三章三節 - 説得
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そのまま与羽たちは数日寺に泊まった。希理の説得待ちだ。その間、陽動が必要になった時のための詳しい計画を詰める。
急ぐ必要はない。まだ与羽が舞を奉納する予定の正月までは、一月半近くあった。
与羽は、陽動作戦内容の詳細をあえて聞かなかった。陽動に参加するわけではないので、詳しく知ったところで、ただ不安になるだけだ。
それならばと、ほとんどの時を祖父の舞行や、その友人の白師とともに語らうことにした。
兄に申し付けられた通り、祖父孝行をして過ごす。
白師は学者と言うだけあり、とても博識だった。興味本位で尋ねた身近な草木の名は全て知っていたし、これは答えられないだろうと思ってした「空はなぜ青いのか」という問いにも見事に答えた。与羽はその意味を完璧には理解できなかったが……。
それでも理解したふりをしていると、「フォッフォッフォ、若いうちは分からぬことが多い方が楽しいのじゃよ」と全て見透かしたように言われてしまった。
数日話しただけでも、彼が優れていることはよく分かった。賢いだけでなく、明るく愉快でおおらかだ。
彼に向かっていると、「仙人」という言葉がふと浮かぶ。
舞行とも、旧知の中であるというのは本当らしく、とてもうまくやっている。一月くらい与羽が聖地にこもったところで、なんら問題ないだろう。
その間、希理は龍頭天駆に戻り、舞手に与羽を据えたことを報告した。それと同時に、もし与羽に危害を加えた場合中州からもたらされるであろう天駆の不利益を説いている。
中州の人々は、聖地を守るものとして天駆を尊重し、兄弟のように肩を並べて仲良くしているが、姫に危害を加えられて黙っているとは思えない。
怪我程度なら、与羽がうまくとりなしてくれるかもしれないが、最悪の場合天駆が滅んでもおかしくない。
しかし、中州は小国で、しかも『次水龍』水主の家系だ。その兄、『長風龍』風主が築いた天駆に住む人々の中には、中州は劣っていると考える者も少なくない。
実際は、天駆をはじめ月見川以西の北の国々を南の大国――華金から守る盾の役割を果たしている中州だ。
もちろん土地の利があるというのも大きいが、腕のいい武官と賢い文官が多くいるのも事実だ。
そう伝えるにもかかわらず、天駆の官吏の多くは信じない。
長年そうとも知らず中州に守られ、のんびりと生きてきた者が多いここの官吏は、中州と比べると圧倒的に質がおちる。
五年前、希理が領主となった時に会った辰海には驚かされた。十三という若さで、父について天駆までやってきた彼の口調に幼さはなく、中州と天駆の歴史や風習から、古典、芸術面にいたるまで大人と比べても恥ずかしくないほどの知識、教養を身につけていた。
白師の協力を得て寺子屋をはじめたのも、天駆で彼のような子を育てたいと思ったからだ。それが実るまでは、今の官吏で何とかするしかない。
天駆にも、ものの分かる者はいるのだ。彼らの多くは、今回の内乱に参加していなかったが、参加していた人々も引き時と理解しすんなり矛を収めた。
それ以外の人々も、いくら中州を見下しているといっても、南部の品は大体中州経由でやってくることや、中州が銀の産地であることくらいは知っている。中州のと仲が険悪になれば、それらの品が入手困難になってしまう。そう相手を諭して改心させるという手法もそれなりに有効だった。
しかし、全員を納得させることは不可能だ。
中州の人間に舞わせたら天駆の恥だと言う者、与羽よりもうまく舞えるから、うちの娘に舞わせろと言う者――。
「やはり、陽動が必要だ」
寺に戻るなり、希理は出迎えてくれた面々にそう言った。反対する者は減ったが、堂々と与羽を聖地に入れるには不安が残る。
与羽はただうなずき、他の人々もそれぞれ思い思いの感情を表情に出して、似たような動作をする。
「まぁ、敵は少ない。味方のふりをする敵に気をつけさえすれば大丈夫だろう」
「計画と準備はできてますよ」
大斗が口元に不敵な笑みを浮かべて言った。
「助かる」
一方の希理はいたってまじめな顔をしている。
その表情のまま、集まっている者全員の目を順番に見た。舞行、白師、与羽、空――。一番不安そうな顔をしている辰海でさえ、その瞳に覚悟の色を浮かべているのを確認して浅くうなずく。
――明日の夜、決行だ。
希理はそう言った。