五章五節 - 龍神の導き
「あ、ちょ……。待ってください」
そのまま歩き出そうとする龍神――月主を辰海は慌てて追いかけた。体は相変わらず重たいが、何とか動きそうだ。
月主は肩越しにちらりと辰海を見て、歩きはじめた。残念ながら、意識の朦朧とする辰海には、この状況を不思議に思うだけの余裕はない。ただ、言われるがままについて行くのみだ。
歩きにくい山道を行きながら、辰海はぼんやりと彼の後姿を観察した。
月主の背はあまり高くない。辰海の鼻の辺りくらいしかないのではないか。もちろん、角は身長に含まずに。身につけているのは、身の丈に合わせて裾を切った、対丈仕立ての白無垢のみだ。
しかし、辰海が一番気になったのは、その裾からのぞく尾。蛇の尾のようだが、その背側と尾の先には髪と同じ白の鬣が――。
びっしり生えた鱗は、腹側が銀で背に向かうにつれてほのかに黄味を帯びてくる。
しかも、それが下草や木の根を器用に避けていくものだから。
――気になる……。
疲労で正常な思考ができていない辰海は、猫じゃらしを見た猫のようにじっとその尾を見つめた。もう少し理性が飛んでいたら、掴みかかっていたところだ。
月主の尾が小さな茂みをかわす。そのまま、尾の先が上へ。
「そんなにこれが気になるか?」
手のひらを自身の尾で叩きながら、興味深そうに月主が聞いてくる。彼の目からは、まだ涙がこぼれていた。止まらないのだろう。
辰海はうなずいた。
「触らせないからな」
いじわるに笑んで言う月主の顔は、どことなく与羽に似ていた。
「どっちにしろ触れないだろう。俺は幻だからな」
「夢みたいなものですか? 目が覚めたらまだ森の中にいたっていうオチは嫌ですよ」
思考のまとまらない辰海は、ぼんやりとした口調で言う。
「それはないから安心しろ」
やさしくほほえんで、月主は再び歩きはじめる。辰海はその尾を追いかけるように、ついて行った。
夢とうつつの合間をぼんやりと行き来する。しかし、その間も足だけは動いていたようだ。
だんだんとあいまいになっていく意識。いつの間にか山の陰を出て、陽光が落ちる林になっている。
しかしどこか靄がかかったようで、周りの風景が現実のものだとは感じられなかった。
どこをどう歩いたのか、どのくらい歩いたのかさえわからない。
ただふと意識がはっきりして、気が付いた時には、木々の間に天駆の家に多くあるかやぶきの屋根が見えていた。それだけだ。
一番手前に見える屋敷は大きい。一拍遅れで、これが天駆領主の屋敷だろうと見当がついた。
辰海は思い出したようにゆっくりと辺りを見回したが、もう月主はいない。本当に幻だったのだろうか。
助かったと思った瞬間、誰かが屋敷から駆けて来るのが見えた。屋敷まで行こうと思ったがもう限界だ。
――これで、与羽に心配をかけずに済む……。
安心から、口元がわずかに緩んだ。
ほっと息をつくと、空気以外の「何か」も抜けていくようで――。辰海はそのまま意識を手放した。