逃げ
「てめぇはなっから俺らの荷物を奪うつもりだったんだろ。最低だな。」
返事からカズヒロの位置を探ろうとする。
「このゲームはそういうものだ。仕方ないだろ。」
近い。もっと距離をとらなければ……
取り敢えず会話を続ける。
「てめぇ、襲われたって嘘だろ。どうせ騙して殺したんだろ?」
言った後に、さっと後ろに後退し、いつでも次の木の影に隠れるようにした。
カズヒロは黙っていた。土が湿って居るせいか、足音が聞こえにくい。一か八かで次の木に隠れたが、ここから後ろは隠れる事ができるような木がほとんど無い。
着実に追い詰められている。
勝利は確実と見たか、急にカズヒロが饒舌に語り始めた。
「実を言うと、雪川君のいう通りだよ。食料が足りなくなるから、私が殺した。計画なく食料を食う馬鹿野郎でね、私の食料に手を出される前にさっさと殺したんだよ。
不思議と罪悪感は感じなかったなぁ。」
カズヒロがははは、と笑い声をあげた。
つまりまとめると、お前を殺すのに躊躇しないから、そこでビビって固まってろってことか。
隠れる事が出来そうな木々が密集してる坂までのルートを、目の端で確認しながら話す。
「ホントは罪悪感で精神ズタボロなんじゃねぇーの?
罪悪感で眠れなかったとか。あんた、見た目フラフラだぜ。」
言うと同時に、カズヒロと俺とを木々が遮るルートを選び、斜め前の木々が密集している部分まで駆ける。
鞭が打たれるような音が左側の木々から聞こえた。いくつかは木々をすり抜けて、俺のシャツを引き裂いた。
あと少し……あと少しだ……!
木の影にやっとのことで入れた。
所々擦り傷があるが体した事は無い。問題は体の震えだ。
死という物がすぐそこにある。考えないようにしても浮かんでくる。耐えようにも耐えられない恐怖というものが、まるで波のように押し寄せて来る。一つでもミスしたら死んでしまう。
狩猟者とウサギ。有能と無能。食う食われるの圧倒的な差がそこにはあった。
事実俺は機会を伺うふりをして、ずっと逃げている。今だって、今までだってそうだ。惨めに逃げて、逃げる言い訳を探している。
ユウ……ユウと出会ってから自分の本当の無能さというものを知った。
頭の良さとか、技術というものではない。真摯に物事に立ち向かうその逃げない心持ち。生きようとする気概。圧倒的に自分は負けていた。
何時でも立ち向かう事は出来る。
でも何時でも立ち向かえる事ができたのに、今まで立ち向かっていなかった。部活でも、勉強でも。
確かに今は命が掛かってる。今は逃げて、生き残ってからいろんな事に立ち向かう、という事も出来るだろう。実際それが現実的だろう。
でも今はそれが酷く間違っているように思われた。
ここで逃げたら、これからも俺は一生逃げ続けるだろうという確信。
____言い訳はしない。
地面に落ちてる、腐った古木を拾う。
「うおああああ!!」
叫びながら古木をデタラメな方向にに投げつける。同時に腰に巻いていた白い長袖をカズヒロの横にむかって投げ、棒を強く握って飛び出した。逃げたかと思って追いかけたのだろう、カズヒロは走った体制のまま、白い長袖に視線を見、向かってくる俺を見て驚いていた。
姿勢を低くして斬り込む。頬を軽く水が掠ったが、気にしてる暇は無い。
カズヒロの右腕を叩き鈍い音がしたと思った刹那、俺の左腕から赤い水が飛び散った。構わず叩き続け、左腕が向けられようなものなら両手で掴んで木に叩きつけた。バキッという嫌な音と共に、カズヒロは崩れ落ちた。
自分の左腕を見ると、手の甲と腕にかけて筋がはいっており、みるみるうちに赤く染まっていった。銀色の腕輪はその存在を示すかのように、赤い一本の線を中断させていた。