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空から始まる2度目の青春  作者: 紺野 翼


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初めての学校


 買い物を終えて、数日。


 レンの生活に必要なものは、ほとんど揃っていた。


 服。


 靴。


 鞄。


 筆記具。


 そして、腕にはリーテル。


 何も持っていなかった頃と比べれば、随分と形になってきた。


 そして今日。


 レンはフィーリアと一緒に、学園へ向かっていた。


「今日は何するんだ?」


「手続き」


「入学の?」


「うん」


「いよいよか……」


 レンは少しだけ緊張していた。


 昨日までなら、学校に通えるかどうかすら分からなかった。


 身元も分からない。


 この世界での戸籍もない。


 それでもアーヴェルが手続きを進めてくれている。


 そして今日。


 正式に学校へ通うための準備をする。


 校門をくぐる。


 前に来たときとは、少しだけ見え方が違った。


 あのときは、ただの大きな学校だった。


 今は。


 ここが、自分の通う場所になるかもしれない。


「……広いな」


「そう?」


「いや、広いだろ」


 校舎へ向かう途中にも、生徒たちが行き交っている。


 制服姿の生徒。


 私服に近い服装の生徒。


 年齢も様々だ。


 幼少から高等まで、同じ学校の中にそれぞれの年代が存在している。


「本当に色んな年齢の人がいるんだな」


「うん」


「俺、ちゃんと馴染めるかな」


「大丈夫じゃない?」


「根拠は?」


「レンだから」


「それ、根拠になってる?」


「なってるよ」


 フィーリアは当たり前のように答える。


「……まあ、いいか」


 二人はそのまま校舎へ入る。


 案内されたのは、学校の事務を担当する窓口だった。


 アーヴェルが事前に話を通してくれていたらしく、手続き自体は思ったよりも早く進んだ。


 必要な書類を確認する。


 年齢。


 健康状態。


 これまでの教育歴。


 魔法適性。


 そして、身元に関する情報。


 レンの場合、最後の項目だけが問題だった。


「やっぱり、身元の証明が難しいんですね」


 担当者が確認する。


「はい」


 レンは素直に答える。


「記憶はあります。ただ、自分がどこで生まれたのか、この世界のどこに家族がいるのかは分かりません」


「……分かりました」


 担当者はリーテルに表示された情報を確認する。


「アーヴェルさんから事情は聞いています。特例として手続きを進めます」


「ありがとうございます」


「正式な身元については、別途調査が必要になります」


「分かりました」


 いくつかの確認を終える。


 最後に、仮の身分情報が登録された。


「これで最低限の生活上の手続きは可能になります」


「……本当に?」


「はい」


 レンは思わず息を吐いた。


 これで。


 この世界で暮らすための最初の壁を、一つ越えた。


「学校については、明日から登校できます」


「明日……」


 レンの目が少し開く。


「はい。高等一年のクラスに入ってもらいます」


「分かりました」


「授業については、最初のうちは分からないことも多いと思います。担当の教員にも事情は伝えてありますので、何かあれば相談してください」


「ありがとうございます」


 手続きが終わる。


 窓口を離れたレンは、しばらく何も言わなかった。


「……どうしたの?」


 フィーリアが尋ねる。


「いや」


 レンは校舎を見上げる。


「明日から、本当に学校に行くんだなって」


「うん」


「なんか変な感じだ」


「嫌?」


「逆」


 レンは笑う。


「楽しみだ」


 フィーリアはレンを見る。


「学校、そんなに楽しみ?」


「ああ」


「何がしたいの?」


「何がって……」


 レンは少し考える。


「勉強したり」


「うん」


「友達作ったり」


「うん」


「放課後に遊びに行ったり」


「……遊ぶの?」


「学校ってそういうもんだろ」


「そうなの?」


「そうだよ」


 フィーリアは少し考え込む。


「……知らなかった」


「そこからかよ」


「学校に通ってはいるけど、そういうことはあまり考えたことないから」


「じゃあ、これからやってみればいい」


「これから?」


「ああ」


 レンは前を向く。


「せっかく同じ学校なんだからさ」


 フィーリアは少しだけ目を細めた。


「……そうだね」


 二人は校舎を出る。


 外へ出ると、昼の光が差し込んでいた。


 レンは校門の前で立ち止まる。


 明日。


 ここを、今度は生徒としてくぐる。


 そう考えると、胸の奥が少しだけ騒がしくなった。


 元の世界では、学校を卒業してから長い時間が経っていた。


 もう一度、制服を着て。


 教室に入って。


 授業を受ける。


 それだけのことが、今のレンには妙に新鮮だった。


「明日、遅れないでね」


「俺、そんなに信用ない?」


「昨日、買い物の時間を間違えてた」


「あれは……」


「あとリーテルの設定にも時間かかってた」


「初めてなんだから仕方ないだろ」


「そうだね」


 フィーリアが小さく笑う。


「じゃあ、帰ろう」


「ああ」


 二人は並んで歩き出した。


 向かう先は、フィーリアの家。


 レンがこの世界に来てから、しばらく世話になっている場所だ。


 広く、静かな家。


 レンにとってはありがたい場所だった。


 けれど――。


 その日の夕方。


「レン」


 食事を終えたレンに、アーヴェルが声をかけた。


「少し話がある」


「はい」


 レンが席に着く。


 アーヴェルは向かいに座った。


「明日から学校が始まるな」


「はい」


「それに合わせて、君の住居を用意することにした」


「……住居?」


「ああ」


 レンは思わず聞き返した。


「俺の?」


「そうだ」


「でも、俺はここで十分……」


「フィーリア」


 アーヴェルが娘を見る。


「何?」


「この家は広い」


「うん」


「そして静かすぎる」


 フィーリアは首を傾げる。


「そう?」


「そうだ」


 アーヴェルはレンへ視線を戻す。


「君がここで暮らすこと自体に問題があるわけではない」


「はい」


「ただ、君はこれから学校へ通う。自分の生活を自分で作っていく必要もある」


 レンは黙って聞いていた。


「それに――」


 アーヴェルは少し間を置く。


「君の素性については、まだ分からないことが多い」


「……はい」


「だからこそ、フィーリアと君との間にも、ある程度の距離は必要だと考えている」


 レンは少し驚いた。


 アーヴェルの言っていることは理解できる。


 フィーリアも同じ年頃だ。


 いくら事情があるとはいえ、素性の分からない少年を家に住まわせ続けることを、父親として無条件に良しとする理由はない。


「もちろん、困ったことがあればいつでも頼ってくれていい」


「……ありがとうございます」


「学校にも近い場所を選んである。生活に必要な最低限のものも揃えておく」


「そこまでしてもらっていいんですか?」


「君がこの世界で生活を始めるために必要なことだ」


 アーヴェルは淡々と答える。


「それに」


 少しだけ表情を緩める。


「いつまでも何も持たないまま、人の家に居候というのも落ち着かないだろう」


「……まあ、それは」


 レンは苦笑した。


 確かに。


 ここ数日はフィーリアの家で世話になっていた。


 ありがたい。


 本当にありがたい。


 でも、自分の部屋があるわけではない。


 自分の生活があるわけでもない。


 それを考えると。


「……自分の場所、か」


「そうだ」


 アーヴェルが頷く。


「明日から学校が始まる。なら、君自身の生活も始めたほうがいい」


 レンは少し考えた。


 そして。


「分かりました」


 頷いた。


「ありがとうございます」


「礼を言う必要はない」


「いや、言わせてください」


 レンは笑う。


「俺、この世界で何も分からないことばかりなので」


「……そうだったな」


 アーヴェルも小さく笑った。


「なら、分からないことはこれから覚えていけばいい」


 レンはその言葉を聞き、少しだけ肩の力を抜いた。


 明日から学校。


 そして。


 自分の生活も始まる。


 新しい服。


 新しい鞄。


 新しいリーテル。


 そして、新しい住まい。


 少しずつ。


 この世界での「自分」が形になっていく。


 レンは窓の外を見る。


 夜の学園都市には、無数の光が灯っていた。


 明日は、その街へ。


 今度は学生として歩いていく。

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