四章三節 - そしてひとり
* * *
やっと昇ってきた月が、雲の合間から顔をのぞかせる。薄い影を踏みながら、極力人気のない通りを選んで走った。
後ろでは、まだ刀を合わせる高い音が響いている。それが足音を消してくれるのでありがたい。しかしそれは逆に、近づいてくる人々が立てる物音も聞こえにくくすることになる。
いきなり、大斗が振り返りざまに刀を一閃した。辰海が気付けなかった、槍の穂先のような細長いひし形の刃が落とされる。
飛ひょうだ。手裏剣のように投げて敵を攻撃する暗器だが、毒などを塗って至近距離から放たれることも多い。
「そんな攻撃、俺には通用しないよ」
わざと軽い口調で言い、大斗はそれを放ったであろう人を挑発する。
すぐに二発目、三発目が飛んでくるが、不意をつこうとした一発目を阻んだ大斗だ、防ぐのはたやすい。
三発目の飛ひょうは下から打ち上げて、落ちてきたところを空中で掴んだ。
そして間をおかず、それが飛んできた方向に投げ返す。
キン……、と金属が触れ合う音がした。
「やっぱり、そこだったね」
大斗の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
しかし、その笑みは肩越しに辰海を見た瞬間消し飛んだ。
「いつまでそこに突っ立てるつもり? 先に行きなよ」
その口調には少しいらだちがこもっている。
「でも――」
辰海は刀を胸に抱えたまま、大斗を見返した。
「正直足手まといだよ。お前は与羽じゃないのに、守ってやる義理はない。さっきまでは人が多かったから、お前を本物だと思い込ませるために守ってやってたけどね。もういいよ。どうせここにいる人は皆、動けなくする予定だし」
腰の瓢箪を取り、中身を刃に垂らしながら、大斗は凶悪な笑みを浮かべた。彼の放つ圧力にすくんでしまった辰海に向けて、大斗の白刃が閃く。
辰海は胸に抱いていた刀を前に突き出して、それを避けようとした。
空気が手首をなで、刀に刃先がかすかに触れる感覚。はらりと足元に何かが落ちた。
恐る恐る目を開けた辰海に、大斗は腰からはずした瓢箪を放り投げる。
「もしもの時は、迷わず使うんだよ」
それは、痺れ薬の入った瓢箪だった。だいぶ減ってはいるが、まだ中に液体が残っている。
次に刀を見ると、鞘を固定していた紐が切られていた。
「先輩?」
「与羽を泣かせるわけにはいかないからね。弱い奴は弱いなりに卑怯に生き抜いてみせなよ」
大斗は、先ほど飛ひょうを投げ返した方向へ跳び出した。ちらりと振り返り、もう一度鋭い瞳で行くよう急かす。
「先輩も、与羽を怒らせるようなことはしないでくださいね」
辰海はそう言って駆け出した。
「しないよ。俺は最強だからね」くらいの言葉が返ってくるかと思ったが、後ろから聞こえてきたのはただ剣戟の音だけだった。