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女優には向いていない

作者: みぎねこ



 どうしよう


 わからない


 わからない


 何をすれば好感度が上がるの?

 何をすれば好感度が下がるの?


 私は念願の彼との初デートで動けなくなってしまった。






 事の発端は高校の入学式の前日。

 急に訪れた、ひどい頭痛に倒れた私は、前世の記憶を思い出した。

 そうして知ったのだ、今私が生きているこの世界は、前世の私がはまりにはまって遊んでいた乙女ゲーの世界だと。

 私は、その乙女ゲーの主人公になってしまったのだと。


 乙女ゲーの世界に転生。


 そんな馬鹿なことがあるものか。

 きっと私が作り上げた妄想に違いない、と思いたかったが、次の日の入学式で乙女ゲーに出てきてたキャラクター達が勢ぞろいしているのを見て、私はそれが現実だと認めた。


 俺様な生徒会長。

 いつも笑顔を張り付けて、一見爽やかだが腹黒い副会長。

 見分けがつかないほどそっくりな双子の書記。

 一見ちゃらく見える会計。

 クールで寡黙、女嫌いな風紀委員長。



 どれもこれも、前世遊んでいた乙女ゲーに出てきた登場人物たちだ。



 前世でお気に入りだったキャラクターの彼を見つけて、私の胸はときめいた。

 彼は本当に大好きなキャラで、ゲームでは何度も彼とのエンディングを迎えるルートを遊び、彼のプロフィールは細かいところまで暗記している。さらに、彼のグッズは買いあさり、キャラクターソングは繰り返し繰り返し聴いていた。


 高鳴る胸を抑えながら私は思った。

 これはチャンスだ。

 前世の記憶を持ったヒロインの私なら彼と恋人になることができる。

 地味で平凡でこれと言って特技もなく、冴えない女の子の私だが、ヒロインだから大丈夫に違いない。


 彼とのエンディングを目指して私は一つ一つのイベントをじっくりと思い出し、次々と彼の私への好感度を上げていった。


 まるで本当にゲームをしているかのような日々はあっという間に過ぎ、私と彼は文化祭の日に晴れて恋人となり、キャンプファイヤーで一緒にダンスを踊った。……前世で遊んでいたゲームはこのキャンプファイヤーのダンスが最後のイベントで物語は終わりエンディングを迎える。


 夢のような幸せな時間だった。



 けれど、私の生きている現実はゲームではない。

 だから、最後のイベントのその後も人生は続いていく。

 そんな当たり前のことを私は分かっていなかった。






 彼と恋人になってから初めての休日。

 私達は初デートに遊園地へと来ていた。


 「どこから行こう? 何か乗りたいものあるか? 」

 彼の何げない言葉。それで私は動けなくなった。


 どうしよう


 わからない


 わからない


 何をすれば好感度が上がるの?


 何をすれば好感度が下がるの?


 今までは知っていた。

 どの選択をすれば彼の好感度が上がり、下がるか。

 どんなルートに入って、どんなイベントが待っているのか。

 けれど、今は分からない。

 ゲームの物語の終わった後なんて、何を選択すればいいのかわからない。



 「美奈子? どうした? 」

 彼は急に立ち止った私を不思議そうに見ながら私の名を呼んだ。


 「えっと……」


 早く答えなければと口を開くけれど、考えれば考えるほど言葉にならない。

 掌にじっとりと嫌な汗が滲んできた。


 「美奈子? 」

 「っ!……先輩は何に乗りたいですか? 」


 私の苦し紛れの回答に彼が笑顔を見せる。

 ああよかった、この選択は間違っていなかったみたいだ。

 「そうだな、ジェットコースターがいいかな。あそこにある一回転するやつ」

 彼の指差す先には、人々の叫び声とともにものすごいスピードで走っているジェットコースターがあった。

 「うっ」

 言葉を詰まらせた私に、彼が首をかしげる。

 「ん? どうした? 」

 「いえ、なんでもないです」

 「絶叫マシン系苦手か? 」

 「いえいえいえ、大丈夫です! さ、さあ行きましょ! 」

 絶叫マシンは苦手だ。さらに高いところも苦手なので、本当はジェットコースターには乗りたくない。

 けれど、ジェットコースターに乗ることを拒んで彼の好感度を下げたくない。

 私は無理をして笑顔を作った。


 その後のデートは散々だった。

 私は何をするにも動きが止まり、言葉が詰まる。

 デートの途中から、彼が難しい顔をするようになった。

 どこかイライラしているようにも見える。


 彼に嫌われたくない。


 そう思えば思うほど、私の舌はもたつき言葉を発せず、足は立ち止まり、目はきょろきょろとあちこち泳ぐ。

 帰るころには二人の間には重い空気が流れていた。




 家に帰って私は泣いた。


 彼と結ばれるゲームのヒロインは、地味な見た目だけれど前向きで明るく元気いっぱいの女の子。

 いつでも本音でぶつかって、表裏がなく素直な気持ちを口にできる子。


 本当の私はどちらかと言えばマイナス思考の根暗な性格。

 自分の本心を出して人に嫌われるのが怖く、人の顔色をうかがい、必死に空気を読もうとして、結局口ごもって何も言えなくなってしまう。


 彼と恋人になるために大胆に行動できたのだって、どんな事をすれば彼の好感度が上がって、どんな事をすれば彼の好感度が下がるか知っていたからだ。

 私は彼の前で自分を偽ってきた。

 その偽りの自分さえ、ゲームの主人公の行動をそっくりそのまま真似ただけで、自分で考えたものではない。


 彼に嫌われないためにはゲームのヒロインのような行動をとらなけらばならない。

 けれど、何をしたら正解なのだろう?

 私の行動、言葉一つで好感度が下がってしまい彼に嫌われるんじゃないかと思うと、怖くて何もできない。






 暗いデートから10日後、私は放課後、彼に生徒会準備室へと引っ張り込まれた。

 この準備室は雑多なものが詰め込まれている狭い部屋で、生徒会室の奥に扉があるため一般の生徒はまず入ってこないし、生徒会メンバーも滅多な事では足を踏み入れない場所だ。


 「どういうつもり? 」

 彼は冷たい視線で私を睨みつけた。

 「俺の事避けてるよね? 俺が生徒会の仕事があるから一緒に帰れないのはしょうがないとしても、今までは待ってくれてたよね? それに、よく廊下でもすれ違っていたのにそれすらない」

 彼と一緒に帰らないのはどこまで近づいていいか分からないからだ。

 べたべたして嫌われたらどうしようと考えると、ついつい家へと逃げ帰ってしまう。

 廊下で会わなくなったのは、ゲームのおかげで彼と会うイベントが発生していたからで、そのイベントが終わったために生徒会近くの廊下や彼のクラスの近くの廊下に足を運ぶことをしなくなった。

 学年の違う私たちは普通に生活していたら、そうそう廊下ですれ違うことはない。

 「付き合いだしてからずっと挙動不審だし、おどおどして煮え切らない態度ばかり」

 どうしよう。このままでは嫌われちゃう。

 「ちゃんと説明してくれる? 」

 彼の目が怖くて、私は視線を足元へと落した。

 「あの……そのっ……えっと」

 なんて答えればいいのだろう。

 なんて答えれば嫌われないのだろう。


 「はぁ~」

 言葉が出ない私に彼は溜息をつき、扉の方へと一歩踏み出した。

 とっさに私は彼の腕をつかむ。

 このまま彼が出ていくと、私たちの関係はきっと全て壊れてしまう。

 「何?」

 静かな彼の声に、鼻の奥がツーンとして、視界がジワリとゆがんだ。


 「……嫌われるのが怖いんです」


 「は? 何それ? 」

 やっと絞り出した震える声への彼の返答の声はとても冷え冷えとしたものだった。

 その声を聞き、私は今までの事を吐きだした。

 「ごめんなさい……私、先輩の前では明るく振舞ってたし、前向きな性格のように見せかけていたけれど、本当は違うんです。考え方も後ろ向きだし、根暗だし、先輩に好かれたくて嘘の自分を作ってたんです」

 私の瞳からはぼろぼろと涙が流れ落ちる。

 「それに、先輩が甘いもの好きだから、趣味はお菓子作りっていって差し入れとかしたけど、私本当は甘いもの苦手だし、コーヒーは苦いし。先輩に差し入れしたお菓子が人生で初めて作ったお菓子だったし、先輩の好きなクラシックの曲もたくさん聴いてみたけど楽器の違いとか、演奏者の違いでの良し悪しとか分からないし」

 鼻をぐずぐずいわせながら泣く私の顔はきっと酷いものになっているだろう。

 「恋人になった後はどうすれば好かれてどうすれば嫌われるのか分からないんです。嫌われたくないけれど、私の言動で嫌われるんじゃないかと思うと怖くて」

 「それで俺から離れたの? 何のために恋人になったと思ってるんだよ。馬鹿じゃないか? 」

 「ごめんなさい」

 「なんでそんなに俺のこと知ってたんだよ」

 「調べたから……」

 前世では攻略情報や設定資料集で彼のことは全部チェック済みだ。

 「ストーカーかよ」

 「ごめんなさい」

 「泣くなよ、不細工な顔が余計不細工になる」

 「ごめんなさい」

 「馬鹿でブスでストカーかよ。ほんとっ最悪だな」

 「ごめんなさい」

 ひたすら謝罪する私に、彼は大きなため息をついた。


 「……俺の知ってる美奈子だったら”馬鹿じゃないしブスもないもん。頭も顔も普通だもん”ってくらい言い返しそうなんだが」

 「ごめんなさい」

 「……」

 「……」

 嫌な沈黙が彼と私の間に流れた。


 「全部演技だったわけ? 」

 「……はい」

 「俺と一緒に楽しそうに弁当食べてたのも、俺の嫌味に笑いながら答えたのも、文化祭で嬉しそうにはしゃいでたのも全部?」

 「はい……たぶん」

 「あぁ? たぶんって何だよ、たぶんって! 」

 彼の荒い言葉に、私はびくりと震えた。

 「あ……えっと……」

 「はっきりしろよ!」

 もたつく私にイライラした彼の声が刺さる。

 「い、いろいろ意識して話したりしてたけどっ、細かいところまで全部演技だったかって言われるとよくわからないです」

 一緒にお弁当を食べたときに楽しかったのは本当だけれど、その場で一生懸命おおげさに楽しい楽しいという雰囲気を作って、いつもの自分より明るく見せかけたし、嫌味に笑いながら答えられたのはゲームのおかげでそれが照れ隠しだとわかっていたからで、もし何も知らずに言われていたらきっと何も言えずに逃げたしていただろう。

 文化祭で嬉しくてはしゃいでいたけれど、それはその日に恋人になれるとわかっていたからで、クライマックスに向かってテンションが上がっていたからだ。

 でも、そのすべて全部が全部演技だったかと言われればよくわからない。


 「まあ、分かったよ。で、これからどうするの? 別れる? 付き合いだしてまだ10日だけど」

 「……」

 言葉の代わりに涙があふれ出た。

 「答えろよ」

 「うぅっ……ぜんぱいが……わがれたいっでいうのならっしょうがないです」

 泣いて鼻を鳴らしながらの私の声は聞き苦しいことこの上ない。

 「お前はどうしたいんだよ」

 「わたじは……別れたくないです! 」

 そういった後、私はわんわん泣いた。



 「お前、俺のこと好きか?」

 唐突に彼が言った。

 「だいずぎです」

 嫌われるのが怖くて動けなくなるくらい。

 「愛してる?」

 「あいじてまず」

 前世からずっとずっと。



 「だったらこのまま恋人でいよう」

 彼はそういうと、私の頬に手を伸ばし、涙をぬぐった。

 「でもっでもっ」

 「そう簡単に嫌いにならねーよ。とりあえず今目の前で泣いているブスのストーカーは嫌いじゃない」

 「本当に?」

 「お前、俺を見くびりすぎ。……いい加減泣き止め」

 「うん」

 大きくうなずいた私に彼は笑みを浮かべた。





◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 「中の様子どうだった?」

 僕は先ほどまで生徒会準備室のドアに耳を張り付けていた彼に聞いた。

 彼と僕は同じ生徒会仲間で、準備室の中にいるのもたぶん同じ生徒会仲間のあいつとその彼女だと思うのだが……

 「なんか、美奈子ちゃんが大泣きしてる。別れたくないって」

 「え? 別れたくない? あいつ別れたがってるの?」

 予想外の言葉に僕は驚いた。

 彼らはつい数日前に恋人同士になったばかりのはずだ。

 「いや、あいつは別れるつもり無いようだ」

 「じゃあ、なんで別れるって話になってるの?」

 「美奈子ちゃんが、実は今までの自分は演技で嘘だったって暴露してた」

 「……」

 「……」

 僕たちの間に何とも言えない空気が流れた。

 「美奈子ちゃん、あれ、本気でばれてないって思ってたんだね」

 「端から見てバレバレだったよな……」

 「むしろ、”いつもは引っ込み思案な私が好きな人の前では頑張っちゃう”っていう演技してるの?って怪しむくらい、素の美奈子ちゃんをみんな分かってたよね?」

 「ここで発言したら、あいつが話に乗ってくれるかもって時だけ見極めて、はきはき話してたけど、それ以外は基本静かだったし」

 「たまに言葉が台本を読んでるみたいに棒読みだったこともあるよね」

 「まあ、演技してても地が見えるっつーか、お粗末すぎてかえってほほえましかった」

 「なんか、表情とか仕草に感情が全部出ちゃってておバカな感じと、ひたすらあいつが好きってのがわかってたから、演技してても、”あーはいはい、頑張ってるね”って感じでみんな流してたんだよね」

 美奈子ちゃん……準備室で大泣きしているらしい彼女は今年入学した僕たちの後輩で、縁あって生徒会メンバーとかかわることが多かった。

 そんな中、彼女は初めっからあいつへの好意全開で、明らかに恋をしているのがわかった。

 さらに、あいつの前でだけ態度が変わっていたのだが、その態度が変わる様子も媚を売ったり、色仕掛けしたり、恋の駆け引きをするといった感じではなく、どうやら彼女自身が理想としているであろう女性を演じているように見えた。

 どこかずれているように感じる彼女のアプローチを他の生徒会メンバーは生暖かく見ていたのだが。



 「あいつも気が付いてたよな?」

 「気が付いてたどころか、美奈子ちゃんが甘いものやコーヒー苦手なの分かっててわざわざ食べさせてにやにやしてたよ」

 「……」

 「それに、わざと美奈子ちゃんがわからないクラシックの話を振って、棒読みでそれらしいことを答えたのを見てにやにやしてたよ」

 「……あいつって美奈子ちゃん好きなんだよな?」

 「好きなんじゃない。僕が美奈子ちゃんにちょっかい出したら、すごく怒ってたし」

 「何?美奈子ちゃん好きなの?」

 「いや、ぜんぜん」

 僕は大きく首を横へと振った。

 「だよなぁ……悪い子じゃないけれど恋愛対象じゃないよな」

 「たぶんあいつさ、人から寄せられる好意に弱いよ。犬みたいにさ、打算なく、姿見かけるだけでしっぽぶんぶんふって喜びながら近づいてくるようなやつ」

 「犬か……」

 「僕もさ、あれだけわかりやすい好意を寄せられたら悪い気はしないよ……まあ、もうちょっと美少女で胸が大きけれは尚いいけど」

 「ようするに好みのやつに思いを寄せられたらうれしいってだけじゃないか」

 「美奈子ちゃんの見た目があいつの好みだったのかもね」

 「あー、なるほど」

 本当のところはどうかわからないけれど、あいつと美奈子ちゃんのカップルは見ていて和むので早く出てこないかなと僕は準備室の扉を眺めた。

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[良い点] 可愛い!! [気になる点] 思わず、続きを探してしまう [一言] ヒロインが可愛すぎて…!!(もだもだ) 続きとかないんでしょうか! というか、やっぱり、乙女ゲーをリアルでやろうとしたら無…
[一言] 逆ハーを目指さなくてよかったですね。 逆ハーだったら悲惨なことになったかも。 まあ演技がバレてるからそもそも不可能だったろうけど。
[一言] END後の話、面白かったです。 主人公ちゃんが素直に隠してたこと 泣きながら言えたことにすごく好感持てました。 私もこの子だったら友達ポジで笑顔で応援してたいっ 後に他生徒会さん視点があった…
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