二章二節 - 使者
龍神――水主の血を継ぐと言われ、周りの人とは少し異なる容姿を持つ与羽には、この伝説のどこまでが本当なのかわからない。
別の伝説では、今の中州周辺で出会った人間と恋におちた水主はそこに国を創り、風主は自分の生まれ故郷に戻り、空主のそばで人間の国天駆を創ったという。
天駆と中州の関係は神話時代にまでさかのぼるのだ。
「いい音色じゃ」
与羽の演奏に耳を傾けていた舞行がため息混じりに呟いた。
「与羽は笛がうまくなったのぉ。昔は音を出すことさえできず、見事に笛を吹く辰海に嫉妬ばかりしとったように思うが……」
「今でも、辰海には負けとるよ」
与羽は笛から口を離した。
「琴と舞は勝っとるはずじゃけど」
「うん、それは君の勝ちだね」
馬を並べる辰海も言う。大斗という邪魔者はいるが、与羽と一緒にいられてご機嫌だ。
「三味線は俺の方がうまいけどね」
なぜかここで大斗が張り合ってくる。
しかも、与羽の乗る舞行の馬に自分の馬を寄せ、与羽の手から横笛を奪い取った。
「あっ!」と辰海が声を上げたときには、大斗はその笛で祭りの囃子を吹きはじめていた。両足だけで、見事に馬を御している。
演奏もなかなかうまい。
一方、笛を奪われた与羽は無反応に、前方を見ていた。何か感じるものがあったのだ。
しばらくして、大斗も前方の異変に気付いた。辰海への嫌がらせのためだけに吹いていた笛を、与羽の頭越しに辰海に投げ返す。
再び「あっ」と声を上げて、何とか空中で笛を受け止めた辰海も、二人の視線に気付いて前を見た。
まだ遠いが、誰かがこの道をかなりの速度で駆けてくる。土煙に目を凝らせば、馬に乗っているらしき人影が二つ。
「端に寄って、並足でいこうかのぉ」
独り言のような舞行の言葉に、大斗も辰海も後ろに従う人々もすぐ従って道を開けた。大斗と辰海の馬が横に並び、後ろに与羽たちをかばうような形で進む。与羽は防寒用に肩にかけていた綿入れを頭の上までひっぱりあげて、特殊な色をした髪を隠した。
次第に影がはっきりしてくる。それぞれ馬に乗った人物が二人。
どちらも長い布で頭ごと顔を隠しているが、身につけている着物や体型から男性だと分かった。
急いでいる上、顔を隠している。どう見てもわけありだ。
与羽たちは極力彼らにかかわらずに済むよう、うつむいた。
しかし、彼らは次第に速度を落とし、前を守っていた大斗と辰海の前で止まった。
前方を塞がれ馬を止めた大斗が、警戒をあらわに馬にくくりつけていた刀に手を伸ばす。
「そちらは中州の老主人ご一行様ですか?」
前後に並んで停まった相手のうち、前の馬に乗っている男が馬を止めた与羽たちにそう問うた。耳に心地よい低めの美声だ。
敵意は感じられないが、大斗はまだ刀の柄から手を離さない。
与羽は綿入れの下で額に前髪を撫で付けながら、彼を観察した。細身で帯刀していることくらいしか分からなかったが……。
「訊く必要はない。その通りだ、空」
後ろにかばわれていた男が馬を進めて、与羽たちの前で顔をさらした。それだけで与羽は彼が何者か分かった。思わず、「ふ~ん」と小さい声が漏れる。
大斗も刀から手を放した。