三章二節 - 作戦会議
「さて、どうするかだな」
馬を預け、寺から借りた一室に腰を落ち着けてすぐ、希理は呟いた。
彼を囲むように丸く座った、自分以外の六人を順番に見ていく。六人というのは、落ち着いた様子で座る舞行に、しきりに長い前髪を額に撫で付ける与羽。そわそわと神経質な辰海と、それとは対照的に自宅にいるかのようにくつろぐ大斗。穏やかにほほえんだ白師。前髪で一切の表情を隠してしまっている空だ。
白師は領主と寺から頼まれて、子どもたちに勉強を教えている学者らしい。
広い額に真っ白な髪をまげに結い、舞行以上にしわの多い顔をしているが、その瞳には子どものように無邪気な光が宿っている。
与羽たちに同行していた女官や武官も遅れて到着していたが、別室に控えていた。
「そんなの決まっていますよ」
どうするかという問いに、相手が自分より年上で、身分が高いこともあり、少し丁寧な口調で大斗が言う。
「誰かが陽動して、敵をひきつけている間にこっそりと敵陣最奥に攻め込む。初歩中の初歩ですね」
ほとんど無意識に与羽もうなずいていた。
しかし、渋い顔をする者もいる。
「陽動……、危険ではありませんか?」
空が言った。
「その分、与羽への危険は減る。それに、陽動は俺と古狐がしますよ。あなたには関係ない」
少し口調が冷たいのは、空が自分の馬に与羽を乗せたことが気に入らなかったからだろうか。
辰海はいきなり自分の苗字を出され、びくりとしたが、陽動の話には反対しなかった。
それを確認して、大斗は許可を求めるように舞行を見る。舞行がさらに与羽を見て意見を求めてきたので、彼女は肩をすくめてみせた。どうせ言っても聞かないだろうから、勝手にしろとのことらしい。
「陽動は俺たちでやるんですから、あなたが心配することは何もないと思いますが」
空を見る大斗の目は、冷ややかだ。前髪に隠れた空の目の光が鋭くなったが、彼は何も言わず、視線だけで天駆領主に最終決定を求めた。
「血の気の多い奴らだ」
希理はふうと息を吐いた。
「陽動は最終手段だ。今までは、舞手が決まっていなかったから、誰が舞手をやるかでもめて内乱状態になってしまったんだ。だが、舞手は決まった。それを伝えれば、もしかしたら皆矛を収めてくれるかもしれん。
幸い、この内乱は始まって日が浅い。確かに由々(ゆゆ)しき事件は起こっているが、表立った抗争も死者もない。
何とか諦めてくれればいいんだがな……。
逆に、中州の姫君を殺してやろうとする過激な連中が出てくる危険性もあるが……。一致団結されるとさすがにまずいな。
まぁ、とにかく」
希理は大きな手をぽんと打ち合わせた。
「俺はすぐに龍頭天駆に戻って、その報告と説得をしてみよう。それで聞き入れてもらえなければ、やはり陽動がいるな。その時は頼む」
希理は大きな体を折って頭を下げた。
そして、ゆっくりと頭を上げた後、続ける。
「陽動には俺も参加する。陽動をするにしろしないにしろ、空に中州の姫君を聖地まで案内してもらう。中州の老主人様はこちらに残られるのがよいでしょう。内乱が終わっても、少しの間は様々な整理で混乱しますので。
寺にはたまに人をよこします。湯治にいらっしゃったということですが、西にある湯治場へ案内できるのは、正月過ぎになるでしょう。こちらの不手際で……、申し訳ありません」
「構わぬ、構わぬ」
再び頭を下げる希理に、舞行は手と首を振った。
「その分白師と多く語り合えるというもんじゃ。旧友と話すのは、湯治よりもええ治療になるけのぉ。孫たちと離れるんは、ちと寂しいが……」
「孫娘様はわたしが責任を持って無事帰しましょう」
空が与羽の後ろに移動しながら言った。そっと彼女の肩に手を置こうとしたが、「気安く触らんで」とあっという間に払われる。
「こいつらのこともご安心ください」
希理も大斗と辰海の首に腕を回して、豪快に笑んだ。大斗がこの上なく不快げな顔をしているが、気にするそぶりはない。
「頼もしいのぉ」
「全くじゃ。若いのはええ」
「本当にのぉ」
その様子を見て、老爺二人はしみじみと言ったのだった。