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廃棄世界物語 Red coat   作者: 猫弾正
PA.311年 ヴァルカン 
4/9

B級賞金首

 曠野に砂塵を舞い上げながら車列が進んでいる。

 幌付きトラックやコンテナを積んだトラックを中心にして、数台の武装ビークルが四方を守るようにして固めていた。

 町と町を結ぶ交易商人トレーダーの集団。キャラバンだった。

 

 文明の崩壊した惑星ティアマトでは、生活を営むのに欠かせない薬品、機械部品の類は勿論、水や食料といった生活必需品まで大破壊前に比べて須らく貴重品となっていた。

 僻地に住む人々がそういった工具や機械類を入手する手段は限られている。

 機械工場などを抱える大きな町へと買出しに行くか、ハンターを雇って近くの遺跡へと潜るか。或いは、流れの行商人を頼るか。

 町から町、村から村を繋ぐキャラバンは、文明の崩壊したこの世界で殺人機械や生物兵器の襲撃に脅えながら暮らす人々にとって、蜘蛛の糸のようにか細い命綱であった。

 こんな時代であっても人々は助け合うことが出来た。しかし、同時に他の人々を餌食として己のみが生き延びようと企む悪漢も世には絶える事がない。

「10時の方角から車が接近してくる!複数!」

「警戒しろ!バンデットかも知れんぞ!」

 キャラバンに襲いかかる盗賊団。曠野に置いては、別段、珍しくもない光景だった。

 キャラバンは充分な防備を備えており、護衛も充分な人数が揃っていた。

 相手が並みの盗賊団であれば、問題なく撃退できただろう。

 

 真っ先に飛び込んできたのは八輪式装甲車。キャラバンの頭を抑えるようにして、装甲車はグレネードを発射。斜めにすれ違いながらキャラバンの車列に7.62mmの重機関銃を掃射していく。

 先頭を行くトラックの真下でグレネードが爆発。トラックが炎上した。

 備え付けた鉄板ごと撃ち抜かれたのか。護衛の車も横転する。

 

 出会い様に貴重な車を二台破壊され、仲間を見捨てて突っ切るか。しつこく追ってくるかも知れない襲撃者を此処で叩くか。キャラバンの者たちには迷っている暇もなかった。

 装甲車の後ろや廃墟と化したビルの陰から、何台ものバイクやバギーが飛び出してくる。

 バンデットたちの乗り回すバイクやバギーは、組み上げた鉄パイプをエンジンで無理矢理動かしているような車というのも口幅ったい代物だが、速度だけは出ていた。

 サブマシンガンやショットガンを乱射しながら、四方八方からキャラバンの車列に銃弾をめくら滅法に叩き込んでくる。

 キャラバンの用心棒たちが車やトラックのコンテナから、すぐに反撃を開始した。

 

 二番目のトラックの運転席では、キャラバンを率いる商人カーズの膝元に幼い子供が縋りついた。

「……お、お父さん」

「大丈夫だ。クーン。頭を下げていなさい」

 我が子の頬を撫でるカーズの言葉通り、どうやら用心棒たちの方が練度は上のようだ。

 激しく振動する車からでも狙いは正確で、飛び出してきたバンデットのバイク乗りが血飛沫を撒き散らして横転したところを、仲間のバギーに踏み潰される。

 

 拉致があかないと見た盗賊たちが戦法を替えた。

 バイクやバギーで接近したバンデットたちが、トラックのタイヤに次々と大口径の銃弾を打ち込んでいく。

 激しく振動して、トラックは速度を落としていく。

 バンデットたちは、キャラバンの前方に発煙筒を投げ込んで視界を封じると、今度は手榴弾を投げつけてきた。

 まるで西部劇のインディアンのような時代遅れの襲撃方法だが、キャラバンにはそれでも充分だった。

 

 キャラバンの車列に併走していた装甲車の側面から、紫色の炎が飛び出した。

 炎の舌は10mも伸びるとトラックに合わせて速度を落としていた護衛の車を飲み込む。

 高熱に晒された車から絶叫が上がった。車が爆発炎上すると、残った護衛の一台は雇い主や仲間を見捨てて曠野の彼方へと逃げ出した。

 

 装甲車が恐ろしい速度で通り過ぎるたびに、炎の舌が伸びては用心棒たちを飲み込んでいく。

「くそったれ!奴は、ヴァルカンだ」

 荷台で戦っていた白髪の大男が、運転席に顔を出して喚いた。

 先日まで滞在していた町で父が雇い入れた護衛の一人である。陽気な大男は子供たちにとっても格好の遊び相手であったが、今は険しい表情を浮かべたまま撃ちまくっていた。

 

 悪名高い賞金首の名前を耳にして父親の顔が青ざめる。

 と、バンデットの駆るバイクが、トラックの真下にグレネードを打ち込んできた。

 トラックに激しい衝撃が走った。

 クーンの小さな身体が跳ねた。運転席の壁に叩きつけられて、悲鳴を洩らす。

「クーン!」

「……ぼ、ぼくは大丈夫。それよりも父さんが」

 カーズは額から血を流していたが、呻きながらも笑顔を浮かべた。

「ああ、これは掠り傷だ。大丈夫、お父さんは強いからな」

 白髪の傭兵がカーズの腕を掴んで切羽詰った表情で喚いた。

「とっつぁんよ!このままじゃ埒があかねえ!」

 トラックの後ろに対戦車砲があっただろう!あいつを借りるぜ!」

 

 トラックが停止した。用心棒たちが大地に下りてコンクリートの残骸を遮蔽物に応戦しているが、ヴァルカンの手下は、高速で往来しながら銃を乱射し、グレネードを打ち込んでくるので、苦戦している。また一人、用心棒の身体がグレネードで吹っ飛んだ。

 

 白髪の傭兵が筋肉を盛り上がらせて、対戦車砲を地面へと降ろした。

 3.7cmPAK  L36。第二次世界大戦初期に設計された対戦車砲だ。

 製造自体は十年ほど前の品であるが、性能的にも骨董品といっていい。

 カーズも手伝い、慣れない手つきで徹甲弾を込めていく。

 周囲を生き残った護衛たちが銃を撃ちながら、作業を援護している。

「糞ッ。装甲車に当てられるか?当てて通じるか?」

 白髪の傭兵が狙いを定めながら、毒づいている。

 基本的に高速で動き回る標的に当てるのは、ひどく困難なのだ。

 おまけに3.7cmPAKは第二次世界大戦の初期ですら、威力が低すぎて敵の戦車に全く通じず、兵士たちにはドアノッカーと仇名される体たらくであった。

 それでもこの対戦車砲は、大型の肉食甲虫や装甲を纏ったミュータントを追い払うなら、充分な威力を持っていた。

 不安そうにカーズが額の汗を撫でた。

「通じてくれよ。頼む。神さま」

「おおっ!やったぜ。やつめ、動きを変えやがった!これなら当たるぜ!」

 カーズの祈りが通じたのか。装甲車が真っ直ぐとトラックの方へ向かってくる。

「くたばれ!」

 罵声と共に3.7cmPAKが発射された。

 狙いあたわず装甲車を直撃し、しかし呆気なく弾かれる。

 突っ込んできた装甲車が固まっている商人や護衛たちの前に停車した。

「降伏しろ、糞虫共」

 外付けマイクから音声が脅しを掛ける。周囲からバンデットたちが寄って来る。

 歯を食い縛って唸っていたカーズや護衛たちだが、やがて銃を投げ捨てた。

 

 バンデットたちによって、捕虜となった傭兵や商人たちが一ヶ所に集められる

「はっはっは、面白かったぜ」

 突然、白髪の傭兵が笑い出した。

 唖然としている護衛の隊長をいきなり射殺した。

「お、お前、何のつもりだ」

 白髪は、笑いながらマシンガンを乱射する。

 生き残った僅かな用心棒たちが悲鳴を上げてなぎ倒された。

「……貴様、裏切るつもりか」

 カーズが血を吐き出すような掠れ声で詰問すると、白髪の傭兵は笑いながらクーンを抱きかかえた。

「とっつぁんよ。分からねえか?俺だよ。俺がヴァルカンさ」

 目玉が飛び出しそうなほど目を瞠ったカーズの表情は、ヴァルカンにとって見ものだったのだろう。

 楽しそうに爆笑している。

「面白かったぜ。いい表情だ。だが、遊びはしまいさ」

 装甲車から、ヴァルカンによく似た顔立ちの若い青年が降りてきた。

「よう兄貴」

 子供を抱きかかえたままのヴァルカンに挨拶しながら、不気味なボンベを手渡した。

 

 ヴァルカンは、クーンの胸や手足に奇妙なジェルを塗りたくった。

「ひゃ……やめ、やめてよぅ」

「やめろ!何をするつもりだ」

 叫んだカーズをヴァルカンの手下のバンデットたちが押さえつける。

 嘲笑を浮かべたヴァルカンは、子供を人質にとったままライターを取り出した。

「おおっと、動くと死ぬぜぇ。これはナパーム用ジェルよ。よく燃えるのよ。

 子供を焼くとな、なんとも言えないいい匂いがすんだぜぇ

 こんな時代だ。大切な我が子は死なせたくないよな」

「……ひっ」

 我が子の顔が恐怖に引き攣ったのを見て、カーズは歯軋りした。

「熱いぜ、熱いぜぇ。熱くて死ぬぜぇ」

 ヴァルカンはノリノリでライターを弄んでは親子の反応を楽しんでいた。

「父さん……助けて……お父さん」

 クーンの頬を涙が零れ落ちた。

 ヴァルカンの落ち窪んだ瞳には、嗜虐の光がちらちらと宿っていた。

「やってくれたじゃねえか。とっつぁんよぉ

 手下を殺した上に、俺の大切な装甲車を傷つけてくれやがった。こいつは許せんよなぁ」

 

 ヴァルカンを睨み付けながら、カーズが口を開いた。

「望みを言え」

「勿論、積荷と……そうだな、お前の命を貰うか」

 ヴァルカンが急に凄み出した。

「ああん。とっつぁんよ。散々、俺の手下をなぶってくれやがって。ただで済むと思ったら大間違いよ。

 此の世には因果応報ってものがあるのよ。因果応報。知ってるか?」

 得々として喋り続けるヴァルカンに、周囲のバンデットたちは感心した様子で、さすがおかしら。学があるぜ、などと口笛を吹いている。

「いい言葉だよな。つまり報いを受ける時がきたって事よ。この糞野郎が。

 ぶっ殺してやるぜ」

「なぶっているのは貴様ではないか」

 カーズが低く呻いた。ヴァルカンのロジックは支離滅裂だった。到底、話の通じる相手ではない。

 

「子供には手を出さないんだな?」

 隊商の頭は歯軋りしながら、ヴァルカンに訊ねた。

「助けるさ。俺の噂は聞いているだろう?俺は子供だけは殺さない」

 胸を張ったヴァルカンは、尖った歯を剥き出しにして笑顔を浮かべた。

「目の前で親を殺された子供の表情を見るのが大好きなんだ」

「……地獄に堕ちろ」

 

「お前のことは結構気に入ってたんだぜ。とっつぁん。地獄で会おうぜ。

 口笛を吹きながら、ヴァルカンは火炎放射器のノズルをカーズに向けた。

 引火性燃料が発射され、カーズが一千度の高熱に包まれた。

「ぬわっーーー!!」

 父親が目の前で炎に包まれた光景を目の当たりにして絶叫するクーンを抱きかかえ、ヴァルカンは悪魔の如く高笑いしていた。

 

 

 

 コートニー市西地区。

 レッドコートの拠点とするビルには、裏庭に故障した車が並んでおり、地下には痛みの少ない自動車や電装品、機械部品が積み上げられていた。

 時おり、機械弄りの得意な軍曹が車を整備していたが、壊れてしまった車を修理しようにも、何しろ部品が手に入らないのだ。抜本的にはその場凌ぎの応急処置である。

 ところがネコミミは部品を削ったり、組み立てたりしながら、見事に壊れた車を生き返らせていた。

「いい工作機械にゃ。ソレトにもマザーマシンは滅多にないにゃ」

 上機嫌に尻尾を揺らしたミュータントに、フィーア伍長が肩を竦めた。

「古い工場跡で見つけた代物だよ。売れるかと思って持って帰ってきたんだが、地下で埃を被るばかりになっていた」

 

「電装系がいかれているから、基盤を交換するニャ。こっちのタイヤの交換は終わったニャー」

 ネコミミは、ガレージを行ったり来たりしながら無駄に積み上げられていた部品を使って、車をレストアしている。

「車軸がちょっと曲がっているけど、シャシーもエンジンも丈夫だしまだ走るニャよ。

 こっちの車は、点火プラグがひび割れているニャ。交換しないと駄目ニャね。

 そういえば、新しいバッテリーも向こうにあったニャね。持ってくるニャー」

 指示を受けた隊員が走っていくと、入れ代わりに別の隊員が駆け寄ってくる。

「バッテリーの交換?配線を繋げればいいだけだから簡単ニャよ。

 トラックは同型の残骸が裏に転がっていたから、ブレーキ管を持ってくるニャ。

 ついでに使えそうな部品取りもしてくるニャ」

 ネコミミの整備技術に興味あるのか、数体のレッドコートやアンドロイドが手伝っている。

 

「なるほど……まるで分からん」

 首を捻って眺めていたフィーア伍長。

「手伝わないなら、邪魔ニャ。突っ立てないで隅の方に行くニャ」

 まるでガレージの主のように振舞っているネコミミの言葉をあっさりと受け入れる。

「へいへい」

 

 フィーア伍長と共に、こちらは邪魔にならない壁際で眺めていたギーネが口を開いた。

「意外と優秀なのだな」

「これでもソレト育ちニャからねー。ありものを繋げて使えるようにするのが出来るだけニャけど」

 オイルとグリースに塗れた手袋を取ると、車の下から這い出たネコミミが手拭で額の汗を拭いた。

「車軸を交換したニャ。これで暫く持つニャ。

 でも、エンジンが古いからニャー。そのうち駄目になるかもしれないニャ」

 ネコミミは溜息を洩らしている。

「新しいエンジンを作れるならニャー。こんな騙し騙ししないで済むニャけど。

 昔のエンジンは千年も持つニャに。今の技術では、人間はポンコツエンジンを作れるだけにゃー」

 

「……ティアマトの文明。そこまで衰退しているのか」

 頭を振ったギーネは、次元ゲートを越えた異世界からの亡命者である。

「上等のエンジンが欲しいなら機械兵器から奪うか、遺跡から発掘するかしないと手に入らないニャ」

 

 

 仲間を探しに地下へとやってきた隊員の一人が、階段で立ち止まった。

「わあ、油塗れじゃないか」

「車いじっていてね。意外とこれが楽しいんだよ」

 車を整備していた隊員が友人へと歩み寄ったが、ぶーぶーと文句を言われる。

「やっと砂塗れの曠野から帰ってきたのに、今度は油とかやってられんだろうに」

「いずれ役に立つさ」

「……買い物誘いに来たんだけど」

「今はいいや。また今度誘って」

 

 

 作業に一段落ついたのか。ネコミミは水を飲みながら、行き交うレッドコートの隊員たちを眺めている。

「なんか、隊員たちはずっと遊んでいるようにしか見えないニャねー」

「遠征の準備はとうに終わっている。今は自由時間だからな」

「それでハンターのチームとして機能するのかニャー」

 フィーア伍長が肩を竦めながら、酷薄な笑顔を浮かべた。

「頼りないと思うか?何時死ぬか分からない稼業だ。普段くらい好きにさせてやらないと不憫だし、不満もたまるのさ」

 

 

「フィーアは、現状になにか不満があるのかい?」

 ギーネがフィーアに向かって問いかける。

「いいや、ご主人……総帥は良い扱いをしてくれている。

 私のような玩具の兵隊にもそれくらいは分かりますよ」

 何かいいたげなフィーア伍長と、薄く細めたギーネの視線が空中で交差した。

 事情は分からないながらも、ネコミミはちょっと緊張して尻尾を逆立てた。

「玩具の兵隊、か。もし、お前が、戦うのが嫌になったというのなら……」

「他に生き方は知りません……戯言ですよ。忘れてくださると有り難い」

 

 しばし沈黙したギーネがおもむろに口を開いた。

「人類が銀河系を制していた時代。高名な将軍が孫子の一節にこんな言葉を残している。『わたしのメカの原動力はアニメーターです』」

「つまり、どういう意味ニャ?」

 怪訝そうな表情で首を捻った無知なネコミミミュータントに、博識なギーネは懇切丁寧に説明をした。

「アニメーターとは、アニメを創る人間。つまり娯楽を提供する係りである。

 精密なマシーンの軍団であっても、高度に戦闘力を発揮するには充分な余暇と娯楽を提供しなければならないと私は解釈した」

「なるほど。で、その将軍はそんなに凄い人なのかニャ?」

「勿論だ。今も数多の惑星で使われる人型戦車の設計者にして、銀河系の二大陣営が当初の開戦理由も忘れて激しく争っていた時代に、動員兵力12000万規模の惑星占領級作戦を指揮したほどの将軍だぞ」

 ネコミミはびっくりしたのだろう。目を見開いていた。

「凄い規模ニャ。想像もつかないニャけど、そう思うと凄い含蓄があるニャね。

 だけど、ティアマットでは地球の記録は失われて久しいニャら、その人のことは残念ながら知らないニャア」

「うむ。なにしろ最低でも千年以上は昔の話だからな。アルトリウス帝国でも同様だ。

 だが、帝国の文化情報局が飽くなき情熱で古文書を解析し、幾つかの歴史を解明する事に成功したのだ」

 そこまで言ったギーネが、無念そうに歯噛みする。

「叛徒共が内乱を起こした為、事業が中断されてしまったのが返す返すも残念ではあるがね」

「うむむ。ハンターとは言え、一流チームの隊長ともなると、古今東西の戦史に通じてるものなニャね。頼もしいにゃー」

「ふっふっふっ、そんなに褒めるな」

 

 どうでもいい話をしている二人の元に、ギーネを探してアーネイ少尉がやってきた。

「お嬢さ……総帥」

 人前だということに気づいた少尉は、言い直しながらギーネに報告する。

「ヴァルカンと戦ったというハンターを見つけました」

 ギーネが肯いた。

「では、会ってくるとするか。車の整備は頼んだぞ」

「任せて欲しいニャ」

 ネコミミに肯きかけたギーネは、颯爽と歩き出した。

 しかし、何故か、少尉は戸惑った様子を見せると、小声で訊ねてきた。

「え?ですが……その総帥が直々に行かれるのですか?」

「何か拙いか?」

「それが……奴がいるのは第四支部経営の酒場で……」

 

 

 第四支部はコートニー市でも荒くればかりが集ったハンターギルドである。

 酒場の前に車を乗り付けたレッドコートだったが、ギーネが中々出て来ない。

「ううう、恐いよぅ、荒くれたちが大勢いるよぅ」

 震えているギーネの視界に移るのは、葉巻の似合う宇宙海賊の漫画に出てきそうな連中ばかりであった。

「なんであんなに腕が太いの?歯が全部尖っているの?肌が緑色なの?

 肉食獣なの?オークなの?世界は実はファンタジーだったの?」

「大丈夫ですか?お嬢さま」

「この飢餓と節食の時代に一体何食ったらあんなに巨大化できるの?

 宇宙線でも浴びて突然変異を起こしたの?」

 

「色々といいたいことは分かりますが、落ち着いてください。自分で創ったバイオソルジャーの性能をお忘れですか?」

 脅えているギーネに、少尉が宥めるように言って聞かせる。

「あそこにいる連中の殆どは、うちの隊員よりも弱いです」

 ギーネ謹製のレッドコートは、一番弱い奴でもボクシングのヘビー級チャンピオンと正面から殴りあえる身体能力と反射神経を持っていた。

 ちなみに巷の生体人形はそこまで強くない。レッドコートたちも、元の素材はと言えば蚤の市や曠野で入手したティアマト産の平凡な安物バイオマテリアルであるが、ギーネは何をどうやったのか。レッドコードの体組織を構成する細胞それ自体の強度を、普通の人間とは比較にならない水準に高めていた。

 接近戦向けに調整している隊員になれば筋肉や骨格の密度までが人とは段違いで、銃で撃たれても9㎜くらいなら皮膚で弾くし、22口径なんて何発喰らっても平気なほどである。

 いい加減に出鱈目な技術だと思っているアーネイだが、恩恵に浴している身であれば文句が出ようはずもない。

 

 

「雰囲気だよ!外見だよ!女の子ならいいのに!」

「では、これを」

 アーネイ少尉は懐からサングラス型のバイザーを取り出すと、主人へと差し出した。

「なにこれ?」

「視覚情報を変換してレッドコートが武装したゴリラに。酒場の荒くれたちが子ヌコに見えます。戦力評価的には、本来、それくらいかけ離れています」

「また無駄な発明を」

「無駄とはなんですか。折角、びびりのお嬢さまの為に作ったんですよ」

 ぼっちにぼっち、びびりにびびりというのは禁句であろう。

「びびりじゃない!びびってなんかいないぞ!証明してやる。今から行ってくる!」

 剥きになったギーネが言い返すと、アーネイ少尉がニヤニヤして肯いた。

「いってらっしゃい、お嬢さま」

 冷たく突き放されてギーネは一瞬、固まった。

「え?つ、ついてこないの?」

「え?ついてきて欲しいんですか?」

 涙目で生まれたての小鹿みたいにぶるぶる震え始めた主人を見て、アーネイ少尉は折れた。二人きりなので、頭に手を置いて子供に対する年長者のように撫でながら微笑みかける。

「ついていきますとも。しっかりとお守りしますよ」

 結果として主人を甘やかして、ますます駄目人間にしてしまっているが気づかない。

 

 酒場の中には合成煙草の匂いと煙が充満していた。

 一歩踏み込めば、安い合成酒に独特のアルコールに似た刺激臭が鼻に絡みつく。

 屯している客や娼婦が、見慣れぬ女たちに視線を向けた。

 赤い軍服の兵士たちが眉を顰める中、少尉が視線を走らせた薄暗い酒場の奥の席、対紫外線用フードを深く被った老人が濁った色の酒を呷っている。

 鼠肉や芋虫の串焼きを合成酒で喉に流し込んでいたハンターたちが何かに気づいて囁きあう。

「おい……あの赤い軍服」

「ああ、レッドコートだ。なぜ、ここに?」

 

 レッドコートたちの中心に銀髪の女がいた。赤い制服に漆黒のケープは、艶やかな輝きを帯びている。他のレッドコート兵士の使い込んだ無骨な制服とは違い、高級な生地が使われているのは一目で分かった。

 酒場の異様な雰囲気に刺激されたのか。それまで奥で鼾をかいていたサイボーグがのそりと立ち上がった。その瞳は酒精に濁っている。

「なんだぁ……おお、美人さんのあつまりだぁ」

 レッドコートに気づいて、巨漢のサイボーグが歩き出した。

「よお、姉ちゃん。一緒に一杯どうだい?」

 中心にいるサングラスを掛けた銀髪の女に声を掛けるが、麗人はサイボーグに一瞥すらくれなかった。

「おい、シカトすんなよ」

 無造作に手を伸ばしたサイボーグの腕を、金髪の女兵士。ヴァイオレット軍曹が掴んだ。

 と、そのまま、鋼鉄製のはずのサイボーグの義手が粘土のようにへし曲がった。

「おおえわッ!?」

 顔色を変えて叫んだサイボーグの男に、振るわれた軍曹の腕を視認することは出来なかった。

 胸を強打されたサイボーグの身体が、大型トラックにぶち当たったかのように吹っ飛んだ。

 二百キロを越える巨体が地面と平行に宙を跳ぶと、コンクリートの薄壁を突き破って外の地面へと叩きつけられる。

 

 酒場の中に畏怖と驚愕の沈黙が広がったのを確認すると、肯いた銀髪の女は奥へ向かってゆっくりと歩き出した。

 騒ぎにも一切の関心を向けず、酒を喉に流し込んでいる老人の前に立った。

「……鷹のグレイ」

 女がサングラスを外した。怜悧な美貌が露わになるも、涼しげで穏やかな声。

「かつてはC級ハンターとして鳴らした貴殿がこんな場末の酒場に埋もれていようとはな。

 探すのには些か手間取った」

 断りもなく銀髪の女が椅子に座った。レッドコートの兵士二名が後ろに立ち、残りは警戒するように周囲にさりげない視線を走らせている。

「……なんのようだ。小娘」

 しわがれた声がフードの奥から響いてきた。

「ヴァルカンの事を聞きたい」

 

「紫炎のヴァルカンか……C級首の」

 老人の言葉に、赤毛の士官が口の端を吊り上げて冷ややかな笑みを浮かべた。

「情報が古いな。賞金は8000に上がった。いまはB級首だ」

「……小娘、お前。ヴァルカンと戦うつもりか?」

 老人は一息に合成酒を呷った。グラスを置くと息を洩らす。

「やめておけ。命を粗末にするな。死ぬだけだ。」

 銀髪の女が、サングラスの奥で面白そうに瞳を細めたのが分かった。

「とはいっても、依頼を受けたのだ。

 ヴァルカンは、余りに大勢の人々を苦しめている。

 何時までも放っておくわけにもいくまい」

 まるで芝居のように妙に時代掛かった言葉遣いをする女だったが、やたらといい匂いがした。

 清潔な石鹸の香りに、そういえば暫く女を抱いてないな。後で娼婦を買うか、などと老人は思っていた。

「彼奴はすでに充分長く生き過ぎている。そうは思わぬか?」

 

「で、過去にヴァルカンと戦ったという貴殿の話を聞いてみたいと思ってな」

「やつは悪魔さ。女子供にも容赦しねえ……見ろ」

 老人がフードを跳ね除けたその下には、凄まじい火傷の跡が刻まれていた。

「この腕、そして左目。やつに奪われた」

 老人の左半身は見るも無残に溶け崩れ、瞳のある位置には安い機械センサーが埋め込まれている。

 銀髪の女がサングラスを外した。老人の容姿にも微動だにしない。

 外見的にどれほど醜い、或いは恐ろしい相手であっても、話が通じるならギーネは恐れない。

 怪我は治療できるし、どうしても容姿を変えたいなら、好みの身体に入ればいいだけだ。

 だから、彼女が苦手とするのは未知の人間、そして悪意や敵意を持つ人間。

 特に複数の見知らぬ人間の悪意や敵意が渦巻いている空間であった。

「閣下。時間の無駄です。こいつは負け犬ですよ」

 フィーア伍長の口調には露骨な嘲りが込められていたが、ギーネには鷹のグレイが負け犬とは思えなかった。

 ケロイドの下の老人の瞳には憤怒と憎悪が溢れていたが、狂気や脅えは微塵も見て取れなかったからだ。見て取れるのは強固な意志と何らかの決意であった。

 だが、時間というならば、確かに無駄かも知れない。

「手間を取らせたな、老人。これで酒でも飲むがいい」

 ギーネが優美な動きで立ち上がった。指で弾いた金貨が鷹のグレイが手にしている空のコップの中へと落ちる。

 

「……依頼者は誰だ?」

 老人がフードを被り直しながら、尋ねてきた。

 少し考えてから、ギーネは口にする。

「ソレトの町の住人だ」

「ほう、奴は今ソレトか」

 少尉が苦い顔を見せた。

「閣下!」

「構わぬ。どうせ三日もすれば、ヴァルカンがソレトで死んだと知れわたるだろうからな」

 

「我らは明日の明け方には出発する」

 踵を返したギーネの背中に老人が声を掛けた。

「嬢ちゃん。悪いが、ヴァルカンを倒す奴はもう決まっている」

「ほう……」

 ギーネが何かを言おうとした時、酒場の入り口の方から誰かが声を掛けてきた。

「師匠!」

 酒場に入ってきた小さな人影は、砂塵に塗れた薄汚れているフードを被っている為、性別すらも定かではない。

「……戻ってきたか。小僧」

 

 テーブルへ興味深そうにレッドコートを見つめながら、老ハンターの元に歩み寄ってくるフードは、背丈からすると年端もいかぬ子供に見えた。

「まさか、この少年の事を言ってるのか?……子供ではないか?」

「子供は子供でも、ぬくぬく育ってきた貴族のぼんぼんとはちっとものが違う」

 自信有りげな言葉を吐いた老ハンターを、ギーネは老ハンターの白濁した瞳を見つめ返した。

 少尉と伍長は、口元に冷ややかな笑みを浮かべている。

 《この老人、ちょっと恐いなあ》

 確かに地獄を味わった人間の瞳だと、ギーネは見抜いた。

 いくら自身は忠実な従僕に守られているギーネとは言え、内戦に陥った帝国と崩壊したティアマトを生きているのだ。周囲に視線を転じれば、どこにでも気軽に地獄の光景が転がっている。

 老人から目を逸らしたギーネは、多分、少年であろう子供へと視線を転じて、フードの奥には意外と整った顔立ちが隠されているのに気づいた。

 小柄な背中には、賞金の掛かったミュータントの首を三つも紐でぶら下げている。

 曠野や市街の廃墟地帯に潜んで人類を襲う凶悪なミュータントには、賞金が掛かっている。

 人喰いミュータント?狩った?一人で?こんな子供が?

 

 フードの少年の強い瞳に怯みを覚えたギーネは、動揺を隠す為に瞳を細めた。

 こんな世界に信じるべき何があるのか分からないが、迷いのない瞳であった。

 どうしよう。この子も別の意味でなんか恐い。

「君はヴァルカンを倒すつもりかね?」

 小柄な子供に涼やかで穏やかな声で訊ねかける。

「あいつは、父さんの仇なんだ」

 壮絶な人生である。十二歳の頃には、帝都キャメロットでヒッキーになっていたギーネには、ちょっと想像できない。へんな笑いがこみ上げてくる。

「そうか。では、早い者勝ちだな。少年」

 手の震えを誤魔化す為にくしゃくしゃを髪を掻いてやると踵を返した。

「行くぞ」

 

「ひとつ、8GC。3つで24GC。いい稼ぎだな」

 ミュータントの首をカウンターで賞金に換えながら、マスターを兼ねている第四支部のギルド長が揶揄するように言った。

「……さっきの人は?」

 クーンはレッドコートの出て行った扉を眺めながら、訊ねる。

「ギーネ・アルテミス。ハンターチーム・レッドコートの司令官だ」

「レッドコート……あれが」

「内戦の起こったアルトリウスから逃げてきた貴族と家臣。

 そして亡命者や人形の寄り合い所帯だと聞いていたがな。中々どうして腕は立つようだ」

 古い札を数えながら、ギルド支部長は片眉を吊り上げた。

「なんだ、気になるか?」

 クーンは質問に応えず、金属製のドッグタグを弄んだ。首もとのプレートには、Gランクと刻まれている。

 ヴァルカンを倒すと口にする度、誰もがクーンを嘲った。奴は悪魔だ。身の程知らずの小僧が。命を捨てるようなものだ。

 しかし、ギーネ・アルテミスは、ただ『早い者勝ち』だな。とだけ口にした。

「否定しなかったな。あの人」

 

 

 銃やナイフでの戦い方や生きる術をクーンに叩き込んだ後、普段は酒ばかり飲んでいる師匠のグレイが珍しく座席から立ち上がっていた。弟子に声を掛ける。

「準備をしておけ。遠出するぞ。小僧……いや、クーン」

「はい。師匠。でも、どこに?」

 クーンが駆け寄ると、鷹のグレイは獰猛な笑みを半分だけ残った口元に浮かべている。

「ヴァルカンの居場所が分かった」

 師匠の言葉にクーンの表情が緊張に引き締まった。

「ソレトだ。キャラバンに便乗させてもらうことになる」

 

 

 翌日の早朝。コートニー市の北門前の広場に機銃を備え付けたバギーや軽トラック。鉄板を打ちつけた乗用車などが整列していた。

 

 従軍神官を兼ねる信心深いレッドコートが、跪いている兵士たちの前でオーディンへの祈りを捧げていた。

「大神オーディンよ。我らが行ないをみそなわしたまえ。

 御心あらば我が正義の軍をして、勝利の凱歌を上げさせ給え」

 

 アルトリウス帝国の正式な国教は、北欧神話である。

 一方で国政の場においては二番手として押されているものの、日常生活では神仏混合が強い影響力を保っており、帝国の三大宗教となっている。

 他にギリシア神話やローマ神話も根強く残っているところを見ると、恐らくアルトリウス帝国の父祖は、伝統的宗教を守り続けた一派なのだろう。

 ペイガニズム(田舎の宗教)と揶揄される現状に飽き足らず、キリスト教の根強い欧州の地を捨てて、次元世界の狭間に新天地を求めたのだろうと些か浪漫的に想像しているギーネやアーネイだが、しかし、建国時代の資料も多くが散逸した今となっては、国教制定の詳しい由来は知る由もなかった。

 

 

 兎も角も、祈りを終えたレッドコートの隊員達は、素早い動きで六台の車に分乗していった。

「さあ、諸君。悪竜退治に出かけるぞ!剣と盾はしっかりと持ったか?」

 ネコミミと同じ車に同乗したフィーア伍長が、陽気な口調で激を飛ばしている。

 

 アーネイ少尉が無線を手にとった。

「出発」

 合図と共に一斉に動き出した車が、次々とゲートを潜りぬけて荒野へと乗り出していく。

 地平線の彼方に湧きあがる積乱雲を見つめながら、ネコミミは祈るように手を組み合わせて故郷の無事を祈っていた。


初出 2013/07/03 


311年4月時点のレッドコート 総兵力15名 


第一分隊 5名 分隊長 アーネイ少尉 

少尉+歩兵2名 狙撃手1名 機関銃手1名 


第二分隊 5名 分隊長 ヴァイオレット軍曹 

軍曹+歩兵2名 狙撃手1名 機関銃手1名 


第三分隊 5名 分隊長 フィーア伍長 

伍長+歩兵2名 狙撃手1名 機関銃手1名 

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