前編
テレビ局の廊下。
ディレクターの加藤は、ADの坪木を蹴り飛ばした。
「おい、遅いんだよてめえ! 何分待たせてんだッ!」
「ちょっと別の用件で呼び出されて……」
「知らねえよ! 俺が呼んだらすぐ来い!」
「す、すみません……」
坪木はしきりに頭を下げる。
彼女の頭を丸めた台本で叩きながら、加藤は鬱陶しそうに舌打ちを連発する。
「本当にノロマだよな、お前。他の職場じゃやってけねえぞ。俺だから使ってやってるんだ」
「……ありがとうございます」
「嬉しそうじゃねえな。感謝してんのか?」
「も、もちろん感謝してますよ」
坪木は精一杯に愛想笑いをする。
本音を言えばパワハラ気質が嫌で関わりたくないのだが、それを正直に伝えられるはずもない。
彼女は遠慮がちに話を切り出す。
「あの、加藤さん」
「何だよ」
「さっき連絡があって……二か月前の心霊番組を憶えてますか?」
「あ? そりゃ憶えてるよ。芸人が事故物件で暮らすってやつだろ。それがどうした」
加藤が尋ねると、坪木は途端に暗い顔になった。
彼女は周囲を気にしながら小声で報告をする。
「出演した芸人さん、みんな失踪しちゃったみたいです」
「……は? 行方不明ってことか?」
「そう、みたいです……はい。さっき遅刻したのもその件でして……」
「ようするに何が言いたいんだ」
「さすがに今回の放送はお蔵入りかなぁと……」
次の瞬間、加藤が坪木の脛を蹴り上げた。
坪木は目に涙を浮かべてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「痛っ!?」
「バカ野郎! 失踪なんてどうせ嘘だ! ふざけんじゃねえよ! ちくしょうが、舐めやがって!」
苛立つ加藤は、顔を真っ赤にして壁を蹴る。
近くを通りかかった他のテレビスタッフは、怪訝そうに避けていく。
加藤の問題人物ぶりは局内でも有名で、いちいち話しかける者はいなかった。
坪木は周囲に謝りつつ尋ねる。
「で、でも、どうするんですか。放送まで一週間ですよ? さすがにこのままだと上の許可が下りないというか……」
「事故物件に行って芸人どもが消えた原因を探る。ついでに幽霊でも撮れたらスクープだぜ。そしたら企画変更だ! あいつらの出演シーンは全没にしてやる!」
加藤は不敵な笑みを浮かべて宣言すると、何事かを喚きながら意気揚々と歩き出す。
その様子を見た坪木は、強烈な不安を覚えるのであった。




