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四章二節 - 分断

 

  * * *



 高い剣戟(けんげき)の音が響く。思わず身をすくめた辰海(たつみ)のほほを、返り血がぬらした。

 大斗(だいと)が急所を外して、足を中心に攻撃しているのは分かる。しかし、それでも血が出るのだ。

 大きな悲鳴を上げ、その場に倒れる者もいる。倒れたきり、起き上がらない者も多い。


 まだ顔を隠し、控えめに刀を構える辰海の肩に、大斗の背が触れた。


「お前は、……またそんな甘いことをやってるんだね」


 辰海の刀は鞘が抜けないようにつばと鞘を紐で何重にも縛ってある。こうすれば、誰かを斬ってしまうことはない。


 辰海は何も答えなかった。答える余裕などないのだ。気を抜けば、周りにいる全ての人が同時に飛び掛ってくるに違いない。

 大斗の余裕な態度は、本当に強い者か諦めた者にしか許されない。大斗は、もちろん前者だ。


 辰海に背をあずけたまま、大斗が腰に()げた瓢箪(ひょうたん)に左手を伸ばした。この時までそんなものを持っていたことに気付かないほど、小さくて目立たない色をしている。

 その中身を、大斗は自分の刀の刃に少し垂らした。無色の液体が、赤く染まった刃を伝って、地面に二、三のしみをつくる。


「何やってるんですか!? 先輩」


 その行為に辰海は思わず叫んだ。辺りへの注意が散漫になる。

 辰海へと振り下ろされた刀を、大斗がすばやく跳ね返し、返す刀でその腕に切りつけた。


「ただの痺れ薬だよ。即効性のね」


 腕を押さえてうずくまる男を蹴ってどかしながら、大斗は何事もないように言う。


「そうでもしなきゃ、こんな人数相手にしてられない」


 なるほど、大斗に攻撃された者のほとんどがうずくまって、立ち上がろうとしないのは、そういうわけだったのだ。

 ただ単に、足や腕の傷が痛むにしても、いつまでもその場に居続けることはしないだろう。


 大斗の背にかばわれながら今まで抜けてきた通りを見ると、身なりも武器もさまざまな男たちが座り込み、うずくまっていた。

 少しずつ、包囲網も薄くなっているようだ。


「おい、姫君、大斗」


 辰海の頭に、希理(キリ)の肩が触れる。まだ何とか顔を隠し、中州の姫君を演じ続けている辰海の名は呼ばない。


「正面突破は危険すぎる。西、佐慈(さじ)をまわって聖地へ向かう。ついて来い」


 小さな声で言って、希理は辰海の手から鞘がはまったままの刀を奪い、囲みの薄いところへ駆け出した。


「あ!」


 丸腰になった辰海は叫んですぐに追いかける。扮装上、隠し持てた武器はあれだけだったのだ。

 辰海の頭を押さえ、矢をかわしながら一番後ろを大斗が追う。大斗の手についた血が被っている着物を濡らしたが、それに文句を言う余裕はない。


 希理が辰海の刀を振る。ちょうど人々の胴の高さだ。

 太い腕から繰り出される強打は、その場に居た人々をことごとく戦闘不能にした。あるものは「吹っ飛ぶ」と言う表現がふさわしい勢いでこけ、それが周りにいた人々を巻き添えにする。

 もう一度刀を振ると、さらにその後ろにいた人々までもが倒れた。


 一瞬道が開ける。


 希理はそれを見逃さなかった。すぐ後ろにいた辰海の腕をつかむと、腰を掴んで乱暴に放り投げた。

 頭から地面に突っ込みそうになった辰海は、先に右手をつき、前転して受身をとる。

 すばやく振り返った辰海の手の中に、刀が投げられた。鞘とつばがしっかりと固定された辰海の刀だ。


「通りをまっすぐ行って、山に入ったら南西に抜けてください。俺の屋敷があります。そこで神官の指示を――」


 これは中州の姫へ向けられた言葉。本音は「屋敷で待っていろ」といったところだろう。

 すぐに大斗もいっそう薄くなった人垣を抜け、辰海の背を押した。


「行くよ」


 希理はこの場にいる人々が辰海たちを追いかけられないように、彼らの足止めを引き受けたらしい。


「ここにいるのが全部じゃないだろう。走れ!」


 希理にそう言われ、大斗に背を強く押されたこともあり、辰海は駆け出した。そのすぐ後に大斗が続く。


佐慈(さじ)に誘導するのはいい手だ。与羽たちは右慈(うじ)を抜けて聖域へ向かっているはずだからね」


 全く息を荒げることもなく大斗が呟いた。


「完全に逆方向ですもんね」


 応えた辰海の息も、さほどあがっていない。剣術はあまり得意ではないが、運動神経は悪くないのだ。特に走りに関しては、距離を問わず中州五本の指に入る。

 残念ながら、その中に大斗も入っているので優越感に浸ることはできないが……。

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