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空から始まる2度目の青春  作者: 紺野 翼


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走る理由


 放課後。


 学校を出たレンたちは、いつものように四人で商業区へ向かっていた。


「今日、ちょっと寄ってかない?」


 ユナが言う。


「どこ?」


「喫茶店。ちょっと休みたい」


「俺も賛成」


 アルトが手を上げる。


「レンは?」


「いいよ」


「フィーリアは?」


「うん」


 四人は学校と住宅区の間にある商業区へ向かった。


 この辺りは、学校帰りの学生も多い。


 レンたちの学校だけではない。


 商業区を挟んだ向こう側にも別の学校があり、そちらの生徒たちもよくこの辺りを利用しているらしい。


 特に今は文化・競技祭に向けた準備もあり、あちらこちらで学生や関係者の姿が見られる。


「結構、人いるな」


「放課後だからね」


 ユナが答える。


 喫茶店に入ると、店内にも制服姿の学生が何人かいた。


 見覚えのない制服もある。


「向こうの学校の生徒もいるね」


 フィーリアが言う。


「へえ」


 レンは少しだけ周囲を見る。


 違う学校の生徒が同じ店で話している。


 それだけの光景なのに、妙に新鮮だった。


 四人で席につき、それぞれ飲み物を注文する。


「今日は何にする?」


「俺、紅茶」


「私はコーヒー」


「私は……これ」


 フィーリアがメニューを指差す。


「それ甘いやつじゃん」


 ユナが笑う。


「好きだから」


「そうだったね」


 レンは二人のやり取りを眺めながら笑った。


 しばらく学校の話をしていると、アルトがふと思い出したように言った。


「そういや、俺のマギアの件だけど」


「うん」


 レンが聞く。


「やっぱり祭りには間に合わないって」


「……そっか」


 ユナの表情が曇る。


「怪我は大したことないんだけどな」


 アルトは腕を軽く動かす。


「マギアの調査と修理、それから安全確認。原因が分からない以上、再登録と使用許可の取り直しも必要らしい」


「時間が足りないんだ」


「そういうこと」


 アルトは苦笑する。


「まあ、仕方ない」


「悔しくないの?」


「そりゃ悔しいよ」


 少し間を置いて。


「でも、危ないまま走るわけにもいかないだろ」


「……そうだね」


 レンも頷いた。


 その後もしばらく話をして。


 夕方。


 四人は店を出た。


「結構ゆっくりしたな」


「たまにはいいでしょ」


 ユナが伸びをする。


「帰ったら何する?」


「俺はゲーム」


「また?」


「いいだろ」


 そんな話をしながら歩いていると。


「――あれ?」


 後ろから声がした。


 レンたちが振り返る。


 そこにいたのは。


「……エリオ」


 アルトの表情が変わった。


 エリオと、その後ろにいる二人の男子生徒。


 三人とも、レンたちとは違う制服を着ている。


「久しぶりだね、アルト」


「……ああ」


 エリオが四人を見る。


「こんなところで会うなんてね」


「この辺りはお互いの学校の間だからな」


 アルトが答える。


「そうだったね」


 エリオは小さく笑った。


「それより」


 アルトを見る。


「レース、残念だったね」


「……」


「出場できなくなったんだろ?」


「そうだけど」


「せっかく楽しみにしてたのに」


 エリオは残念そうな声を出しながらも、表情には笑みが浮かんでいた。


「今年こそは、ちゃんと勝負できると思ってたんだけどなぁ」


「エリオ」


 アルトが少し低い声で呼ぶ。


「何?」


「その話はもういいだろ」


「そう?」


 エリオは肩をすくめる。


「でも、不戦勝なんて味気ないじゃないか」


「……」


「レースを楽しみにしていたのに、相手がいないんじゃつまらないよ」


 その言葉に、レンが眉を寄せた。


「……そこまで言うことはないだろ」


 エリオがレンを見る。


「君は……」


「レン」


「そうだったね」


 エリオは少し興味深そうにレンを見る。


「アルトの友達だったか」


「ああ」


「ずいぶん仲がいいみたいだね」


「それが何か?」


「いや」


 エリオは笑う。


「別に」


 そして、もう一度アルトを見る。


「まあ、仕方ないか」


「……」


「僕としては、最終日までアルトと競り合うつもりだったんだけどね」


 その一言に。


 ユナの表情が険しくなる。


「……もういい加減にしてよ」


「ユナ」


 レンが止めようとする。


 けれど、ユナは止まらなかった。


「さっきからアルトが出られないことばっかり……」


「僕は残念だと言っているだけだよ」


「それが馬鹿にしてるって言ってるの!」


「そうかな?」


「そうよ!」


 ユナの声が大きくなる。


「だいたいアンタ――」


 一度、言葉を飲み込む。


 けれど。


 もう止まらなかった。


「アンタみたいなやつは、レンにすら及ばないに決まってる!」


「…………」


 沈黙。


「…………え?」


 レンが固まる。


 ユナも固まった。


(……あっ、ヤバッ)


 言った。


 完全に言ってしまった。


 しかも。


 レン本人の前で。


「ユナ……?」


「…………」


 訂正したい。


 でも。


 今さら「今のなし」なんて言える性格でもない。


 エリオがレンを見る。


 少しだけ目を細める。


「ふーん」


「……」


「そんなに言うなら」


 エリオが笑った。


「レンだったかな?」


「え?」


「勝負しようじゃないか」


「俺?」


「そう」


 レンは困惑する。


「いや、俺は……」


「君もレースに出るんだろ?」


「ああ」


「なら話は早い」


 エリオの目が細くなる。


「本番で決着をつけよう」


「……」


 レンが答えに迷っていると。


「あなたのような人に、レンは負けない」


 フィーリアが静かに言った。


「フィーリア!?」


 レンが振り返る。


 フィーリアはいつもの表情だった。


「そう思うから」


「いや、そういう問題じゃ……」


 エリオは少しだけ目を見開く。


 そして。


「……なるほど」


 楽しそうに笑った。


「そこまで言うなら、本番が楽しみだね」


 エリオは少し考えるように顎へ手を当てる。


「最終日まで楽しみにしているよ」


「……」


「そうだなぁ」


 少し間を置いて。


「負けたら、なんでも言うことを聞いてもらうのはどうかな?」


「なんでも?」


 レンが聞き返す。


「まあ、僕が負けるなんてありえないと思うけど」


 エリオは余裕のある笑みを浮かべる。


「それくらいあったほうが、勝負のしがいがあるってもんだよね」


「…………」


 レンは考えた。


 なんでも言うことを聞く。


 さすがに軽く決めていい話ではない。


 けれど。


 エリオの言葉を聞いているうちに、少しずつ腹が立ってきた。


 アルトが楽しみにしていたレース。


 それを、不戦勝だからつまらないと笑われた。


 アルト自身はもう受け入れている。


 なら。


 自分が走ればいい。


 アルトの分まで。


「……分かった」


 レンが答える。


 エリオが笑った。


「決まりだね」


「ただし」


 レンはエリオを見る。


「俺も負けるつもりはないから」


 エリオの笑みが少し深くなる。


「それでこそ、面白い」


 エリオは二人の男子生徒とともに、その場を離れていった。


 しばらく。


 四人とも黙っていた。


 最初に口を開いたのはレンだった。


「……ユナ」


「……はい」


「なんであんなこと言ったの?」


「……勢い」


「勢いで俺を勝たせないでくれよ」


「だって腹立ったんだもん!」


「いや、分かるけど!」


 アルトが吹き出した。


「ははっ」


「アルトは笑ってないでよ!」


「いや、だってさ」


 アルトは笑いながらレンを見る。


「俺よりレンのほうが強いって言われたから」


「そこ!?」


「俺も楽しみになってきた」


「お前まで……」


 レンは頭を抱えた。


 すると。


「……レン」


 フィーリアが呼ぶ。


「ん?」


「頑張って」


「フィーリアまで……」


 レンはため息をつく。


 そして。


 少しだけ笑った。


「……分かったよ」


 アルトを見る。


「アルト」


「ん?」


「お前の分まで走るよ」


「……」


 アルトは少しだけ目を見開いた。


 そして。


「頼むわ」


 笑った。


 文化・競技祭まで、あと少し。


 アルトは走れなくなった。


 けれど。


 レンには、走る理由が一つ増えた。

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