これから
港町から帰ってきて、数日。
レンは、いつものように教室の席に座っていた。
「……眠い」
机に頬杖をつく。
「昨日、夜更かししたでしょ」
隣からユナの声がする。
「ちょっとだけ」
「何してたの?」
「港で撮った写真見てた」
「それで夜更かし?」
「気づいたら時間が過ぎてた」
「子供みたい」
「仕方ないだろ」
少し離れた席では、アルトが笑っている。
「レン、港町そんなに楽しかったのか?」
「楽しかったぞ」
「また行こうぜ」
「いいな」
フィーリアも頷いた。
「また行きたい」
「フィーリアまで」
ユナが少し笑う。
「じゃあ、また四人で行こうか」
「次は市場以外も見ようぜ」
「市場は行く」
「そこは外さないんだな」
そんな話をしながら、レンはふと窓の外を見る。
見慣れた街並み。
学園都市の建物。
遠くを移動する魔導機。
最初にここへ来たときは、何もかも知らないものだった。
今では、見慣れた景色になっている。
「……慣れたな」
「何が?」
フィーリアが聞く。
「この街」
「うん」
レンは教室を見渡す。
黒板。
机。
授業の準備をする生徒。
いつもの話し声。
アルトとユナ。
そして、フィーリア。
少し前までは、全部知らないものだった。
それが今は――。
「学校も、だいぶ慣れた」
「最初は緊張してたもんね」
ユナが言う。
「まあな」
「今は?」
「今?」
レンは少し考える。
「……普通」
「普通かあ」
「それが一番じゃないか?」
アルトが言った。
「確かに」
レンは笑う。
授業が始まる。
ノートを開く。
先生の話を聞く。
分からないところがあれば、リーテルにメモする。
少し前なら、それだけでも大変だった。
魔法の知識。
魔導科学。
この世界の歴史。
知らないことはまだまだ多い。
けれど。
「……まあ、なんとかなるか」
小さく呟く。
「何が?」
ユナが振り向く。
「いや」
レンは少し笑った。
「こっちの話」
昼休み。
四人で昼食を食べる。
「そういえば、もうすぐ文化・競技祭だよ」
ユナが言った。
「文化・競技祭?」
レンが聞き返す。
「知らなかった?」
「初耳」
「転入したばっかりだしね」
アルトが話に入る。
「毎年やる学校行事だよ」
「文化祭みたいな?」
「そう。あとは競技もある」
「体育祭みたいな感じか」
「たぶん、それに近い」
レンは少し興味を持った。
「何やるんだ?」
「クラスで出し物決めたり、競技に参加したりする」
「へえ」
「去年は結構盛り上がったよ」
アルトが楽しそうに言う。
「今年も楽しみだな」
「アルトは競技出るの?」
「もちろん」
「何に?」
「まだ決めてない」
「決めてないのに?」
「これから考える」
ユナが呆れる。
「いつもそれだよね」
「いいだろ」
「まあ、アルトらしいけど」
フィーリアが淡々と言う。
レンは三人の話を聞きながら、少しだけ笑った。
文化・競技祭。
前の世界では、学校行事なんて遠い昔のことだった。
仕事をしていた頃は、そんなものとは無縁だった。
けれど今は。
自分も参加する側にいる。
「……なんか、楽しそうだな」
「でしょ?」
ユナが笑う。
「レンも何か出ようよ」
「俺も?」
「もちろん」
「何があるか分からないぞ」
「これから決めればいいじゃん」
「そうだな」
レンは考える。
何に出るか。
何をするか。
まだ何も決まっていない。
でも――。
考えること自体が、少し楽しかった。
午後の授業が終わる。
帰り支度をしながら、レンは窓の外を見る。
学園都市の向こうには、まだ知らない場所がある。
東の港町。
そのさらに先にも、きっと知らない街がある。
知らない国。
知らない文化。
知らない人たち。
この世界には、まだ見たことのないものがたくさんある。
最初は、それが怖かった。
自分がどこにいるのかも分からなかった。
何をすればいいのかも分からなかった。
けれど。
今は少し違う。
「……まあ」
レンは鞄を背負う。
「ぼちぼちやっていくか」
「何を?」
アルトが聞く。
「これから」
「急にどうした?」
「なんとなく」
レンは笑った。
「行こうぜ」
「おう」
四人で教室を出る。
廊下を歩く。
いつもの学校。
いつもの帰り道。
それでも、レンにとっては少しだけ違って見えた。
ここでなら。
もう少しくらい、この世界でやっていけそうだ。
そんな気がした。
まだ分からないことは多い。
困ることだって、きっとある。
それでも――。
「……次は何しようかな」
レンは歩きながら呟いた。
その声は、以前より少しだけ前向きだった。




