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五章二節 - 禊

「そういうことは早く言って」


 与羽(よう)は深いところへと歩きながら、不機嫌に言う。


「これだけたくさん湯気が立っているのですから、あなたなら気付くと思ったんですよ。それに、『大丈夫です』って言ったじゃないですか」


「理由を言わない――根拠のない大丈夫が信じられるかって!」


 肩まで湯につかりながら、与羽が湯気で淡くなった空の影に叫ぶ。


「ちゃんと祈ってくださいよ。泳がないでください」


 その叫びを無視して、空は穏やかな声で言った。


「子ども扱いしないで」


 与羽は怒鳴りながらも、ちょうど良い温度の所を見つけ、そこで手を合わせて祈りはじめた。相手が正しい場合は、それにちゃんと従える素直さを持っているのが与羽だ。

 幼いころ神官から習った、神々を称える言葉を呟く。空が美しい声でそれに合わせると、二人の声が共鳴して一層大きく美しく響き渡った。


 川のせせらぎが、木々の梢が立てる音が、遠くなる。

 この地に降り立った祖龍に感謝し、ここに国を作った長龍に敬意を示す。月主(つきぬし)とともに山地へと身を変じた土主(つちぬし)(たた)え、月主には心穏やかにと祈る。

 天駆(あまがけ)には、中州に住み着いた水主(みなぬし)を称える言葉はないが、与羽はあえて遠方の水龍への言葉も言祝(ことほ)いだ。中州の民としての誇りを示すためだ。天駆の民の変わりに舞うが、自分は中州の人間であると――。

 そして最後に、自分が舞を奉納する許しを請うておしまいだ。

 これを大晦日の朝まで毎朝、毎夕行うことになる。


「それでは、わたしは神殿に戻りますね。あなたの世話は年長の巫女が一人と、見習いが三人いますから」


 全ての祈りが終わってから、空が言った。


「……帰るん?」


 てっきり、このままずっといるものと思っていたのだが……。


「そんなに甘えた声を出さないでください」


 空が穏やかに笑んだ。逆に、甘え声を出したつもりのない与羽は、眉間にしわを寄せている。


「基本的にこの行事は風主神官家が行うものですから。わたしがあまりでしゃばるのもよくないでしょう。わたしの姓は夢見(ゆめみ)月主(つきぬし)神官ですからね」


 夢見家は唯一の月主神官家だ。


「あ……」


 やっと、空が今回の内乱に参加していない神官だと言ったことに納得できた。彼はもともと、正月の行事を(つかさど)る神官ではなかったのだ。

 空が最初に名乗った時に気付くべきだった。今まで失念していたのは、やはり月主同様月主神官も軽んじられているせいで、ほとんどその名前が耳に入ってこないからだろう。


 ――こいつも、月主神官として肩身の狭い思いをしてきたんか……?


「まぁ、大晦日には迎えに来ますよ。部外者とはいえ、あなたを聖域へ入れた責任がありますので」


 そんな与羽の思いを知ってか知らずか、空はそれだけ言うと、朝もやの中にとけていった。

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