表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/38

おまけ短編 - 帰路

天駆を発ち、中州へ戻る途中のお話。


「お前、知ってた?」


与羽はなんか良い匂いがするらしい。

 中州へとややぬかるんだ道を駆ける。吹きつける風はまだ冷たいが、辺りの景色には色が増えた。ついこの間まで、白と黒が混ざりあっていた世界は、雪雲の晴れた薄青の空、大地に芽吹いた若緑、ちらほらと咲きはじめた花の黄や赤――彩りの世界に取って代わられつつある。


「はぁ」


 辰海(たつみ)はため息をついたが、それはその風景への賞賛(しょうさん)ではなかった。


 天駆(あまがけ)への旅には、反省するべき点がたくさんあった。

 まずは佐慈(さじ)で死にかけたこと。今では現実か幻かはっきりとしないが、あの時龍神月主(つきぬし)に出会わなければ、今ここにいなかっただろう。


 そして、刀を抜けなかったこと。竹刀や木刀を持った稽古でなら、女性には遠慮してしまうものの、男性にはそこそこ勝てる。しかし、実戦になり真剣を持ったとたんあれだ。まだ刃物を扱う覚悟ができていなかったらしい。


 今回の旅で辰海が役立てた事といったら、与羽(よう)のふりをして敵の気を引けたことだけだろう。しかしそれも、必ずしも辰海がやらなくてはならないことではなかったし、自身の失敗を考えると差し引き(ゼロ)どころか、負の要素の方が大きい。


 ――与羽とも全く近づけなかったし……。


 昨秋、出発前に父親から『あんなことや"こ"までなら許す』と言われたが、あんなことの"あ"さえなかった。期待していたわけではないが、やはり残念ではある。


 ――まぁ、九鬼(くき)先輩も何もやってないんだし。


 そこだけは、救いだ。しかし――。

 辰海は、ちらりと大斗(だいと)の前に乗せられた与羽を見た。


「俺の方が馬の扱いがうまいだろう?」と言われ、大斗が馬に乗れない与羽を中州まで乗せる事になったが、不安だ。

 大斗の方が馬の扱いに長けているのは事実なので、あまり強く自分が与羽を乗せると主張できなかったのだ。与羽も、どちらでも良いという顔をして完全に成り行き任せだった。


 大斗が与羽に変なことをしていないか。


「な……!」


 ……していた。


「ちょ、先輩!? 何をして――?」


 大斗は、自分の前に乗せた与羽の頭につきそうなほど、顔を近づけていた。与羽は何か考え事でもしているのだろう、ぼんやりと前方を見つめている。左頬の『龍鱗(りゅうりん)の跡』をなぞる動作は、彼女が深く思考している時のしるしだ。

 しかし、辰海の声が聞こえたのか、ふと左頬から手を離し振り返った。


「何したんですか?」


 与羽が尋ねる。


「別に。ただ良い匂いがするなってね」


 大斗は答えて、わざとらしく与羽の頭に顔を寄せて匂いをかいだ。うっとりと目元を和ませる彼は、とても穏やかな顔をしている。


「何だろ。香や香水じゃないね。自然な匂いだ。若草みたいな、……少し甘い」


「やめてください、先輩」


 与羽は身を離そうとするが、狭い馬上で大柄な大斗から逃げるのは不可能だ。

 そっと与羽の首筋に顔を近づけながら、大斗は視線だけ辰海に向けた。


「お前、知ってた?」


 大斗の問いに、辰海はうなずいた。

 野山で遊んでいた幼いころ、与羽は大抵着物も肌も草の汁まみれで、若草のにおいがした。その時に染み付いてしまったのか、今でも彼女からはわずかに甘さを帯びた若草の匂いがほんのり香る。辰海がこの世で一番好きな匂いだ。

 それがよりによって大斗に気付かれてしまうとは――。


「ふうん」


 大斗が面白くなさそうに鼻を鳴らす。辰海が与羽の匂いを知っていたことが気に食わないらしい。


「先輩、そんなことどうでもいいです」


 与羽がむすりとして言った。


「そんな匂いで誘ってる与羽が悪いんだよ。これは……、古狐(ふるぎつね)の媚薬香よりもくるね」


「び…、媚薬香って何ですか!?」


 辰海が叫ぶ。


「これは桜です! そんな効果は全くありません!」


「へぇ? そうなの? その匂いで女たちを誘ってるのかと思ってたよ」


「いい加減にしてください、先輩」


 辰海の声がやや落ち着いて深くなる。これは彼が激昂する前兆なのだが、それを知る者はほんのわずかしかいない。


「落ち着け、辰海」


 そのわずかな人物の一人――与羽がまっすぐ辰海をにらみつけた。その眼光に、辰海がはっと我を取り戻す。


「大斗先輩も、そんな話はどうでもいいです」


 大斗にも言う。


「考え事の邪魔をしないで下さい」


 そう言えば、さきほどまで与羽は何か思案しているようだった。


「何を考えてたの?」


 辰海が問う。


「ん~。比呼(ひこ)の役割」


 比呼とは与羽に仕える元暗殺者の名だ。


「中州に住むからには、なんか仕事をしてもらわんと。けど、私の護衛は足りとるし、普通の官吏に収めるのは宝の持ち腐れな気がするし。あいつだからできることって、あるにはあるけどその危険度と貴重度を秤にかけんとって」


「『あいつだからできること』って?」


「自分で考えごらん。あんたならすぐ思いつくと思うよ、辰海」


 そう言って、与羽は辰海に両手を伸ばした。その意味がつかめず、辰海は首を傾げる。


「先輩より辰海の馬の方が集中できそうだから」


 与羽がさらに付け足して、やっと気付いた辰海は喜んで彼女を自分の馬へと乗せ替えた。

 辰海の前に横座りになり、与羽は右ひざを立てて考え込む。これもいつも与羽がしている仕草だが、揺れる馬上では安定が悪い。辰海は片手でしっかりと与羽の体を支え、大斗の小言も気にせず馬の速度を落とした。




<完>

おまけと言うことで、少し気をぬいたらこんなことになってしまいました。

大斗も辰海も暴走気味ですね(汗


もともと大斗は変態一歩手前のキャラですが、なかなか手綱をさばくのが大変です。これくらいの変態性なら大丈夫ですか?

私は大好きです。大好物です(キリッ


そう言えば、設定では「辰海がキレると大斗をもしのぐ」とか決めてありますね。まぁ、よほどのことがない限り、辰海がキレることはないと思いますが……。彼は理性の塊なので。


さて、「龍神の郷」も本当にここで終わりです。

長々とおつきあいありがとうございました!


2012/10/30

2014/1/7

2016/8/11

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ