいた。女性型にしてこれである。より闘争心の強い男性型にしていたらどんな恐ろしいことになっていたか、ギーネは想像もしたくない。

 

 正直言うと、バイオソルジャーたちのモラルはあまり高くない。

 人権とか、友愛とか、そんな概念が黄金並みに稀少なティアマットに生まれ育っては、染まるのも仕方ないのだろう。

 17世紀欧州の悪辣な戦列歩兵にも負けない太く逞しい性根の持ち主たちである。

 何しろ、知能が高くとも情緒はまだ幼い。おまけに仲間や自分が何時死ぬとも分からない環境である。

 それでもレッドコートは生活に不安はなく、裏切る事はけしてない仲間たちが存在している。

 最下層のティアマット人の精神の荒廃と来たら、銃で武装した人喰い猿もいいところである。

 

 土地が変われば、モラルも変わる。怪しい奴を見たらまずぶっ放すのが、ティアマットの頼れる父親の第一条件である。

 精神は嫌でも荒まざるを得ない。むしろ高いモラルを持っていては生きるのに邪魔になる。

 盗賊と詐欺師、殺人鬼と絶望した怠け者が横行するティアマットは、善良な人間が生き残るには難しい土地なのだ。

 今のところは、正義の味方をやらせているが、もしギーネが心変わりしてバンデットに転職しても、レッドコートは嬉々として虐殺や略奪に励みそうである。

 だけど、それは、少なくないハンターやティアマットの軍人たちにも言えることであった。

「暴力だけが全てを支配するか。救えない世界だ」

 風にそよいだ銀髪を指でかき上げながら、ギーネは陰鬱な表情で呟いた。

 

 

 倉庫を漁って戦利品をトラックに積み込んでいく赤い軍服の兵士たちに、酒瓶を片手に酔っ払った男がふらふらした足取りで近づいてきた。

 赤い軍服の女兵士が、警戒した様子で眺めていると、いきなり怒鳴り始める。

「おい、そりゃあ、町のみんなの財産だぞ」

 

 

「どうした?揉め事?」

 軍曹が歩み寄っていくと、銃を構えた兵士が苦笑した。

「酔っ払いです。町のみんなの財産なので、接収をやめるようにと」

 周囲にいた町の人や酒場にいた仲間たちが飛んできて叫び続ける男を押さえつけた。

「いえ、何でもありません」

「リーダー。飲みすぎだ。もう帰ろう!」

 袖を引っ張るが、若い男は何かしら喚きながらなおも暴れ続けている。

「ふざけんな!その金は、その金は……」

「……分かった。分かったから」

 仲間らしい若い男女は冷や汗を流して、男を宥めていた。

「まずい。もう全員がこっち注目している」

「何人か、それとなくライフルで狙いをつけている」

 何しろ命の値段が安く、殺し合いにいたる沸点の低い世界である。

 未知の武装集団に因縁をつけるにしても、絶好とは到底いいがたい時と場所であった。

「これ以上、揉めるのは拙い。連中、いつでもこっちを殲滅できる位置にいる」

 撃ち合いになったらお終いだった。狙い易い高所や、隠れられる遮蔽物を最初から押さえられている。一方的に殲滅されてしまう。

 

 ハンターたちは冷や汗を吹き出していたが、暴れていたリーダーが道端にへたり込んだ。

「ぅう、俺は。なんだったんだよ」

 慰めながら、仲間たちは酒場の奥へと引っ張っていく。

「タイミングが悪かったんだよ。リーダー」

「泣くな。折角のいい男が台無しじゃないか」

「今日は付き合ってやるから、とことん飲め」

 

 

 町に入ってすぐに死体が転がっていた。

「レッドコートには、狙撃の名人が少なくないようだな」

 見回しながら師匠が呟いた。

 ヴァルカンの手下の半数は、綺麗に頭と心臓を撃ちぬかれて死んでた。

 残り半分は重火器や爆薬、自動小銃で殺害されたのだろう。

 何をされたのか、身体がばらばらに切断されている奴もいる。

「単分子カッター……それともヒートナイフかな」

 口に出してから、違うなとクーンは思った。

 死体の切り口が潰れているところを見ると、巨大な質量を叩きつけられて斬ったようにも見える。

 巨大な対物ライフルを自動小銃のように軽々と持ち運んでいる兵士もいた。

「……強化人間の三個分隊スクワッド。ヴァルカンも運が無い」

 呟いた師匠がフードの奥で苦笑した気配があった。

「あれだけのハンターを返り討ちにしていたヴァルカンを、まあ、あっさりと殺してくれるものだよ」

 

 クーンもそうだが、師匠にとってヴァルカンへの復讐は、生きる目的だった。

 それが突然に消えてどう思うだろうか。

「ヴァルカンが死んだか、あの悪鬼が」

「……師匠」

 鷹のグレイは、苦い笑顔を浮かべていた。

 虚脱するでもなく、かといって荒ぶるでもなく、目を細めてヴァルカンの乗った装甲車を眺めている。

「……英雄も悪党も死ぬ時はあっさりと死ぬ。こんな物か」

 

 レッドコートの隊員が、死んだヴァルカンの姿をカメラに撮影している。

「報告……B級首ヴァルカン。コートニー・第三支部での依頼により……」

 鷹のグレイがクーンを連れて装甲車の残骸に歩み寄っていくと、気づいたように何かを囁きあった。

「……少し見せてくれんか」

 鷹のグレイとヴァルカンの因縁を承知しているからか。

 少し迷った後にレッドコートの隊員達が道を開けた。

 じっとヴァルカンの死体を眺めていた鷹のグレイだが、突然に目を細めた。

 ヴァルカンの頭の裂傷に指を突っ込む。

「おい、爺さん?」

「師匠。なにを」

 クーンは僅かに狼狽し、そして同情した。

 死体を痛めつけるほどに師匠はヴァルカンを憎んでいたのだろうか。

「待てッ……取れたぞ」

 鷹のグレイが指先に取り出したのは、機械部品だった。

「の、脳みそにチップが埋まっていた?」

 レッドコートの兵士が目を瞬いた。

「遠距離操作用のマイクロチップだな……受信用だ」

 鷹のグレイが歯噛みしながら拳を握り締めた。


初出 2013/07/07 

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