いつもの日常
翌朝。
レンはいつも通り学校へ向かっていた。
昨日の出来事が嘘だったように、街は動いている。
魔導車が走り。
学生たちが歩き。
店も開いている。
ただ、東側へ向かう道路の一部には、まだ規制が残っていた。
「……昨日のこと、本当にあったんだよな」
そう呟きながら、レンは学校へ向かった。
* * *
教室に入る。
「おはよう」
「おはよう」
アルトとユナが声をかけてくる。
「フィーリアは?」
レンが聞く。
「まだ来てないよ」
ユナが答える。
「昨日のこともあるし、今日は休みじゃない?」
「……そっか」
レンは席につく。
しばらくして。
リーテルが小さく振動した。
「……ん?」
画面を見る。
アーヴェルからの連絡だった。
『フィーリアは今日と明日は学校を休ませることにした。身体の状態を確認して、明後日からはまた通学させる予定だ』
「……明後日か」
レンは少し安心する。
少なくとも、すぐにどうこうなるような状態ではないらしい。
画面を閉じる。
「フィーリア、どうだった?」
ユナが聞く。
「今日と明日は休ませるって。明後日からは学校に来るみたいだ」
「そっか」
ユナがほっとしたように息を吐く。
「よかった」
「うん」
そのとき。
「……あ」
ミレイが窓の外を見ていた。
「どうした?」
レンが聞く。
「……今は」
ミレイは少しだけ目を閉じる。
「……空気?的には、安定してきている…と思う」
「魔素?」
「……うん」
ミレイは自信なさそうに頷く。
「昨日よりは……普通」
「そっか」
レンも窓の外を見る。
確かに、昨日のような異常を感じさせるものはない。
「じゃあ、少し安心だな」
「……たぶん」
ミレイは小さく答えた。
やがてチャイムが鳴る。
教師が教室へ入ってくる。
「席について」
生徒たちが席へ戻る。
教師は教壇に立つと、少しだけ表情を引き締めた。
「授業を始める前に、一つ伝えておく」
教室が静かになる。
「知っている人もいると思うが、昨日、東部のエネルギー施設で爆発事故が発生した」
何人かの生徒が顔を見合わせる。
「現在、詳しい原因については調査中だ。幸い、都市全体への影響は限定的だったが、一時的に魔素供給が不安定になるなどの影響も出ている」
レンは黙って聞いていた。
「事件や事故は、いつ起こるか分からない」
教師が教室を見渡す。
「皆も外出時だけでなく、通学時であっても気を抜かないように。特に今回のように、普段利用している場所で何か起きる可能性もある」
「はい」
何人かの生徒が返事をする。
「以上だ。では、授業の準備をしておくように」
教師が黒板へ向かう。
教室の空気が少しずつ戻っていく。
昨日の爆発。
魔素供給の停止。
フィーリアが倒れたこと。
レンの頭には、まだ残っている。
けれど。
学校は今日も始まる。
それから十分ほどの休憩を挟み。
いつものように授業が始まった。
* * *
昼休み。
レンたちはいつもの席に集まっていた。
「昨日のこと、ニュースでも結構やってたね」
ユナが言う。
「うん」
レンが答える。
「でも、原因はまだ分からないみたい」
「施設の事故って、怖いな」
アルトが言う。
「普段は普通に使ってる場所なのにな」
「そうだな」
レンは頷く。
けれど、それ以上は話さなかった。
フィーリアがいない。
それだけで、いつもの昼休みとは少し違って感じる。
「明日は来るかな」
ユナが聞く。
「明日も休み」
「そっか」
「明後日からは来るって」
「じゃあ、そのときに昨日の分まで話そう」
アルトが笑う。
「何の話だよ」
「色々だよ」
「雑だな」
レンも少し笑った。
* * *
放課後。
授業が終わり、生徒たちが次々と教室を出ていく。
「じゃあ、帰ろうぜ」
アルトが鞄を背負う。
「うん」
四人ではない。
フィーリアがいない。
そのことに、レンは少しだけ違和感を覚えた。
いつもなら、学校を出てから何か話しながら帰る。
今日は三人だ。
「明後日には戻ってくるんだよな」
アルトが言う。
「うん」
レンが答える。
「アーヴェルさんが、明後日からは通学させるって」
「じゃあ、明日はもう一日休みか」
「そう」
ユナが少し考える。
「フィーリア、退屈してそう」
「たぶん」
レンは笑う。
「本でも持っていこうかな」
「いいんじゃない?」
「じゃあ明日、学校終わったら寄ってみるか」
「私も行く」
ユナが言う。
「俺も」
アルトも続く。
「じゃあ三人で行くか」
レンが頷く。
そんな話をしながら歩いていると。
ふと、レンは足を止めた。
「……ん?」
「どうした?」
アルトが振り返る。
レンは東の空を見る。
昨日、爆発が起きた方向。
今日は何もない。
煙もない。
空はいつも通り青く、夕方の光に染まり始めている。
「……昨日のこと」
「まだ気になる?」
ユナが聞く。
「まあな」
レンは東の空を見たまま答える。
「昨日まで、あんなことが起きるなんて思ってなかったから」
「そりゃそうだよ」
アルトが言う。
「普通に学校行って、普通に遊んでただけだしな」
「うん」
レンは小さく頷く。
街は戻りつつある。
学校も、いつも通り。
人も、いつも通り歩いている。
それでも。
「……何だったんだろうな」
昨日の爆発が起きた場所を見る。
答えは、まだ分からない。
ただ。
今日も何事もなく一日が終わった。
「帰ろうぜ」
アルトが言う。
「ああ」
レンは東の空から視線を戻した。
三人で歩き出す。
夕暮れの街に、いつもの生活が戻っている。
昨日、大きな異変が起きたことさえ。
少しずつ、日常の中へ埋もれていくように。




