冤罪で追放された令嬢ですが、書類仕事を効率化していただけです-王子様、隣国で結婚したので復縁は無理です-
「公爵令嬢マリア! お前はアンリエッタを虐めた上、あろうことか王宮で男たちを侍らせ不貞を働いた! よって婚約を破棄する!」
学園の卒業記念パーティーで高らかに宣言したのは、王太子ルバロ。その横には、勝ち誇った顔を隠さない子爵令嬢アンリエッタ。
「王妃様が婚約中にお受けになった婚約がもうお済みのマリア様と婚約破棄?!」
「アンリエッタ子爵令嬢は確か平民出身で、養女になったからこの学園に編入した方よね? マナーが不十分なところが、殿方には表情豊かとモテていたけど、大丈夫なのかしら」
「公務といえばマリア様、魔術士や地位の低い文官を集めて何かしていると聞いたことがある。もしかしてそれ……」
「でも虐めは嘘では? マリア様、公務として王宮に通いっぱなしで、試験と実技以外学園にいらっしゃらないわよ?」
「え、それで首席で卒業なさっているの?! マリア様」
「今の王子は側妃様の子とはいえルバロ様しかいらっしゃらない。後ろ盾を切り捨てても良いと判断なさったのでは」
「でも去年王妃様が王女様を授かっているから、血統からすれば王女様じゃないのか」
卒業生たちが小声でざわつく。誰も大声は出さない。なぜなら今の王家の王妃様が隣国にして同盟国のフローリア出身だから。王家に弓引くことは、自分の家と隣国の戦争を意味しているのだ。
この同盟によって王家は他の貴族たちよりも大きな力があるので、王族の言葉はこの国、ピエドズでは絶対的な物になっている。
ざわめくホールの中心で、マリアは凛と背筋を伸ばしていた。
「王太子殿下のお気持ち、確かに受け止めましたわ。この宣言は王家の意思として受け取ってもよろしくて?」
「その通りだ! 男をよりにもよって王宮で侍らせるような女、王位簒奪を図ったとして処刑してもよかろう! だが俺は慈悲深い、公爵令嬢マリアを国外追放に処す!」
「慈悲深い王太子殿下に最後のお願いがございます。国外追放を神の前で誓ってくださいませ」
マリアの申し出に、今まで以上にホールがざわめいた。
「ピエドズでは一番重い罪の宣告じゃないか、神殿誓約って」
「神殿誓約で国外追放されたなら、ピエドズに一歩でも入った瞬間神罰で雷が落ちて死ぬ、って聞いたことあるぞ」
不穏なホールの空気とは裏腹に、
「よいだろう! 少しは反省したようだな!」
得意げなルバロの声が響き渡った直後。
「何をバカな騒ぎをしている!」
「国王陛下のおなーりー」
「なっ、父上?!」
パーティーに、国王が現われた。
「息子と義理の娘の卒業を祝おうと来たのだが、なんだこれは!」
「自分は、この悪女を断罪しただけです!」
「黙らんか! 公爵令嬢マリアには常に王家の影をつけ、全ての行動を朕に報告させておる!」
国王がそう言った瞬間、アンリエッタの表情が消えた。
「不貞もいじめも事実無根であると朕が証言しよう! 情報収集能力に難ありかつ、独善的な裁きを行ったことより司法能力に難ありであるため、ルバロの王太子位を剥奪する!」
ピエドズでは立法権も行政権も司法権も王に一点集中。その権力を振るう能力が一つでも疑わしいことは、王の資格なしとみなされる。
「なっ……」
「我が息子ルバロよ、王族の言葉は重い。故に我が息子が申したことは、朕が責任を持って行おう。申し訳ないが1ヶ月後にマリア公爵令嬢には国外へ移動していただき、神前誓約で国外追放の旨を述べることになる。済まぬな」
「王家の言葉にございます。いやはございません」
美しいカーテシーでマリアは応える。
一方で、不満たらたらの表情のルバロ。彼は顔を真っ青にしたアンリエッタが一歩離れたことにさえ気づいていない。
「場を騒がせてしまったな。後で各家に詫びを入れよう。マリア公爵令嬢、我が息子ルバロ、ついてまいれ」
「承知いたしました」
しずしずと王に続いてマリアが退出。
「なぜ! なぜ悪女と退出しなければならないのですか父上!」
ルバロは最後まで暴れていたが、王の付き人に引きずられて退場。
そしてルバロは、2か月の謹慎。
アンリエッタは卒業記念パーティーの騒ぎを重く見た子爵によって、除籍の上戒律の厳しい北の果ての修道院送りに。
そしてマリアは、フローリアに向けて王家の馬車で送り出された。
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1か月前に結婚したフローリアの王太子夫妻がピエドズへ親善訪問にやってきたのは、ちょうどルバロの謹慎が明けた日だった。
歓迎式典前、王はルバロに問いかけた。
「なぜフローリアの王太子夫妻が我が国にやってくるか、わかっているな、我が息子ルバロよ」
「承知しております」
もちろんルバロは承知などしていない。王に読めと言われた書類も読んでいない。
ただ、マリアがいれば書類の要点を教えてくれたのに。マリアがいないから不便だ。
どうして永遠の国外追放を意味する神殿誓約でマリアを追放してしまったのだろう。
アンリエッタを王妃にしてマリアを側妃にすると宣言すればよかった、とこの2か月ずっと後悔していただけだった。
「歓迎式典の翌日、フローリア王太子夫妻による講義に参加することも承知しておるな?」
「はい、父上」
もちろん初耳である。
さらに言うなら、ルバロは歓迎式典中見事に居眠り。
式典終了後、ルバロは王に呼び出された。
「お前、歓迎式典で居眠りするとはどういう事だ!」
「父上、マリアが悪いのです。普段はマリアが目立たないように起こしてくれていたのです」
「……次の講義では、眠ることは相成らん。次に失態を犯せば、王位は妹の物と思え」
「承知いたしました」
そしてやってきた講義。ホールには既に、上は国王から下は平民の豪商まで、さまざまな人々が集っていた。
講壇に上がった人物を見て、ルバロは思わず大声を上げた。
「マリア! なぜここにいる!」
「ルバロ王子? わたくしはフローリア王太子妃、マリー・フローリアでございますわ。もう身も心もフローリアに捧げておりますから、公爵令嬢マリアはこの世のどこにもおりませんわ」
「なぜ雷がお前を打っていないのだ!」
「ルバロ王子、ご存知ないのですか? 神は音のみを受け取る人智を超えた存在。ゆえに、神前誓約は名前を神に告げることで成り立ちます。だからわたくしは王様の計らいで、フローリアに嫁ぎましたの。フローリアはピエドズとは言葉が違いますから、名前の読みも変わりますのよ。結婚しましたので、姓も変わりましたし」
淡々と事実を述べるマリア改め、マリー。
「神は音のみを受け取ることは、幼子でも知っている事だぞルバロよ……」
ルバロの後ろで王がぼやくが、ルバロは全く気づかない。
「マリア、身も心も捧げたとは……まさかピエドズの機密情報を売ったのではないだろうな?!」
「売るも何も、同盟国はある程度機密を共有するものですわ。そもそもわたくし、ピエドズの王妃殿下と同等の教育を受けておりますので、フローリア王家には知られても良い範囲しか知りませんの」
確かにそうだ。王妃はフローリア出身。言われてみればそうだが、ルバロは意地になっていた。
「マリア! 王太子妃ということはお前には夫がいるのだろう! なのにどうしてこんなに男を集めているのだ!」
ルバロの言葉に、マリーの横に立っていた男性が一歩前に出た。
「ルバロ王子。エドガール・フローリアと申します。夫の私も妻の横にいるので間違いは起きませんよ。それに、マリーの講義には、ずっと女性魔導士や女官の方も参加していらっしゃいますよ」
「ずっと?」
「ルバロ王子はご存知ないようですが、この催しは、両国友好書類整理魔法講座、です。マリーが私に嫁ぐ前からピエドズで行ってきた講座を行うことに、何の問題があるのですか?」
「マリア、王宮で男を侍らせていたのは……」
「侍らせてなどおりませんわ」
とマリー。
「ただ単に王宮に仕える男女比が9対1だから男性が多いだけ。わたくしが開いていたのは男女両方が参加できる書類魔法整理講座ですわ。今回初めて平民の方もお招きしましたから、男性率は上がっておりますけれど」
淑女の微笑みのまま、小首をかしげるマリー。
「だがお前は、フローリアの王太子妃の座をフローリアの誰かから奪っているだろう! 酷い女だ!」
ルバロに応えたのはエドガール。
「ルバロ王子、お言葉ですが。私のかつての婚約者は、この国の王妃様が授かった王女様です。ルバロ王子がマリーとの婚約破棄を目論んでいる、とは卒業記念パーティーの半年前からフローリアにも伝わっていました。ので、私は王女様との婚約白紙と、婚約破棄がなされた暁には、同い年かつ初恋のマリー嬢との結婚を既に申し込んでおりました」
嘘だろう、確かに卒業の半年前からどうマリアと婚約破棄するかの計画を立てていた。密かに行っているつもりだったが、フローリアにさえバレていたのか。
「マリア、婚約破棄をすることを知っていながら、なぜ教えてくれなかった!」
「王族のご意思に意見するなど、ただのピエドズの公爵令嬢には出来ませぬ」
自分が国外追放を宣言することも読まれていた。そして、それを利用したのはエドガール。
完全に王族としての謀略力で、負けた。
崩れ落ちるルバロの肩に、王が手を置いた。
「両国友好行事を、見事に乱してくれたな。ルバロよ、もうお前を息子と呼ぶことはできぬ。王位を継ぐのは我が娘だ。誰か! 平民ルバロをこの場から叩き出せ!」
ルバロは衛兵につまみ出され、断種の上王宮を放り出された。
ルバロは王都で働こうとしたが、商人の情報網でお偉いさんが王宮に受けに行った講座をめちゃくちゃにしたことが知れ渡っていたので、どこもルバロを雇おうとはしなかった。
風の噂によると、ルバロは浮浪者狩りに遭って南の暑く危険な鉱山へと送られたらしい。
マリーはその後、書類整理魔法の他に情報選別魔法などの有用な魔法を開発しては惜しみなく人々に教え、フローリアとこの国の双方で偉大なる王妃として歴史書に刻まれた。




