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空から始まる2度目の青春  作者: 紺野 翼


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詠唱の形


 翌朝。


 レンは教室の席で、リーテルに表示したメモを眺めていた。


『対象』

『性質』

『方向』


「……うーん」


 昨日の丘で試した魔法を思い返す。


 術式そのものは問題なかった。


 『アネム』も正常に起動した。


 けれど。


「詠唱が雑だったんだよな……」


「何が?」


 隣から声がした。


 顔を上げる。


「アルト」


「朝から何してんだ?」


「昨日の魔法のこと考えてた」


「ああ」


 アルトが少しだけ髪を触る。


「俺の髪をぐちゃぐちゃにしたやつな」


「……まだ言うのか」


「忘れるわけないだろ」


 そこへユナがやってきた。


「何の話?」


「昨日の風」


「ああ」


 ユナが笑う。


「面白かったね」


「俺は全然面白くなかったけどな」


「でも、ちゃんと前に飛ばせてたよ」


「途中まではな」


 アルトが言う。


「そのあと俺に飛んできたけど」


「だから悪かったって」


 レンは苦笑する。


 フィーリアも席へやってきた。


「おはよう」


「おはよう」


「昨日の魔法、どうだった?」


「少し分かった気がする」


「何が?」


 フィーリアが聞く。


「詠唱」


 レンはリーテルの画面を見せる。


「こうやって、何をするか整理したほうが制御しやすいみたいなんだ」


「対象と、どうするかと、どこへ?」


「そう。まだ仮だけど」


 アルトが画面を覗き込む。


「難しいこと考えてんな」


「そうか?」


「俺なら勢いで使う」


「それで昨日みたいになるんだよ」


「俺じゃねえだろ!」


 ユナが笑う。


「レンもアルトも、魔法の使い方が極端なんだよ」


「俺まで?」


 四人で笑っていると、チャイムが鳴った。


「席について」


 教師が教室へ入ってくる。


 レンもリーテルを閉じた。


 * * *


 午前の授業が終わり、午後。


 魔法の授業が始まった。


「今日は詠唱について少し話をする」


 教師が黒板に文字を書く。


『詠唱』


「魔法を使う際、術式へ指示を与えるために使われる言葉だ」


 レンは顔を上げた。


「詠唱は長ければいいというものではない」


 黒板にいくつかの例が書かれる。


「必要な情報が不足すれば、術式は不安定になる。逆に、不要な情報を増やしすぎれば、術者の負担が大きくなる」


「なるほど……」


 レンは小さく呟く。


「重要なのは、必要な情報を正確に伝えることだ」


 その言葉が妙に引っかかった。


(やっぱり、そういうことか)


 昨日、自分が感じた違和感。


 短くすればいいわけではない。


 長くすれば強くなるわけでもない。


 必要な指示だけを、正確に組み込む。


 レンはノートに簡単なメモを取った。


『対象』

『操作』

『方向』


「……これなら整理しやすい」


 授業が終わる。


 そのまま実習へ移ることになった。


 * * *


 実習場。


 今日の課題は、基礎的な風魔法だった。


「指定された範囲へ、一定の風を発生させること」


 教師の説明を聞き、生徒たちがそれぞれの場所へ移動する。


 レンも魔法陣の前に立つ。


「……昨日より、ちゃんとやってみるか」


 風を意識する。


 魔素の流れ。


 術式。


 そして、詠唱。


 レンは一度息を吸った。


「風よ、流れを束ね、前へ――『アネム』」


 魔法が発動する。


 風が前方へ流れていく。


「……!」


 昨日とは違う。


 狙った方向へ、きれいに流れている。


「できた」


 レンはそのまま出力を維持する。


 強すぎない。


 弱すぎない。


 指定された範囲の中で、風が安定して流れ続ける。


「……終了」


 教師の声が響く。


 レンは魔法を止めた。


「……よし」


 思わず小さく拳を握る。


「レン」


 教師が近づいてくる。


「昨日より安定しているな」


「ありがとうございます」


「詠唱を変えたのか?」


「少しだけ」


「なるほど」


 教師は魔法陣を見る。


「短い詠唱だが、必要な指示は入っている。こういう組み立て方も悪くない」


「ありがとうございます」


 教師が離れていく。


 レンは自分の手を見る。


 昨日より、少しだけ思い通りに動かせた。


 それだけなのに。


 嬉しかった。


 * * *


 放課後。


 四人で学校を出る。


「今日の実習、どうだった?」


 ユナが聞く。


「少し上手くできた」


「昨日より?」


「うん」


「じゃあ、もうアルトの髪をぐちゃぐちゃにしなくて済むね」


「そうだな」


 アルトが言う。


「それは助かる」


「まだ信用してないだろ」


「当然だろ」


「ひどいな」


 フィーリアが小さく笑った。


「でも、上手になってた」


「ありがとう」


 四人は商業区へ向かって歩く。


 途中でアルトが立ち止まった。


「そういえば」


「ん?」


「昨日の風、もう一回やってみてくれよ」


「今?」


「うん」


「人いるけど」


「じゃあ、少しだけ」


 レンは周囲を見る。


 幸い、広い歩道の端には人の少ない場所があった。


「じゃあ……」


 レンは手を前へ向ける。


 昨日よりも、少しだけ慎重に。


「風よ、流れを束ね、前へ――『アネム』」


 風が生まれる。


 今度は、狙った方向へ静かに流れた。


「おお」


 アルトが感心する。


「ちゃんと制御できてるじゃん」


「うん」


 レンも少し嬉しそうに笑う。


「もう一つ、試していい?」


「何するの?」


「少しだけ変えてみる」


 レンは風の流れを見る。


 今度は、前へ進むだけではなく。


 手元へ集めたい。


 けれど、強くしすぎたくない。


「……」


 少し考える。


「風よ、流れを束ね、手元へ集え――『アネム』」


 風がレンの手のひらへ集まる。


 ほんの小さな風。


 けれど。


「……できた」


 レンは目を見開いた。


「すごい」


 ユナが言う。


「昨日より細かくできてる」


 フィーリアも頷く。


「うん」


 アルトが笑う。


「じゃあ、もう俺の髪は安全だな」


「たぶん」


「またそれかよ!」


 四人の笑い声が商業区に響いた。


 レンは手のひらに残った風を感じながら、少しだけ笑う。


 大きな魔法ではない。


 誰かを驚かせるほどのものでもない。


 それでも。


 自分が考えた通りに、魔法が動いた。


 それだけで十分だった。


「……少しずつでいいな」


 レンはそう呟いて、三人と一緒に歩き出した。


 今日もまた。


 学校が終わって、友達と笑って、少しだけ新しいことができた。


 そんな一日だった。

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