三章六節 - 衝突
「聞け! お前ら」
前方で希理が馬を止め、声を張り上げるのが聞こえる。
前と後ろには武器を構えた男たちが、何重にも囲っていた。それとは離れた場所に、弓矢を構えた者もいるのだろう。
「先日言ったはずだ。俺は新年の舞手には中州の姫君を据えることにした。彼女への攻撃は、中州へ反旗を翻すことにつながる。中州を敵に回した場合の不利益はこの間教えただろう? 今ならまだ、寛容な姫君はこのことを中州城主には言わない。だが、これ以上は中州の報復を受ける危険性がある。
中州を敵に回してもいいことは何もない。今すぐやめるんだ。これ以上姫君に危害を加えようとする者には、それなりの罰を与えなくてはならなくなる」
「希理様! 天駆の神事に中州の者が手を出すなど認められません!」
誰かが叫び、それに賛同する声が上がる。あまりに人が多すぎて、誰が声を発したのかわからない。
「中州は天駆の身内だ。何も問題はない」
「妹のわがままなど聞く必要はありません。しかも、逃げたきり帰ってこなかった妹じゃないですか! 家に帰り、父を支え、末の弟を諭すのが正しい家族のあり方でしょう。こういう時だけ、家族面しないで頂きたい」
最後の一言は、中州の姫のふりをする辰海に向けられていた。与羽ならば、ぐうの音も出なくなるような皮肉を言い返すだろうが、辰海は何も言わない。
「嫁に出した妹が里帰りし、困っている兄を助けるのがそんなに悪いことなのか?」
代わりに、希理が低い声で問うた。
「妹に兄の代わりは勤まりません!」
そう怒鳴り、希理の脇にいた男が槍を突き出してくる。彼は雇われの身ではなく、自らの意思で天駆領主に反対している者らしい。
その瞬間、夜闇に白い光が翻った。流れ星のように、美しい軌跡を残し再び鞘に消えてゆく白刃。
槍の穂先が大きく放物線を描いて跳び、近くにあった屋敷の板塀にどっという低い音とともに刺さった。
それを合図に、周りを囲っていた人々がその距離を縮めてくる。
辰海も伏せた状態のまま、かぶった着物の陰から辺りに目を光らせる。警戒は怠らない。
その横には、鐙が触れそうなほど近く大斗が並んでいた。
「俺は、中州国武官第四十三位、大斗」
中州第二位の武官――大斗はそう名乗りをあげた。
辰海がはっとして、大斗を見ると、彼は目だけで「黙っておけ」と命じる。相手を油断させる作戦なのだろうか……。確かに、この人数に正攻法はきつそうだが。
「順位は低いけど、結構強いよ? そして、俺たちの姫にキズをつけようとした天駆には、俺よりも強い武官がうじゃうじゃ来るんだろうな」
他人事のように言って、大斗は刀で空を斬った。