表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

呪われた勇者たち

 一つ、呪いを感知できるのは、呪われた本人のみ。

 一つ、呪われた者は、呪いによって何が起こるか先に知ることができる。

 一つ、呪いの発動には猶予がある。ただしその長さは誰にも知ることはできない。

 一つ、呪いは同胞の呪いによってのみ相殺される。

 同胞の呪いとは、多くの者が呪われた際にある一人に与えられる救い。結婚した相手を呪いから守ることができる。しかし、ある期間内に結婚しなければ、それまで守れなかった呪いのうち、どれか一つと同じものを受けることになる。

 ナイルが残していった資料によれば、ジュリにかけられた呪いはその特徴からして盾の呪いと呼ばれるものだった。

 盾の呪いは、激しい戦争で活躍した者にかけられる。無傷での生還を約束される代わりに、戦争が終わるとそれまで防いできた傷を一身に受ける。

「と言うことは、皆がメグルに求婚したのって……」

 三人もの勇者が一斉に同性婚を求めるというある種の異常事態。その違和感にようやく答えが見つかった。

 ナイルが自分の町へ帰った翌日、僕はその真偽を確かめるべくカイたちのいるファミーリエに向かった。

「ごめんください」

「……はい」

 出迎えたメグルに通され、僕は彼女たちの大部屋に入る。

 僕が捕えられていた数日の間に、ジュリの葬儀やら何やらは済ませたのだろう。部屋にいたメイラとシノの間には「仲間の喪失をまだ信じられない」と言ったような空気感はなく、むしろ妙に落ち着き払っている感じすらあった。

 いや、まだ大きな穴が残っている。

 僕が初めてここに来た時、この部屋は勇者の集まりでありながらまるで一つの家族が肩を寄せ合っているような空間だった。それが今はどうだろうか。三人が三人とも絶妙な距離を保ちながら、あえて何も言わないようにしていた。

 きっと、言えば何らかの思いが溢れ出しかねないのだろう。ジュリと数日の付き合いだった僕でさえ、彼女たちと話すのは気まずいところがある。

 ふと、本棚に置いてあるジュリの似顔絵が目に入った。絵の中のジュリは、笑っていた。あの日と同じ、心の底から何かを楽しむような、純粋な笑顔。それにつられるように、僕は自分の首元のペンダントを握り締めた。そして、僕はようやく決心がついた。

 部屋に入ってから沈黙を続けること、およそ十秒。

「あの……」

「エリー」

 思い切って言い出そうとした僕を、シノの一声が阻んだ。彼女の表情は、それまで僕が見てきた飄々としたものではなく、これから戦いに挑むような真剣さをはらんでいた。

「あたしたちは、この町を出るよ」

 僕は思わず、メイラとメグルを見る。しかし特に驚いたような反応がないあたり、すでに三人で話し合って決めたことなのだろう。

「町の人の言った通り、もう勇者はいらないんだ。だからあたしたちはこの町を出て、新しく人の役に立てることを探したい」

 シノの決意めいた言葉に、僕は何も言い返すことはできなかった。

 獣人は、特にシノのような熟練の戦士は感覚が鋭い。配慮はしたが、先日の僕とナイルの話を聞かれたのかもしれない。そうでなくとも、彼女たちがこの決断をすることは容易に想像できたはずだ。

「エリーはエリーの仕事に戻って。せっかく平和になったんだから、皆には平和に過ごしてほしいんだ」

 考えなしだったのは、僕の方だ。たかだか一口だけ、メグルの相談に乗った。ちょっとした偶然で、ジュリの死に立ち会ってしまった。それだけの関係で、勇者たちの何がわかると言うのだろうか。何か口出しする権利があるのだろうか。

 あの日ナイルは、僕に対してしか発言権がなかったから僕に町を出るよう言った。しかし本当の最適解は、ナイルが本当に望んでいた結果はこっちだったのかもしれない。カイたちが町を出ることで町は呪いから解放され、カイたちも呪いを知らない町で時間をかけて対策ができる。そして、僕は観測の天使としてあらためて……。

 いや、待て。

 僕はふと気づき、部屋を見渡す。

 シノがいる。メイラがいる。メグルがいる。カイがいない。

「近づきすぎないこと」

 かつてないほど高速で思考が駆け巡った。考えるたびに、僕の脳裏をナイルの言葉が際限なく過ぎっていく。

「必ず後悔するぞ」

 後悔なら、もうじゅうぶんにした。

 思えば、カイたちは常に一緒に行動していた。収穫祭でも、裁判所でも、三人をばらばらに見かけたことはない。だが、メグルはどうだろうか。逆もそうだ。メグルのいる場所には、いつもカイがいない。今だって、町を出るという重要な決断を四人で話し合ったのかさえ疑わしい。

「メグルなら、私の仕事を任せてきちゃいました」

 収穫祭の日、ジュリはそう言った。しかし、結局あの日僕はメグルと会っていない。

「初めまして。カイといいます」

 初めてメグルに会った日、彼女はテーモンキラーを証拠にそう名乗った。

 とんでもないことに気づいてしまったような僕の表情を読み取ったように、メグルだけが静かに頷いた。

 カイとメグルは、同一人物だと。

 僕もまだ信じきれない。きっと誰にも信じられない事実だから、今まで誰も気づかなかったのだろう。

 僕はここで、ファミーリエに来た目的に立ち返る。

 ジュリ、メイラ、シノが、自分が呪われていると知って、同胞の呪いを持つカイに求婚したと仮定する。しかし「求婚されている」と僕に相談してきたのは、カイではなくメグルだった。僕はそこにずっと違和感を覚えていた。ただの付き人であるメグルに同胞の呪いがかけられるなど考えにくい。

「初めまして。カイといいます」

 同胞の呪いが、複数婚や同性婚にまで効果があるのか確信がない。それを確かめるために、メグルは僕にだけ正体を明かしたのではないか。

「初めまして。カイといいます」

 あの時、メグルは仲間を呪いから救うために、救えるだけの安心を得るために、仲間にすら明かしていない正体を僕にだけ明かしたのではないか。僕はそれに対して何も信じなかった。何も考えなかった。その結果、ジュリを失った。

「近づきすぎないこと」

 ナイルの警告が、繰り返す頭痛のように脳裏を駆け抜ける。

 この時の僕の判断が間違いなのだとしたら、彼の警告はすでに手遅れだったのかもしれない。

 僕だけが知ってしまった、気づいてしまった、メグルの秘密。もう引き返すことはできない。

 観測の天使として情報に責任を持つとか、そういう建前はいくらでも用意できる。結果から言ってしまえば、ただの私情だ。

 だとしても。


「僕も、一緒に行く」


 本心が、口を突いて出た。

 確かに、彼女たちから手を引いて自分の日常に戻る選択肢はある。少なくとも、ナイルやシノはそれを望んでいる。

 しかし、それでは彼女たちを救えない。

 観測と記録しか能のない天使が救済などと大仰なことを考えたわけではない。だが、ここで僕が素直に手を引いたら、彼女たちはどうなる。確信のない救いに縋り続け、孤独の中で呪いに蝕まれるだけの時間を過ごすことになるかもしれない。

 そんな可能性を考えたまま、僕だけが日常に戻れるものか。

 だったら、メグルの正体を知る僕がそばにいた方が、まだ可能性を模索しやすい。

「えっ。でも……」

「ジュリに、託されたんだ」

 たとえ相手が獣の勇者シノでも、有無は言わせない。僕はもう一度首元のペンダントを握り締め、ジュリの絵を見る。そう、僕はあの夜、彼女にカイを託された。

「もちろん、僕がジュリの代わりになれるなんて思ってない。君たちのことも、知らないことだらけだ。それでも、君たちを呪いから助ける手助けがしたい。君たちが世界を救った時みたいに、胸を張って町に戻れるよう手伝わせてほしい」

「エリー……」

 知らないなら知ればいい。わからないなら考えればいい。それこそが観測の天使だ。

 短時間で目まぐるしく感情が動いたせいか、気がつけば僕の目元には大量の涙が溜まっていた。そして僕を見るシノの顔は、それを堪えきれなかったかのように涙の跡が線になって残っていた。

「エリー!」

 その表情を観測する隙もなく、シノは勢いよく僕に抱きついた。

「ありがとう。エリー」

 これは後から知ったことだが、シノは戦時中、彼女がまだ幼い頃に遠い町からこのドラフトへ引っ越してきたらしい。そして時を待たずして両親が戦死。近所の住民たちに世話をされる中で、同じドラフトに住んでいたジュリと知り合ったそうだ。

 僕はこの時何も知らずに言ってしまったが、この町に戻るという宣言が、彼女にとって特に嬉しかったのだろう。

 隠し事のなさそうな素直な性格。それもあって、パーティの誰よりもジュリの喪失が耐えられなかったのだろう。シノは、ジュリに似ても似つかない僕を抱き締め、我慢の糸が切れたように、まるでジュリに再会したかのように泣き続けた。

 不安や謎が解消されたわけではない。それでも、これがその第一歩になる。そう信じて、僕はなかなか泣き止まないシノの背中を撫でながら、その向こうにいるメイラとメグルに作り笑顔だが笑って見せた。

 メグルが何かを決意したような顔で頷く一方、メイラは僕に背中を向けていた。だが、彼女もシノの大泣きに少なからず流されたのだろう。その肩は小刻みに震えていた。

「……まあ、私は、こいつらについて行くだけだから」

 だが、背を向けたまま話すのは限界があったようで、目元を赤くした顔を少しだけこちらに向けた。

「よろしく。エリウス」

 シノが泣き止むまでには、もう少し時間がかかった。


 獣の勇者シノ。この町では珍しい獣人の少女だ。黒いショートヘアの上には大きな狐耳があり、くりっと丸い赤目は獣らしさを持ちながら、彼女の豊かな表情に合わせてよく動く。ジュリとは対照的なスレンダーな体格は、いかにも身軽な剣技を得意としている雰囲気を醸し出し、腰から伸びる大きな尻尾によって常人以上の素晴らしい体幹を保っている。

 寡黙なカイやメイラの代わりに旅の先導役を務める彼女に、僕は尋ねた。

「それで、行き先にあてはあるのかい?」

 腰を据えて呪いの対策をするには、勇者一行という肩書きはあまりにも大きすぎる。カイだけならメグルとして行動することはできるが、メイラやシノを都合よく受け入れてくれる町となると、候補は少ない。

「もちろん、あるよ」

 そう言って、シノは本棚から大きな地図を取り出して机に広げた。

 ドラフトを中心とした広域地図。シノはその遥か東の座標を指差す。

 東の町、ツクモ。行ったことはないが、名前と特徴くらいは僕も知っていた。獣人による農業を中心とした町で、先の戦争とも関わりが薄い。確かにここなら、勇者という肩書きもそこまで重荷にはならないだろう。

「どうしてここに?」

 確かに好条件だが、あくまでも必要事項として僕は確認した。すると、シノは指先でツクモからドラフトまでをなぞる。

「実はここ、あたしの生まれ故郷なんだ。物心つく頃にはドラフトに来てたけど、他の町より少し安心かなと思ってね」

 そういうことであれば、現地の住民にとっても受け入れやすいだろう。

 となると、おそらく残る懸念点は一つ。

「本当に、ついて来る気?」

 耐えかねてか、メイラが聞いてきた。当然の懸念だ。勇者一行の危険な旅に、ひ弱な天使がついて行けるのか、正直僕も絶対の自信があるわけではない。

 だが、もう決めたことだ。僕は少しだけ必要以上に強がって見せた。

「これから始まる旅は、戦争じゃない。言わば情報の旅だ。だったら、知識豊富な天使が絶対に役立つはずだ」

 あとは事務的な話だが、町を出る馬車や資材を調達するのに、役場勤めの人物(僕)がいた方が何かと便利だ。

「それに、観測者の制約は戦いでも役に立たないわけじゃない。いざとなれば肉の盾くらいにはなる。……まあ勇者の一団には必要ないかもしれないけど」

 言っているうちに、僕は段々自信がなくなってきた。

 戦争は終わったが、まだ不安の種が完全に消えたわけではない。現に不安要素として、ドラフトの東にある雨季の森は、魔族残党の根城として交易ルートを絶っているとの噂だ。ツクモに行くために、この森を避けては通れない。

 いや、ここは逆に考えるべきか。この問題を解消できれば、ドラフト住民にカイたちの必要性をアピールできるかもしれない。

 だが、僕のこの見通しは、勇者への信頼は限りなく甘いものだったと思い知らされることになる。それは森での戦いに関係することなのだが、今回は町を出るところで一旦筆を置くとしよう。

 結果として、僕は馬車と資材を確保してカイたち三人とドラフトを出た。最強の勇者による夜逃げなどというなんとも情けない出来事をプロデュースしてしまった僕だが、まだそれは呪いとの戦いの始まりでしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ