七章一節 - 舞
あたりは夜であるにもかかわらず、明るい。境内の四隅――高い位置で、大きな炎が燃えているのだ。
炎の熱と、ひしめく人でのぼせそうなほど暑い。
拝殿から伸びる渡殿もそれがつなぐ舞台も、天駆中からやってきた人々に囲まれていた。この時だけは、全ての人が聖域内にある風主神殿へ入ることを許される。今彼らの集まっている舞台で、選ばれた娘が舞うのを見たあと、龍神に新年のあいさつをするのだ。
* * *
舞手が聖域に入った時と同じ、よく響く金鐘の音が辺りに響く。その音ともに、年老いた巫女の後ろを楚々と歩いてくる与羽を見て、辰海ははっと息をのんだ。
――永龍姫。
中州城下町での彼女の愛称が浮かぶ。永く幸せに生きて欲しいと願われた、龍の姫。
今の彼女は、まさに龍神だった。控えめながらも、堂々とした立ち振る舞い。女神のようだ。
肌も髪もいつもよりつややかで、身につけている着物はさほど派手ではないにも関わらず、よく目立っていた。与羽の髪が独特な色をしているので、着飾る必要はないとみなされたのかもしれない。
その判断は正解だろう。いつもの無邪気さがない代わり清楚で美しく、神々しい雰囲気を醸している。
唯一目立つ装飾品が、帯に飾られた玻璃細工だった。水滴のようにキラキラと、辺りの光を虹色に反射している。
彼女に敵意を抱いていた人々までもが固唾を呑んで見守る中で、与羽は舞台の中央に進み出た。
胸に抱えるようにして持っていた扇を、両手でゆっくり開く。静まり返った境内に、シャラリと澄んだ音が響く。その涼やかな金属音に、みなが聞き惚れた。
与羽が静かに扇を持った手を前に差し出す。それを合図に、後ろに控えていた楽師たちがそれぞれの楽器を奏ではじめた。
与羽が流れるような動作で腕を挙げた。
扇についていた黄水晶の飾りが、さらりとかすかな音を立てる。
そして、流れる調べにあわせて優雅に舞いはじめた。円を描くように滑らかで、指先まで神経を行き届かせた精密で繊細な舞。羽根のように軽やかであるにもかかわらず、龍のような猛々しさを合わせもつ。
風水円舞と呼ばれる舞だ。風や水が流れていくように美しく、舞手の動きに円を描く動作が多いことからつけられた名。
そして、与羽の舞はそれに違わなかった。風や水のように辺りに逆らわず、自然で滑らか。中州では剣技に取り入れられてもいる、無駄が無く、美しい動き。
飛び跳ねるところでは、高く遠く跳び、どれだけすばやく激しく舞っても、足元をおぼつかなくさせることはない。
全ての人が認めた。彼女は、数十年――ひょっとしたら数百年に一度の優れた舞手だと。
与羽の動きひとつひとつに息を飲む人々を見て、辰海は誇らしい気持ちになった。そして、辰海自身も水の乙女のような与羽の舞に見惚れる。
与羽が辰海に気付いてほほえんでくれた時には、全身に何か熱いものが流れ込んでくるような気がした。
「何、そんなにニヤニヤしてるの?」
後ろから大斗が言う。
「与羽の舞は、やっぱりうまいなぁって思ったんです」
辰海はそうごまかした。
「ふ~ん? そんなの当たり前だと思うけど。与羽は俺たちとずっと剣の稽古をしてきたんだ。その辺の女より身体能力も運動神経も勝ってて当たり前」
こんな時でも、大斗は涼しげな顔をしていた。しかし、それは与羽の技術を認めてのこと。いつもは内心むっとする大斗の口調も、今だけは許せた。