六章一節 - 目覚め
どのくらい寝ていたのだろう。ぼんやりと目を開けると、むき出しになった梁が見えた。それでここが中州にある自分の部屋ではないことに気付いた。
そして、天駆に来たことを思い出す。
次の瞬間、一気に記憶がよみがえった。陽動のこと、佐慈で迷子になったこと――。
ゆっくりと体を起こすと、視界が暗転した。額から、ぬるくなった手ぬぐいが落ちる。
目まいが落ち着いてから、額に手を当てると、じんわりと嫌な熱を感じられた。
「すごい高熱だったよ」
聞き覚えのある冷たい声に、ふと横を見ると部屋の隅で、大斗が腕を組んで座っていた。ひどく怖い顔をしている。
「九鬼、先輩……」
辰海の声は熱のためか、かすれていた。
「天駆の屋敷に行っても、お前は来てないって言うし、まだ場が混乱していたから佐慈に捜しにも行けない。与羽に報告もできないし、老主人には余計な心配をさせたくない。昼過ぎにお前が自力で帰ってきたって言うから来てみれば、濡れ鼠で気を失ってて、すぐに熱出して丸一日目覚めない。
お前ふざけてるわけ? これだから、弱い奴は嫌いなんだよ」
淡々としたその声に怒りは感じられないが、それが逆に恐ろしい。
「……すみません」
辰海は目を伏せた。涙がこぼれそうになったが、大斗の前で泣いては余計馬鹿にされるだけだ。深く呼吸して、何とか堪える。
「俺に謝ってもね――」
大斗はため息混じりに言う。
「それにお前、血がついたままの刀を鞘にしまっただろう?」
大斗が冷たい一番の理由は、これかもしれない。実家で鍛冶屋を営んでいる彼は、刃物の扱いには誰よりも厳しい。
「……すみません」
辰海はもう一度謝った。
大斗がやってくれそうになかったので、自ら近くに置いてあった桶に手ぬぐいを浸して冷やし、絞ってから額に押し当て横になる。
「手入れしといてあげるから、中州に帰ったら代金払ってよ。鞘も傷だらけだ。刀を鞘で受けるから。鞘も新しくするから、それも」
「……わかり、ました」
「あと、半月は安静にしてな。寺子屋から野火女官を呼び寄せるから、彼女に世話をしてもらえばいい」
大斗は中州からの旅に同行した与羽付きの女官の名前を出した。
「そうします」
辰海は素直に応えて、目を閉じた。