我らはレギオン 我らは多数なるがゆえに
駅前のロータリーに面した旧国道に接近しながら、四人乗りバギーに乗っている赤い軍服の女性は周囲をセンサーで探査していた。
無線の周波数を合わせると、斥候から銃声混じりの報告が入ってくる。
《こちら、エコー。アルファ聞こえますか?》
《こちらアルファ。エコー。状況、知らせ、どうぞ》
《エコー、了解。バンデットはかなりの数ですね。
およそ二個小隊。四十人から五十人といったところです。
小火器で武装しています。例の小型戦車……タンケットも見えるだけで三台あります。
トレーダーたちはトラック三台と乗用車が二台に分乗していた模様。
現在、完全に包囲されています。用心棒たちは必死に応戦していますが、抵抗はすでに微弱。殲滅されるのも時間の問題でしょう》
「どうやら、行商人……トレーダーたちのキャラバンとバンディットたちが交戦中のようですね」
バギーの後部座席にちょこんと座っていた黒い帽子の女は、軍服の女性の言葉に考え込むように微かに首を傾げる。
「……トレーダーか」
「今日は人喰いミュータントでも狩ろうと思っていましたが……さて」
曠野を移動中に彼女たちのセンサーが黒煙を感知したのが、十五分前の話である。
先行させた斥候から二つの勢力が激しい銃撃戦を展開しているとの報告を受けて、現場に急行した集団は、黒帽子の女一人を除いて全員がくすんだ赤色の軍服と外套に身を包んでいる。
駅前の広場までは400メートルほどの距離があったが、これ以上接近すれば察知される恐れがあった。
バギーと二台の軽トラックがターミナルから伸びた大通りと交差する横道で停車した。
ビルの陰のひび割れたコンクリートの路肩に、赤い軍服の女兵士たちがばらばらと降りてきた。
自動小銃やライフル。ショットガンやサブマシンガンを装備して、俊敏な動きで周囲に展開していく。
前方のロータリーを双眼鏡で覗き込むと、破壊された車と銃器で武装した人間たちの死体が転がっている。
ロータリーの出口と入り口が、コンクリートのブロックで塞がれていた。
キャラバンは、待ち伏せに引っ掛かったのだろう。どうやら道路をコンクリートのバリゲートで塞ぎ、車を停止させた所に四方から襲い掛かったようだ。
地面に転がる死体の数は、二十ほどだろうか。
バンデット。要するに曠野の盗賊だが、手持ちが雑多な銃器ながら、人数の多さと位置の有利さで応戦しているトレーダー側を圧倒していた。
《バンデッドはおよそ四十》
くすんだ赤い軍服の女が無線の声を受けて、黒帽子の女を見つめる。
「……どうしますか?」
「指揮官の思うように」
肯いた軍服の女は矢継ぎ早に指示を出し始めた。
「まず、分隊支援火器は正面に回せ。第一分隊が正面。わたしが指揮する。
軽機関銃を持った二名を呼び寄せる。
第二分隊は軍曹が。第三分隊は伍長が指揮を取れ。各々側面から展開せよ」
「少尉。タンケットはどうします?」
尋ねた兵士に指揮官は考え込んだ。
「ハンドキャノンはまだあったか?」
「パンツァーファウストがありますが」
「使おう」
背の高い槍をもった兵士が首を傾げた。
「相手は張りぼてです。擲弾でいけますよ」
「いや、それで反撃を食らってもつまらん。幾ら高価でも所詮、装備だ。兵士には替えられん」
歩兵が敬礼する。
「分かりました」
「戦車を吹っ飛ばしたら、それを合図に一斉攻撃とする」
ほどなくトレーダーたちを制圧したバンデットたちは戦利品を漁りながら大騒ぎをしていた。
虫の息のトレーダーを電柱に縛り付け、射撃の的にして遊んでいる者もいた。
「大収穫だぜ。あにい!」
「通行料も払わずに暗黒フェンリル軍団の縄張りを通り抜けようなんて、馬鹿な連中だぜ」
「おい、馬鹿共!帰るまでは気を抜くな」
ロータリーを見渡せる位置にある階段で見張りについていたバンデットの男が一瞬で姿を消した。
赤い軍服の女兵士が野生の豹のような素早さでバンデットを押し倒していたのだ。
バンデットは大柄な男だったが、普通の人間の5割増しから3倍強まで筋力が調整されているバイオソルジャーには抗すべくもない。
獲物の口元を掌で塞いだまま、兵士が漆黒の刃のナイフを取り出した。
一瞬で喉を掻き切る。バンデットの喉からごぽごぽと奇妙な音が洩れた。
女兵士が小さく呟いた。
《こちら、ベータ。見張りを発見。排除した》
ほぼ同時刻。別の場所では彼女の同僚たちが、致死毒を塗ったクロスボウをバンデットに叩き込み、或いはナイフで脊髄を切断して、見張りを始末していた。
《こちら、カッパー、見張りを排除》
《こちら、デルタ……見張り、排除》
強襲した歩兵の後に続いて、パンツァーファウストを携えた歩兵たちが狙いを定める。
標的はロータリーに停車しているバンデットの張りぼて豆戦車だった。
小型の重機に鉄板を張りつけ、機体前方に大口径の機関銃を備え付けたようなタンケットは、戦車としては最弱の部類であるが、小火器しか持たない相手や曠野を彷徨うミュータント、ゾンビ、凶暴な動物の群れを相手に廻したときには、中々、有効な兵器でもあるのだ。
《定位置についた》
《こちらも》
部下たちからの無線に肯き、指揮官が命令を下した。
《各個に割り振った標的に対して、攻撃を開始せよ》
いきなり小型戦車が爆炎を上げた。タンケットの中から炎に包まれたバンデットが絶叫しながら飛び出してくる。
同時に銃火が四方八方からバンデットたちに襲い掛かってくる。
銃弾がアスファルトを穿ち、バンデットの肉体を破壊していく。
頭蓋を打ち抜かれたバンデットが、脳漿を撒き散らしながらぶっ倒れた。
《ヘッドショット》
《こちらも決めた》
猛烈な速さで瓦礫や亀裂を飛び越え、広場の反対側まで走り抜けた三人目の狙撃手が、駅ビルを見上げた。
腰のベルトから筒を取り出すと、上方に向かってワイヤーを射出。十階ほどに打ち込むとモーターで巻き上げて一気に上昇していく。
「て、敵だ!」
「うろたえるな!反撃しろ!」
下士官だろうか。拳銃を振り回して仲間を鼓舞していたバンデットの一人が、心臓を撃ち抜かれて地面に崩れ落ちた。
《命中》
二百m近く離れたビルの十階から、狙撃兵に一撃で撃ち抜かれたのだ。
バンデットたちは混乱し、敵のいると思しき位置に向かって目暗滅法に撃ちまくる。
対して赤い軍服の女兵士たちは、冷静沈着に敵を一人一人始末していった。
《…………二人目!……三人目……命中!》
《棒立ち、いただき……これで二人……》
狙撃手からの狙撃成功の画像と音声が、指揮官の脳裏に展開されている。
「戦況は優勢です。現時点で敵戦力の三十%を無力化」
黒帽子の女が肯いた。
「機関銃手は、弾幕を張って敵を釘付けにしろ。敵の反撃と移動を封じ込めるんだ」
狙撃手に次々と仲間を撃ち倒されて、バンデットたちは混乱の極みにあった。
指揮官や勇敢な者から次々と死んでいくのだ。
「狙撃手がいるぞ!」
「どこだ!どこに!」
無用心に顔を覗かせたバンデットが、顔面を半分吹き飛ばされた。
それでも銃弾の飛んできた方向から狙撃手の位置を察知する。
「あ……あのビルだ!」
「思い切って突っ込むか?」
自動小銃やサブマシンガンを構えたバンデットたちが顔を見合わせていると、足元に手榴弾が転がってきた。
赤い歩兵たちによる手榴弾投擲のコントロールは絶妙と言うしかなかった。
三十メートルも先から投擲された手榴弾が、見事に影に潜んでいた標的の小集団を粉砕する。
「糞ったれ!」
自棄を起こしたのか。立ち上がったバンデットが滅茶苦茶に炎を撒き散らす。
「火炎放射器か。お馬鹿さんめ」
すぐさま呟いた狙撃手の餌食となるバンデット。撃ち抜かれた燃料タンクに穴が開いて爆発。周囲の仲間までも誘爆に巻き込んで数名が炎上する。
「もう一人狙撃手がいる。反対側に回り込まれた!」
「側面からも撃って来ている!畜生、身動きがとれねえ!」
喚きながら、それでも反攻を目論んで果敢に接近してきたバンデットたちを、機関銃手が7.62mmの弾幕で釘付けにしている。
《狙える?》
《ちょっと待って……捉えた》
胸に大穴の空いたバンデットが風の吹いた藁のように地面に吹き飛ばされた。
真正面に足止めされているバンデットの集団に、横合いから赤い軍服の歩兵隊が突撃を仕掛けた。
角を曲がると、素早く銃弾を叩き込む。
「畜生!狙撃手が何人いるんだよ!」
「あの機関銃を何とかしろ!車の装甲じゃ盾にしても撃ち抜かれる!」
「本部!本部!こちらガーヴ隊!敵の攻撃を受けている!至急救援を!がっ!」
無線を握って叫んでいたバンデッドが首を吹き飛ばされて即死。
「どうした、ガーヴ隊!位置を知らせろ!なにがあった!」
血塗れの手に握られたトランシーバーが、虚しく仲間を呼び続けていた。
《八人……よし、これで殺害確認戦果が三桁に乗った》
《あー、先こされたか……六人、と》
「ちょっと高めの位置を制圧。ここからなら自動小銃で狙い撃ちできるぞっと」
軽快な音と共に飛来した小銃弾で仲間が打ち倒されたのを見たバンデットが、遂に敵の姿を目撃した。
目を大きく見開き、顔を引き攣らせて絶叫する。
「赤い制服の女兵士!」
「隊長!隊長!連中はレッドコートだ!」
「レッドコートがなんだ!たかがD級のハンターじゃねえか!」
額に血管を浮かべてバンデットのリーダーが喚き散らしている。
「俺たちはなく子も黙る暗黒フェンリル軍団だぞ!」
ハンターにはAからIまでの九段階のランキングがある。
Dランクはまず熟練のハンターといって良いが、タンケットを擁するバンデット二個小隊に正面切って挑むのは無謀である。
だが、手下のバンデットは情けない顔で泣き言を洩らす。
「あいつら、戦闘だけならB級ハンターにも匹敵するって話だ!戦車持ちのC、D級賞金首も狩ってやがる!」
リーダーが怒鳴りつけようとした瞬間、投げられた手榴弾がバンテットたちの頭の上で爆発した。
手榴弾の爆発に至近で巻き込まれたにもかかわらず、アーマージャケットを着込んでいたからか。
隊長だけが一人立ち上がる。
周囲を見回して他の部下が全滅しているのに気付くと、ショットガンを撃ちまくりながら吠えるように吶喊してくる。
《ヘッドショット》
狙撃手の銃弾が頭蓋を揺らし、リーダーは頭を抑えるも再び叫びながら走り出した。
「サイボーグか」
炸裂弾を装填し、再び、狙いをつける。
走りながら銃を乱射していたリーダーの足の関節が吹っ飛んだ。
次弾で腕も吹っ飛ぶ。地面に横転し、四肢をバタつかせながら顔を歪める。
「畜生!な、嬲り殺しにするつもりか」
赤い軍服の兵士たちが立ち上がれないリーダーへと近寄ってきた。
背中から、大型弾を装弾した軍用ショットガンを叩き込む。
「あ、確かこいつ、デギルだ。賞金が掛かっているはずだよ」
レッドコートの一人が手元の手配書の束を捲る。
「ほら、ハンター殺しのキラーサイボーグ。デギル。1000ギルドクレジット」
「へえ。殺しとキラーって被っているね」
敵を一掃し、どうでも好さそうに雑談している兵士たちに古参兵が注意を促した。
「サイボーグか。きちんと死んでるか?この前の賞金首みたいに、実は尻に脳みそ隠していましたとか」
「脳髄が洩れてる。間違いなく死んでるよ」
二十分足らずの戦闘で、一方的にバンデットを殲滅した赤い軍服の女たち。
死にきれずに呻いているバンデットを見つけると、遠距離から自動小銃で止めを刺していく。
軽機関銃を持った女兵士だけは、トラックの荷台に残ったまま、周囲に視線を走らせており、運転手の歩兵はモニターを見ながら無線と話し込んでいる。
《動体センサーの反応は、味方以外になし。
熱源センサーは目前で車両が炎上している為に不明。生体センサーについても同様》
「第一と第三分隊は、使えそうな物品の捜索。第二分隊は周囲で警戒に当たれ」
他の兵士に比べて少しだけ意匠の異なる軍服の女が女兵士たちに手早く指示を下す。
「生存者がいたらどうしますか?少尉」
「漁った後に権利を主張されても面倒だが……一応、救助はしてやろう」
拳銃をコッキングさせてから、少尉と呼ばれた女はコートを翻してコンクリートの地面を踏んだ。
家族連れで曠野を旅する行商人は珍しくない。
兎の人形を抱きしめた上半身だけの少女は、恐らくは襲われた隊商の子供だったのだろう。
車から身を乗り出して死んでいる者。爆弾の破片を受けて倒れている者。銃弾を打ち込まれて息絶えた者。
炎の中に捩れ曲がった黒い金属が見える。炎上している車体についてはもう使えないだろうが、路肩に横転しているもう一台のトラックはどうだろうか。
歩兵たちは、一応、トレーダーの生命反応も確認するが生きている者はいないようだった。
車から降り立った黒帽子の女が、伸びをしてから周囲の凄惨な光景を見回した。
新着の集団のなかで、ただ一人。彼女だけは例外的に軍服を着用していないが、指揮官も含めて女兵士たちは何やら尊重するような態度を取っている。
路肩に転がる盗賊らしきモヒカン頭の死体をつま先で突きながら、黒帽子は独りごちた。
「ふむ。バンデットの銃は、規格も口径もばらばらだな。ならず者が連合したのか。
で、こっちは用心棒かな」
死んだ女の首からは、ハンターギルドのタグがぶら下がっていた。
帽子の女の傍らについている歩兵が肩を竦める。
「可愛い子も死んだらお終いですね」
「ハンター稼業も大変だねぇ」
「用心棒なんて連中は、不利な状況に陥ればさっさと逃げ出すものかと思っていたけど、意外です」
歩兵の言葉に黒帽子が顔を顰めた。
「……引き時を間違えたんだな。それとも包囲が硬すぎたのか」
燃えているトラックを眺めて、全金属製の槍を持った長身の女兵士が無念そうに溜息を洩らした。
それから比較的、損傷の少ない賊の車へと近づいていく。
「貴重な車が勿体無いな……使えそうなものはあるか?」
「軍曹殿。こっちの多分、バンデッドの使っていた奴でしょう。
乗用車のエンジン。まだ生きています」
トラックの荷台から地面に転がった荷物を、梱包をナイフで切り裂いて中身を確かめた歩兵が立ち上がった。
「横転したトラックの荷台は、大半が食料品ですね。合成蛋白にトーフミート。まだ喰えるでしょうが……回収してもさして価値はありません」
第一分隊の兵士たちは淡々と仕事を行っているが、第三分隊はやや手際が悪かった。
「あ、チョコレート。みっけ」
「いいなぁー。キャンディーない?」
「ボンネットにブランデーと煙草がある」
「合成酒か。いる?」
「いらね」
「貰う。酒は最近、好きになった」
「飲みすぎるなよ」
「持って行こう。あとで町で交換できるかも」
「交換!そういう概念もあるのか」
「うわ、残念な子だ」
「いや、最初の頃は私たちもあんなものだったよ」
「生まれたばっかりだから、経験値低いんだな」
「創造主が残念だからな。幾ら天才でもボッチの記憶じゃ、転写されても厳しいわ」
「少尉や軍曹殿もか?」
「あの二人は最古参だし、想像できんな」
「イカレタ世界にようこそ」
第三分隊の歩兵たちの戯言を耳にした黒帽子の女が、表情を翳らせた。
「孤独と弧高は違う。わたしは友達がいないのではない。創らないだけ……」
ぶつぶつ呟いている黒帽子を他所に、少尉が歩兵たちを叱り付けた。
「無駄口を叩くな。警戒を怠らず、捜索を続けろ」
何故か、嬉しそうな顔になる黒帽子の女。
最古参の相棒である少尉が、自分の気持ちを汲んでくれたようで勝手に嬉しくなったのだ。
一通り指示した少尉は、黒帽子の女が車から降りてふらふらと歩き廻っているのに目をやって厳しい声を出した。
「お嬢さま。邪魔にならないよう、引っ込んでいてください」
「……ふぁッ?」
横転したトラックの荷台に潜り込んで、お宝を探していた兵士が叫び声を上げる。
《少尉!少尉殿!》
興奮した叫び声が無線に入ってきて、眉を顰める。
《なんだ、何事だ?》
《バイオ・マテリアル発見!お手柄であります!お嬢さまに見てもらわないと》
少尉の忠告を聞く気はないのか。
ふらついていた黒帽子が、足早にやってきてトラックの荷台に潜り込んだ。
中は一面血の海だった。身体を引き裂かれたバンデッドの手足と用心棒らしい女が転がっていたが、怯む様子も見せずに荷台の一番奥へと入り込み、コンテナの文字を真剣な目つきで確認する。
厳重にシールされたコンテナのロープを取り外すと、200キロ近いそれを歩兵が二人で軽々と持ち上げて外へと運び出した。
強化プラスチック製のコンテナを開封するとドライアイスの蒸気が漏れ出してくる。
コンテナ内のビニールに密封された手足や臓器を取り上げながら、黒帽子が値踏みした。
「ナノ・テクニカル社の111式。かなり保存状態もいい代物だね。急いで冷蔵庫に運ぼう」
《で、どうでしょうか?》
無線から入ってくる少尉の声に黒帽子は肯きながら返答する。
《バイオソルジャーを一体……いや、ストックも含めて二体かな。家には生体脳の材料も揃っている。
一ヶ月あれば隊員を二名補充できるし、隊員の誰かの性能を上げる事も出来る》
バイオ・マテリアルは、肉体の代替品にもなるし、生体式の自律人形の部品にもなるが、機械式の自動人形と違い、個々の部品を組み立てたからといって生命を創造する事は不可能だと言われていた。
高度の技術を擁する工場で十ヵ年を培養するのが、生体式の自律人形を創り上げるもっとも一般的な手法で、かつては高度な科学技術を誇りながらも、原因不明の大破壊で文明が崩壊したティアマット星には、そのようなインフラを維持している工場は殆ど存在していない。
ゆえに現存する生体式自律人形は極めて高価なのが普通であるし、バイオ・マテリアルが手に入ったからといって生体人形を組み上げるなどおよそ考えられることではないが、指揮官は平然と主人の気軽な言葉を首肯した。
《お嬢さま……マスターのお考えのままに御判断を》
《参考までに、現場指揮官としてはどちらの方がいい?》
《今、我々の勢力は15名です。隊員が二人いれば、二個分隊が完全充足できますね》
「分かった」
返答した瞬間、銃声が鳴り響いた。続けざまに三発。
「北西!」
一瞬で、全員が警戒態勢に移行する。油断なく銃を構え、連絡を取り合う。
《こちら、アーネイ。何事か》
少尉の呼びかけに無線での応答がある。
《こちら、エール。有角の野犬です。二百メートルまで接近してきたので、銃弾を打ち込んで追い払いました》
《そうか》
別の声で無線の呼びかけが入ってきた。
《こちら。ジーン。殺害確認戦果、三匹。晩の飯に死体を回収しますか?》
《いや、お嬢さまもいる。現在の位置を維持し、索敵を続行しろ》
暫くして渋々とした声の応答が返って来た。
《了解……あ、でかい鴉がやってきた。喰われてる。肉が……肉。貴重な肉》
《こちら、第三分隊長フィーア。ここは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処すべきだとアーネイに提案する》
無線の声に舌打ちする少尉。眉間の皺が深まる。
《警戒に穴を開けるわけにもいかん。三分隊から二名。代わりに見張りにつけ。見張り二名、肉の回収に当たれ》
「軍曹殿。このトラックのエンジン生きてます。動きますよ」
横転した大型トラックのエンジンやギアを調べていた歩兵が報告するも、軍曹は惜しそうに溜息を洩らした。
「ちょっと無理だな。クレーンでもないと、立て直せない」
喋っている最中、鳴り響いた銃声に歩兵が銃を構えた。
「ん……銃声!?」
もう一人の歩兵が影になる位置まで黒帽子を引っ張り込んで周囲を警戒する。
「……今のは」
荷台に転がっていた女が、銃声で微かに指を動かした。
警戒する歩兵たちを他所にトラックのコンテナに寄り掛かって周囲を所在無げに眺めていた黒帽子が、足音に振り返って顔を引き攣らせる。
「猫耳?……ひっ!」
薄汚れた服を着た猫耳の女に飛びかかられる。
「お前たち、何者ニャ!」
猫耳の女は黒帽子の首を腕で抱えながら、歩兵たちに叫んだ。頭から血を流し、ひどく興奮しているように見える。
「ご主人!」
「貴様、離れろ!」
間近にいた歩兵二人が自動小銃を猫耳に突きつける。
《敵生存者1名!糞ッ、ご主人が人質に取られた!》
歩兵の一人が口内無線で全員に連絡を走らせる。無線を埋め込んでいない歩兵も、他の歩兵に状況を知らされ、急ぎ駆けつけてきた。
「こいつ、生きて」
「お前こそ、誰だ!」
「その手を放せ」
歩兵達が次々と姿をあらわして銃を突きつけると、猫耳はふぅーっと唸って毛を逆立てた。
歩兵たちは威圧的に叫びながら、トラックのコンテナを背中にしてマスターを人質に取っているネコ耳に狙いをつける。
「軍服?どっかの町の軍隊か?」
猫耳の叫び声に耳を貸さずに、レッドコートの歩兵たちは緊迫した表情で視線を交わしあう。
「こいつは……?」
「商品か、それとも盗賊の生き残りか」
人質に銃を突きつけ、集ってきた十名以上の兵士たちが生き残りに銃口を向ける。
少尉が足早にやってきて、人質たちの前で立ち止まった。
何かと間抜けな創造主が人質に取られている最悪の光景を目にして、指揮官ユニットの顔から血の気が失せる。
《少尉殿。自分の位置から狙撃いけます。89%で成功》
兵士の一人が口内無線で指揮官の耳元に連絡してくる。
《確率が悪すぎる。却下。いま少し交渉してからだ》
《しかし。分かりました》
「くるし……」
猫耳の強靭な筋力に喉を締め上げられた黒帽子が、苦しげに口を開いて喘いでいた。
「お嬢さま!」
《糞ッ、狙撃。いけるか?》
口内無線で少尉が声に出さずに指示を出す。
《もう数秒標的が動かなければ、格好の位置につけます。97%で頭蓋を破砕》
《待て!アーネイ!奴はミュータントだ。頭を打ち抜かれても死ぬまでにマスターの首をへし折るかも》
軍曹が名前で呼んで制止するも少尉は押し黙り、定位置についた狙撃手が呼吸を治めながら狙いを定め始める。
《つきました……いつでも指示を、少尉》
「……お前ら。一体何者ニャ?」
命令のタイミングを計る少尉の目の前で、妙に弱々しく猫耳が言葉を発した。
そのまま苦しげに喘ぐと急に力を失ったように猫耳の女が地面に崩れ落ちた。
《狙撃手、なにかしたか?》
戸惑う少尉の目の前で、倒れたまま動かなくなった猫耳の身体の下から地面に血が広がっていく。
《いいえ。少尉殿、いいえ》
兵士たちが殺到し、黒帽子を引き離しつつ猫耳を地面に引き倒した。
主人との間に防弾服と強化筋肉で壁を作り、猫耳に向かって戦車の装甲も貫通する特殊合金の銃剣を構える。
「どうしたんだ?」
兵士の一人が用心深く近寄って屈み込んだ。
「こいつ、気を失っている」
「よし、殺そう。主の仇だ」
「レッツ忠臣蔵」
兵士たちの物騒な言葉に黒帽子が手を振った。
「死んでない。死んでないから、止しなさい」
「ご主人さま。どいて!猫耳殺せない!」
拳銃を引き抜いて頭に突きつけている歩兵を、腕を押さえて制止する。
「待て、手当てしてやれ」
「なぜして?」
「その首。ハンター見習いの認識票だ」
「ハンターですか」
嫌そうに呟いた少尉も首に掛かっている認識票を撫でた。
主の命令だからハンター協会に入ったものの、本来、異なる命令系統に属するのはとても不快であった。
「わたしは大丈夫だし、品物を詰めるだけ詰んだら一度、町に戻ろう」
首を撫でながら、黒帽子が猫耳を振り返った。
「それとそいつは……盗賊に身を落としたのか、それとも護衛の生き残りか。照会すれば分かる。それまでは、拘束しておこう」
初出 2013年 06月23日