三章五節 - 待ち伏せ
「お前たちは、こんな真夜中に何をやっていたんだ?」
そんな彼らに、希理が鋭い声で問う。
「不届きな輩が聖地に入ってしまわないように、巡回していたのです」
一人が、姿勢を正して答えた。その声に、多くの人が「そうです」「わたしもです」と口々に言う。
「まさか、希理様と姫君がいらっしゃるとは思いませんでした。昼間に堂々と聖地に入られればよいのではありませんか?」
「まだ納得していない者がいるからな」
それだけ言って、希理は馬を進めようとする。
「わたくしたちもお伴しましょうか」
「いや……、大丈夫だろう」
この中にまだ考えを改めていない者がいる可能性もあるのだ。自分に仕える者たちを完全には信頼できない自分に、希理は嫌悪を感じた。
「そうですか……?」
相手は不安そうに言ったが、おとなしく道を開けた。周りの人々もそれに習い、路上から草原へ下りる。
「すまないな」
そう言って、希理は再び馬を進めた。やや早足で馬を駆り、家々の間の大きな通りを抜けていく。
こちらの町は、区画分けされたところに秩序だって屋敷が建っている。建物の間をぬける通りはどこも広い。扇状地下部の町にあったような、入り組んだ裏道はないようだ。
しばらくは問題なく馬を進めていた三人だったが、次第に不穏な空気を感じはじめた。
はじめは、人々があわただしく行きかう気配。
そして、武官らしき者がちらほら見えるようになった。
襲い掛かってくる気配はなかったので、注意だけしながら馬を駆る速度を上げる。
聖地へ向かうため、幅広の通りを左に折れ――。
「ちっ」
希理が舌打ちした。
「待ち伏せ……」
辰海も思わずつぶやく。
前方に手に武器を構えた男たち。纏う服の質からして、武官ではなさそうだ。誰かに雇われた腕に自信のあるごろつき、といったいでたちだ。
すぐに退路を確認しようと振り返ったが、背後も他の男たちで塞がれようとしている。
改心しなかった者と、それに従う者が予想以上に多い。背後に集まってくる男の中には、それを止めようとやってきた者もいるようだったが、辺りが混乱しはじめていて、誰が味方となりうるのか判別がつかない。
辰海はかぶった着物の下にこっそりと隠した刀を手に取りたい衝動に駆られたが、希理がまだ腰に佩いた刀に手をかけないので、思いとどまる。何か考えがあるのだろう。
一方で、背後では大斗が刀を抜く気配がする。
辰海のすぐ横で、銀光が閃いた。真っ二つに斬り落されたのは矢。
「お前、少し伏せときな。狙われてるよ」
横に馬を並べながら、大斗が言う。
辰海は言われた通りにしながら、すぐ使えるようこっそりと刀の柄を握った。