三章一節 - 寺子屋
龍頭天駆は北に開けた扇状地だ。
南には龍の体にたとえられる山脈が伸び、日を遮る。
水が地下を流れているため、扇状地の下端にある湧水帯まで水を汲みに行かなくてはならない。しかし一度、上流で大雨が降れば普段水のない川は濁流となり洪水を起こす可能性もある。
日光も水も生活になくてはならないもの。それが得にくい龍頭天駆は、過ごしにくいことこの上ない土地といえるだろう。
それでも、人々は好んでこの地に住みついた。それは、龍の額にたとえられるこの土地が、聖地の入り口として神聖視されているからにほかならない。
天駆の城は扇状地の要の部分にあり、その奥は中州と天駆の龍神信仰の聖地となっている。
正月の舞を頼まれた与羽は、そこに向かわなくてはならない。
天駆領主希理に先導される与羽は、龍頭天駆をまっすぐ突っ切って聖地に入るものと思っていたが、希理は龍頭天駆に入る手前で馬を止めた。
そこにあるのは、立派な漆喰壁に囲まれた屋敷。龍頭天駆の混乱に巻き込まれないようにするためか、昼であるにもかかわらず門をしっかり閉ざしてしまっている。
「おお、ここは――」
舞行が呟いたので、与羽は乱れた前髪を左の額に撫で付けながら舞行の乗る馬を振り返った。
「どしたん? じいちゃん」
「白師のおる寺じゃ」
その顔のうれしそうなこと、何十歳も若返って見える。
「寺?」
龍神信仰をしている天駆に寺とは珍しい。他の国からやってきた人や旅人のためのものだろうか。中州にも主に街道沿いに寺がある。
それらの寺は宗教的な行事はほとんど行わず、もっぱら旅人を泊める役割を担っていた。
中州の寺には、与羽も子ども時代に何度か侵入し、大きな鐘を叩いて遊ばせてもらった記憶がある。
「聖地に入るにしても、少し準備をしなくてはな。中州の姫君を危険な目にはあわせられない」
馬から下りた希理は、寺の門扉に手を当てた。閂はかかっていなかったのだろう、少し力を入れただけでゆっくり開く。
石畳の参道と、立派な瓦屋根を持つ本堂。参道の右手には鐘楼があった。
「ここにお邪魔させていただこう」
そう言って奥へと進む希理に、同じように馬から下りた一行が続いた。




