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四章四節 - 山林の戦闘

 辰海(たつみ)は駆けた。

 右手には、刀と瓢箪(ひょうたん)に結び付けられていた紐。左手はいつでも刀を抜けるよう程よく緊張していた。

 被っていた着物は、まだそのままだ。もう陽動はいいだろうと思う気持ちもあるが、与羽(よう)の危険をできるだけ減らそうと思えば、このままの方が良いという結論に至る。辰海は、真面目だった。


 響いてくる刃物同士がぶつかる音と怒声を遠く聞きながら、辰海は水の無い涸れ川にかかる橋を渡る。大雨が降った時はここに水を流し、町が浸水しないようにしてあるらしい。

 その先が、龍の左耳に例えられる佐慈(さじ)だ。


 森は暗い。木々の枝に阻まれて、もともと弱かった月光はほとんど届かない。

 与羽と共に山で遊んだ辰海だったが、昔と今では体の大きさが全く違う。思ったように山道を歩けず、四苦八苦した。


 右手に刀を持っているのも、敗因だ。使えるのは両足と左手。しかし、左手もいつでも刀を抜けるように極力使わないようにしていた。

 山というだけあって、斜面はいくぶん急。しかも、今期落ちたばかりの葉が足を奪う。

 足を踏みたすたびに、ガサガサと枯れ葉の擦れる大きな音がした。おそらく、近くを誰かが通りかかっても気付けないだろう。


 逆に相手には辰海の存在がはっきりと分かる。

 火を持っていないのが、せめてもの慰めだった。足元が見えないという欠点はあるが、相手が大斗(だいと)のようなよほどの手練でもない限り、正確な位置は掴みにくいはずだ。

 辰海の身につけている着物は暗色で統一されている。彼の姿は闇にまぎれて、良く目を凝らさない限り視認できない。


 しばらく辰海は緊張しながらも、山を西へと歩いていった。

 しかし、忘れてはいけない。山を通って聖域へ入ろうと(たくら)んでいる人がいるのだ。しかも、今は陽動のせいで町が混乱している。今のうちに聖域へ入ってしまおう、と考えるずる賢い者は少なくない。

 聖域に近づけば近づくほど、そういう人々に出会う確率は高まる。

 もっとも賢い判断は、佐慈(さじ)に入ってすぐ、どこかに身を隠しておく事だったのだ。辰海は敵を欺くための希理(キリ)の言葉を真に受けすぎた。


 辰海がそのことに気付く前に――。


「そこにいるのは誰だ?」


 はっきりとその声が聞こえた。

 刀の柄に手をかけ、辰海はすばやく振り返る。そこに立っていたのは、娘を背にかばうように刀を抜いた中年の男。典型的なこっそりと聖地を目指していた父娘だ。


「まさか、お前が『中州の姫』か?」


 辰海はうなずいた。

 柄を握る手に力を込め、鞘を固定していた紐がなくなったことを思い出す。それと同時に、自分は大斗(だいと)と同じように、最低限の攻撃で相手の動きを封じられるのかという疑問が頭をもたげた。


 相手は――おそらく武官なのだろう――その隙を見逃さなかった。

 ためらいなく刀が辰海の胴を狙う。辰海は鞘をつけたままの刀でそれを受けた。


「刃物を扱うのは怖いですか? 姫君」


 揶揄するように言って、刀を振り下ろしてくる。

 それを受け流そうと斜めに構えた刀の鞘を、相手の白刃が払い落とした。一度も人を斬ったことがない辰海(たつみ)の刀は、曇りひとつなく白く輝いている。

 手入れのために刃を見ることはあったが、それとは全く違う輝き。それがひどく美しく、一方で禍々しいものに見えて辰海は身をこわばらせた。


 相手はその隙を見逃さない。

 突きだされた刀をこけるようにかわし、辰海は鞘を拾った。次の攻撃は刃で受ける。


 キイィィィ……ン、と予想以上に高い音が響いた。


 それだけでひるんでしまう自分が情けない。


 すぐに相手の刀が離れ、今度は首の辺りを薙ぐ。

 それを横に転んでかわし、起き上がりざまに大きく後ろに跳んで距離をとろうとする。

 しかし、ここは落ち葉が積もった足場の悪い山。足を滑らせた隙に、逆に間合いを詰められた。


 相手の刃が淡い月光に閃く。辰海が刀を突き出した。自分に向けられた刀を受け流し、相手の肩を裂く。


「あ……」


 純白の刃を真紅の血が伝い、つばの間を縫って辰海の手を濡らす。相手が苦痛と怒りで顔をゆがめることよりも、そちらに気を取られた。

 怖いと思った。大斗(だいと)のようにはなれない。

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