終章二節 - そして故郷へ
* * *
天駆の見送りは、龍頭天駆のはずれで行うのが一般的らしい。見送りに来てくれたのは、希理と白師、そして舞行。
大斗も辰海も、舞行がここに残ることに反論しなかった。戦の多い中州の過ごしにくさを熟知していたからだ。昨秋に暗殺されかけ、生死の境をさまよったことも大きい。
もちろん、舞行が遠方の中州を案じて心を痛める可能性も無いではなかったが、ここにはそれを慰められる白師がいる。三人とも、天駆にいるほうが舞行には良いと結論付けた。
「そういえばな――」
希理が自分の耳元で人差し指を動かし、与羽に耳をかせと示す。希理は長身なので、少し馬上から身をかがめるだけで十分だ。
「空が、『わたしが神官を辞めたらどうしますか?』って聞いてきやがった。冗談っぽい口調だったから、俺も冗談めかして『お前がいなくなったら困るが、辞めたいなら止めない』って言っといてやった。あいつがどうしてそんなことを言ったのか、思慮深い中州の姫君なら分かるよな?」
龍神信仰の神官や巫女は、龍の一族または未婚の穢れなき男女しかなれない。しかも、神職は世襲されることが多いので、中州も天駆もそれなりの数、神官家を抱えている。中州では明神と吉宮姓は全て神事に関係しているし、天駆では祭る神が多いので、もっと多くの神官家が存在する。それが今回の混乱にも関係しているのだろう。
どちらにしろ、神官家に生まれた子はみな、よほど嫌がらない限り幼いころから神職につくための教えを説かれる。そして、十を過ぎたころから神殿で祈り、神に仕え、そのうち神職を離れ所帯を持つようになるのだ。
つまり、彼が言いたいことは――。
「『永遠に一人寂しく祈っとけ』って言っといて」
そう言って馬を出そうとした与羽だったが、馬は与羽ではなく彼女の後ろに座る大斗の言うことしか聞かないらしい。不機嫌そうにいなないただけで、一歩も動いてくれない。
本当ならば、女官の後ろに乗せてもらいたかったが、彼女の馬は「ご主人様のためにいっぱい持ってきた着物と化粧道具と装飾品」でいっぱいなのだそうだ。
「『中州の姫君は守りが固そうだから、あきらめろ』と伝えておこう」
希理は愉快そうに言って、与羽たちが旅立つであろう南へと目を向けた。
「中州にはもう春が来ているかもしれないな」
しみじみとそう呟く。
「そうですね。天駆領主、じいちゃんを頼みます」
与羽も南に視線を向けた。
「まかせろ」
天駆領主は、屈託なく笑んだ。彼なら大丈夫だろうと、与羽も笑みを浮かべる。それは辰海たちが嫉妬するほど邪気のない笑みで――。
むっとした大斗が馬を進める。
「大斗先輩?」
与羽は体をひねって大斗を見上げたが、彼はここに残る舞行に手を振って、徹底無視だ。
「与羽はちゃんと俺が中州まで連れ帰るから」
「九鬼先輩が与羽に悪さしないよう、僕がちゃんと見張りますから安心してください」
大斗と辰海が張り合うように舞行に呼びかける。それを楽しむように笑んで、舞行は手を振り返す。
与羽も、体を大きくひねって、大斗の肩越しに祖父を見た。
「じいちゃん、いっぱい中州から手紙書くからね!」
それに舞行は何か答えてくれているようだったが、蹄の音が大きすぎて聞こえない。
与羽はもう一度だけ大きく手を振って、前方に向き直った。
辰海が与羽を見てほほえみ、大斗は与羽の頭を撫でる。
「さっ、早く帰ろう」
与羽の独り言のような指示で、ゆっくり馬を歩かせていた二人は、速度を上げた。風はまだ冷たいが、肌を切るほどではない。
「あうう……。速いですぅ」と後ろで女官の嘆く声が聞こえるが、彼女は律義に荷馬を引く人々の歩みに合わせて、後ろに残っている。
ふと目を向けた路傍に小さな黄色い花を見つけ、与羽はそっとほほえんだ。
<完>
「龍神の詩」二作目、『龍神の郷』でした。
前作「羽根の姫」と比較すると、長いです。
書き始めた時点で長くなる予感はしていたのですが、結構長かったです。
今回は前作とはがらっと舞台を変えて、天駆です。温泉で有名な北の同盟国。
中州同様龍神信仰を行い、中州同様龍神の血を継ぐといわれる一族が国を治めています。
龍神神話のメイン舞台でもありますね。
次作は中州に戻りますが、「羽根の姫」のもう一人の主人公――暗鬼こと比呼の物語です。
では、こんなところまでお付き合いありがとうございました。
あ、このあと、さらにおまけ短編があります!
2012/10/30
2014/1/7
最終更新日2016/8/11