六章五節 - 老巫女
「少し、地味ではありませんか?」
巫女が控えめに尋ねる。確かに、それに使われているのは色のない小さなガラス玉のみ。大粒の宝石が使われた飾りより見劣りするような気がする。
「舞うのは夜ですから、玻璃が松明の炎や月光にきらめいて、きれいに見えると思いますよ」
「それこそ、水をまとうように……。中州の姫君だからこその心遣い、私は評価しますよ、空」
穏やかな、嗄れ声。与羽は、他の巫女とは全く違うその声に惹きつけられるように、そちらを見た。
そこに立っていたのは、老婆。正確な年は分からない。しかし相当な高齢であることは分かる。
銀色の髪は長く美しく、しわだらけの顔には穏やかで理知的な瞳があった。彼女の身につける巫女装束は白と月光のような淡い黄色。空が身につけている神官装束と同じ色合いだ。
つまりは――、
「夢見青麗でございます、姫様」
やはり、夢見――月主神官家の巫女だ。
「空の――?」
祖母という言葉を期待したのだが、青麗は「養母でございます」と上品に答えた。
はっとして、与羽は空を見る。
「神職につく条件に『未婚』とありますからね。一家しかない神官家を存続させるためには、養子をとるしかありません。この際、血縁にはこだわっていられないのです。天駆では有名なことですよ」
空はにこやかに答えた。養子という引け目は感じていないらしい。
「青麗様は、一生を神にささげられたすばらしいお方です。彼女のあとが継げて、わたしは誇りに思いますよ」
むしろ彼の言葉からは、青麗に対する尊敬が感じられた。
「天駆領主の命により、正月の舞におけるあなたのお世話をすることになりました」
青麗が与羽の前に出てきて、頭を下げる。空同様、洗練されたしぐさだ。
そして、恭しく金属製の扇子を差し出す。
「これが舞の扇でございます」
与羽は銀色のそれを受け取った。少し重いと感じたが、ひんやりとして光沢も煌びやか。開くと、シャラン……と金属特有の高く澄んだ音がした。
金で龍が描いてある。おそらく『空金龍神』空主を模したものだ。
扇の要には、小さな黄水晶が通された長い紐が何本もつけられていた。
金は『祖龍』空主の色。黄は『長風龍』風主の色だ。
ためしに扇を持って短く舞ってみると、腰と扇の紐がなびき、きらりきらりと輝いた。
しかし、扇の紐は長すぎて、激しく舞うと体や腕に絡み付いてきそうだ。
「少し……、練習が必要じゃね」
与羽はそう呟いて、正月までの半日を舞の練習にあてることにした。