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七章三節 - 混乱の記憶

 

  * * *



与羽(よう)?」


 辰海(たつみ)の声に与羽ははっとして、そちらを向いた。

 今彼らがいるのは、温泉街に並ぶ宿の一室。正月の行事も終え、やっと目当ての湯治場にやって来た。


「大丈夫? 最近ぼーっとしてることが多いけど……。熱があるんじゃ――?」


 そう言って辰海は額に手を当ててくる。ふわりと漂ってくる桜の香に、やはりこの匂いは好きだと思った。それが辰海への好意につながるわけではないが……。


「別に――」


 与羽は言葉を濁した。


「まさか、あの空とか言う奴のことを考えてる、とかじゃないだろうね?」


 大斗(だいと)がひどく不機嫌な顔で尋ねる。


「違います」


 図星だったのだが、与羽は全くそれを感じさせずに答えた。


「あいつはやめた方が良い。絶対相当年食ってるよ。多分、天駆(あまがけ)領主よりも年上。それに、絶対腹黒い。丁寧な口調の裏で、何を考えているのか、分かったもんじゃない。飄々として抜け目ない。嫌いな種類の人間だね」


 大斗が確信的に言う。もしかしたら、与羽の図星を悟ったのかもしれない。


「別にそういうことは考えていませんから」


 いきなり抱きしめられて、心乱れているだけだ。冗談や、友愛からそういうことをされたことはあるが、あんな雰囲気は初めてだった。

 空に対してそういう感情はない。ついでに言えば、大斗や辰海や雷乱(らいらん)――、その他の人にも。


 しかし、たとえそうだとしても、今のこの乱れた気持ちとその原因をこの場で言ってしまったら、大斗はもちろん辰海でさえ何をしでかすか分からない。与羽は意思の力で、今だけでもその記憶を封じた。

 しかしそれでも不十分な気がした。大斗の不機嫌な顔と、辰海の心配そうな様子を見ていたら、全て話してしまいたくなる。

 彼らなら、きっと与羽の混乱を察して、それを取り除こうとしてくれるだろう。その方法がどうであれ……。


「私、じいちゃんの背中流してきますね」


 与羽はそれを口実に、逃げるように立ち去った。

 もちろん、「俺の背中も流してほしいな」と言う大斗の戯言(たわごと)は無視した上で。



  * * *



 与羽(よう)はしっかりと舞行(まいゆき)の背をこすりながら、小さくため息をついた。あんなことをされて、(ソラ)のことを考えないでいられるわけがない。


「どうしたんじゃ? 与羽」


 舞行は耳ざとく与羽のため息を聞き、尋ねてくる。


「ん~。じいちゃんさ、天駆(あまがけ)に残りたかったら、残ってもええよ」


 与羽はそう言った。ため息をついた理由とは違うが、正月を過ぎてからずっと考えていたことなので、今言うのがちょうど良いと思ったのだ。


「中州に帰っても、戦があるし、白師(はくし)さんと一緒におる方が楽しいでしょ? もう寅治(とらじ)さんもおらんしさ」


 与羽は舞行に忠実に仕えてきた、先代古狐(ふるぎつね)家当主の名を出した。


「中州は、私と乱兄(らんにい)で何とかやっていくからさ。卯龍(うりゅう)さんも北斗さんもおるし」


 父はいないが、父の残した優秀な官吏は今も健在だ。そして、まだ頼りないところはあるものの、大斗(だいと)辰海(たつみ)をはじめ、与羽たちと同世代の人々も育ってきた。


「そうじゃのぉ」


 舞行の検討は短かった。


「天駆にはええ温泉がたくさんあるしのぉ。こっちにおるのもええかもしれん。じゃが、与羽。馬に乗れんのに、どうするつもりじゃ?」


 全く考えていなかったところを突かれて、与羽はたじろいだ。普段なら城主の兄にも劣らない、抜かりない思考ができるにもかかわらず、やはり今はどこか混乱がぬぐえない。


 与羽の思案は長かった。


「………竜月(りゅうげつ)ちゃんに乗せてもらう」


 与羽はこの旅に影のように同行してくれている女官の名前を口にした。


「他力本願じゃのぉ」


 やっとのことで、搾り出した答えに、舞行は笑った。

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