二章三節 - 領主と神官
「あ……! キ、希理様……!」
辰海が驚いたように呟いた。
「よう、辰海君。俺の即位式以来だな。後ろが中州の老主人と姫君か」
天駆領主――天駆の希理は気さくな態度で豪快に笑んだ。
「覚えていてくださったんですね」
辰海は現在の天駆領主、希理が領主に就いた時、父の卯龍とともにあいさつに行っていたのだ。
「もちろん。お前みたいな二枚目忘れるかよ。いや~、大人っぽくなって、いっそうかっこよくなったな!」
寛大でやさしい性格と聞いていたので、与羽は乱舞や辰海のようなスラリとした人――もっと平たく言えば優男を予想していたのだが、彼はそれとは全く違う。
鍛え抜かれた大斗の体が少し小さく見えるほど大柄で、丸太のような手足と逆三角形のたくましい胴をしていた。深い緑の髪と黄色の目が龍の末裔、天駆一族たる証拠だ。額から右ほほにかけて、与羽の左ほほにもある「龍鱗の跡」まである。
そこまで観察して、与羽はもう一人の男――空を見た。
こちらの方が細く、長身で、与羽が想像していた天駆領主に近い。
希理が顔を出したので、彼もかぶっていた布を取っていた。短めのざんばらな髪に、鋭い眼光を放つ黒の瞳をしているが、それは長い前髪でほとんど隠されている。ただ、あごの線を見ただけでもなかなかの美形であることが伺えた。
「紹介しよう。うちの神官の一人、夢見空だ」
「空です」
彼はそう言って、一人一人の顔を見ていったが、与羽と目が合った時ふと口元に笑みを浮かべた。
目元が見えないので、どういった意味の笑みか分からないが、与羽は十七にもなって馬に乗れない彼女を嘲笑したのだと推測し、むっとした。
「わざわざ丁寧に――」
不機嫌な与羽の代わりなのか、舞行はほほえんでいた。
「わしは中州舞行。こっちは孫の与羽じゃ。左のがうちの第二位の武官、九鬼大斗で、右が文官の古狐辰海じゃな」
舞行に紹介されるごとに、三人はそれぞれ会釈する。
「それでじゃ、天駆領主殿。何かあったんか? ひどく慌てとるようじゃったが」
「……ああ」と希理は言葉を濁した。ちらりと今は横に控える空を見て、馬上で姿勢を正す。
「非常に申し訳ないのだが、今天駆の城がある龍頭天駆で内乱が起きている」
「内乱?」
舞行を差し置いてそう聞いたのは、与羽。
そんな与羽の様子に、空が再び笑みを浮かべる。
「……そう、内乱だ」
「領主、わたしが代わりにお話しましょうか?」
言いにくそうに口ごもる希理に、真顔に戻った空が遠慮気味に尋ねた。
希理は空の顔を見て、馬を数歩下げる。