キメラと天使と収穫祭
……理解できない。
「ほらエリウス、角が落ちるからあまり動かない」
どこから持ってきたのだろうか。メイラが、僕の頭に角の付いたカチューシャを付けている。
「はあぁ可愛いよエリー! こっち向いてー!」
シノがさらに獣耳のカチューシャを被せてくる。
「あらあら、エリウスさんモテモテじゃないですか」
二人が僕の頭を取り合っているのを眺めながら、ジュリはさりげなく僕の背中にコウモリのような羽を取り付ける。
「あのなあ、僕は一応天使なんだが」
まさにカオス。魔族の角と獣人の耳を持ち、背中には白黒二対の翼を持つキメラが誕生しようとしていた。
全く理解できない。三百年にわたる僕の観測史上、ある意味で最も非論理的な状況が繰り広げられていた。そして。
「……っ、ふふっ」
兜の中から、確かにカイの笑い声がした。その一瞬、僕たちは驚いて動きを止めてしまったが、誰かを笑顔にできたなら、こんな時間も悪くはないのだろう。
収穫祭は、役場を中心とした中央通りで行われる。なので、僕の相談室はジュリたちが集まる上で格好の待ち合わせ場所となった。
「やあ、ジュリ」
僕はいつも通り気さくに挨拶をするが、ジュリの後方では役場職員たちがざわざわしている。それもそのはず。彼女は今日初めて、四人の勇者として揃って役場に現れたのだから。相談室の外では、さらにカイ、メイラ、シノが歓声と共に迎えられていた。
「おはようございますエリウスさん。皆さん、彼が話していたエリウスさん……って、一度会ってましたね」
ジュリが紹介すると、最初に彼女の影から現れたのは黒狐の獣人シノだった。彼女はフレンドリーに大きな尻尾をぱたぱたと振り、同じように手を振って挨拶する。
「やっほーエリー。今日はよろしくね!」
「こらシノ、勝手に変なあだ名付けないの」
僕をエリーと呼ぶシノを後ろから小突いたのは、赤髪の炎魔メイラ。
「あ、よろしく。エリウス」
メイラもメイラで、無愛想に最初から僕を呼び捨てにする。まあ僕は構わないのだが。それよりも、やはり気になるのは、彼女たちの向こうにいる鎧の大男、カイのことだ。
「えっと、君がカイ、様……だよね?」
先日のメグルの件もあって、僕は確認するようにぎこちなく聞いた。すると鎧の大男は、軽く片手を上げて返事する。
「様はいらない」
無骨でミステリアス。その姿はまさにカイのイメージ通り。兜の奥の顔は見えないが、僕は彼の返事で、この人物がカイだと確信した。しかし祭り当日まで鎧兜とは。わかりやすいがよほど恥ずかしがりなのだろうか。顔を見られたくないのだとしても、これではかえって目立ちかねない。
「じゃあカイ。その、着替えないか? 流石にその格好では……」
僕は鎧を脱ぐようカイに言ったつもりだったが、どうやらうまく伝わらなかったらしい。シノが僕たちの間に入って騒ぎ始めた。
「そうだよ着替えよう! せっかく収穫祭なんだから、仮装しないとね!」
これが、キメラ誕生の第一歩となった。
収穫祭は、死者の魂がこの世に帰ってくる行事。魂を歓迎するため、この世の人々はあの世にいる存在に近い仮装をして魂を迎え入れる。と言うのが通説だ。だが、仮装や祭りを楽しむ風習が先行した結果、収穫祭はただ仮装してはしゃぎ回るだけのイベントとなりつつある。
その結果がこれである。僕は気がついたら大観衆のただ中で、自分の翼をコウモリの羽にぱたぱたとぶつけていた。周囲にはカイ一行に群がるファンの方々。彼らが解散し、僕たちが自由に祭りを楽しめるようになるまでには、少し時間がかかった。
「……ところで、メグルは?」
今の僕のポジションにいるべきは、あの自称カイではないのか。その意味も込めて、僕はジュリに聞いた。するとジュリはなぜか、少し考えるように目を逸らしてから言った。
「あ、ああ。メグルなら、私の仕事を任せてきちゃいました。裏方だから、今日は会えないかもですね」
どうやらメグルもメグルなりに彼女に振り回されていたらしい。僕は少しだけ共感を覚えた。
「ほらエリー、次はあっちの屋台回るよ。食べ歩きだー!」
シノが勝手に先導する。一行は「やれやれ」と言った雰囲気で彼女について行くのだが、僕はまだいまいちこのパーティに馴染めないでいた。
「不思議ですか、エリウスさん?」
そんな僕の様子を察してか、ジュリが歩きながら尋ねてくる。僕はシノとメイラの後ろ姿を眺めながら、静かに頷いた。
「きっと皆、仲間が増えて嬉しいんですよ。戦争は活躍が多いですが、失うことばかりでしたから。私もですけど、新しいものや久しぶりなものが嬉しくてしょうがないんですよ」
そう言うものだろうか。何度もこの世界の戦争を観測してきた僕には、あまり理解できない感情だった。だが、この時僕は同時に寂しさを感じていた。シノたちが僕をこんなに明るく受け入れているのに、僕だけが彼女たちと同じ感情を分かち合えていない。きっと僕は長く生きたことで、観測の仕事を続けたことで、どこか感情が冷めてしまったのかもしれない。
僕が立ち尽くし、シノに置いて行かれそうになった時、ジュリが僕の手を取った。
「エリウスさん、あっちにペンダントの手作り体験がありますよ。一緒にどうですか?」
そう言えば、ジュリが普段付けているペンダントは古く傷だらけになっていた。僕がそのことを気にしていると、彼女は気づいていたのだろう。もしかしたらただ新しいペンダントが欲しいだけかもしれないが、とにかく僕はこの時、彼女の振り回し気味な気遣いに少しだけ救われた。
全ての出店を制覇せんとばかりに食べ歩くシノたちの一方で、僕はジュリと二人ペンダント作りに勤しんでいた。正直なところ、大人数で騒がしく祭りを遊び歩くよりも、こういった集中できる作業の方が僕は性に合っている。
ペンダント作りと言っても、そこまで専門的なものではない。並べてある石をいくつか選んで、ひもに通すだけの簡単な作業だ。強いて言えば、石選びのセンスが問われると言ったところだろうか。
僕はあまりこう言ったセンスに自信がない。そこで、ジュリが髪色と同じ緑色の石を選ぶのを見て、自分の目の色と同じ青みがかった灰色の石を選び取った。
「はい、エリウスさん」
数分とかけずにペンダントを完成させると、ジュリはその完成品を僕に手渡した。
「ジュリ?」
「交換です」
そう言って、今度は僕のペンダントを勝手に自分の首元に付け始める。
「エリウスさんとの思い出に。このペンダントは、なるべく傷つけないようにしますね」
勝手に交換されたことについて僕は何も言わなかったが、ジュリはいいのだろうか。前のペンダントは傷だらけになるまで使い続けていたのに、新しいものはこんな適当に選んだ石で。
そんなことを考えつつ黙ってジュリから受け取ったペンダントを眺めていると、別の方から僕を呼ぶ声がした。
「……―い、おーい、エリウスー!」
その声は僕の後方、人ごみのやや上から聞こえる。上と言うことは、空を飛べる天使。そしてその声に、僕は心当たりがあった。
「ナイル!」
ナイル。隣町で働く、僕と同じ観測の天使である。翼や体格は僕とほぼ同じだが、ミディアムロングの髪に片眼鏡が目印だ。彼は人ごみを避けるように彼らの少しだけ頭上を飛び、僕のすぐ近くに着地した。
「なんだエリウス。祭りに来るなら僕に伝えてくれればよかったのに」
「ごめんよ、なにぶん急に決まったことで。それに……」
「うん?」
「あ、ひュリいたー!」
ナイルにこの祭りのことを伝えたくなかった理由が、理由の方から現れた。
口いっぱいにピザとホットドッグを頬張るシノ。そして彼女のものと思わしき大量の荷物を抱えるメイラとカイ。ナイルは彼らの姿を見て、もう一度僕のキメラ姿を確認してから、すぐに僕を物陰に連れ込んだ。
「すみません、ちょっとこいつ、借りて行きますね」
ジュリの返事を待たず僕を誘拐すると、彼は小声で文句を言い始める。
「なんだよエリウス。君、あの英雄一味と一緒に来てたのかよ。しかもなんかちやほやされてる風じゃないか。どう言うことだよ」
「僕にも色々事情があるんだよ。まったく、こうなるから君には会いたくなかったんだ。どうせあれだろ? 君もカイと話したりしたいんだろ?」
「いーや? 僕は全然? そんなことないね?」
強がっているが、ナイルの顔には「僕はエリウスと同じミーハー天使です」と書いてある。
「それより、僕が言いたいのはエリウス、君があんな大物に関わるとは思わなかったって話だよ。君、根っからの仕事人間じゃないか」
「あーはいはい。つまりは僕が羨ましいんだろ。欲しいならサインの一枚や二枚でも頼めばいいさ」
「違うって! いいか、僕たちは観測の天使だ。観測のためにはとにかくああいう大物には近づきすぎないこと。必ず後悔するぞ」
「……わかってるよ」
ナイルがあまりに真剣な表情で詰めてくるものだから、流石の僕も負けを認めた。その様子を見て、彼はようやく物陰から出る。
「あ、カイ様。初めましてナイルっていいます。サインくださーい」
僕は何もない所で盛大に転んだ。
そして、収穫祭はカイ一行が現れたことで多少の騒ぎはあれど、特に問題なく平穏に終了した。ナイルは最後までカイにべったりだったが、最後は潔く別れた。しかしその際、彼は僕にだけ一言言い残した。
「気をつけろよ。死者の魂が来るってことは、必ず『連れて帰る』奴が出る」
それは、収穫祭のような死者にまつわるイベントにありがちな俗説。僕も全く信じていないわけではなかったが、その時はそれ以上に、ナイルの言葉から何か不穏なものを感じてしまった。その正体がなんだったのか、まだこの時の僕にはわからない。
「それじゃ、僕は帰るから。仕事、頑張れよ」
「ああ。君こそ」
そう言いつつ、ナイルはカイの直筆サインが書かれた色紙を幸せそうに眺めながら飛び去っていった。
「じゃあ、私たちも」
「お片付けよろしくね、ジュリウス」
別れを告げるメイラは、勝手に僕とジュリの名前をくっ付けたシノを小突く。
二人は終始賑やかだったが、結局カイとは最後までほとんど話すことができなかった。まあこんな人だかりの中でメグルの結婚問題について聞くのも無粋だろうから、その話は後日ゆっくりと聞くことにして、今日は収穫祭の撤収作業に集中することにした。
この季節は、日が沈む時間が体感的にとても短い。作業が終わる頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。僕たちも役場で準備会の挨拶をほどほどに済ませ、解散する。
「エリウスさん、もしよろしければですが」
「どうした?」
役場を出る直前、ジュリが声をかけてきた。
「途中まで一緒に帰りませんか?」
彼女の様子はまるで、か弱い乙女が夜道を怖がるようなものに見えた。盾の勇者が何を恐れることがあると言うのだろうか。僕はそう思ったが、正直僕も今日は楽しく、この時間を簡単に終わりにはしたくない気分だった。
「……仕方ないな。途中までだよ」
だが、ジュリの前ではどうも平静を保てない。僕はこの時一つ自分の未熟さに気がついた。
「今日は、楽しかったですね」
帰り道の途中、ジュリは星空を見上げながらそうこぼした。
「私、思ったんです。こんな日が毎日続けばいいのにって」
その横顔は、本当に祭りを満喫した少女のそれだった。まあ有志の準備会にまで参加したのだから、よほど好きだったのだろう。
「残念だが、次の収穫祭は来年。僕らの関係も今日限りだ」
「ふふっ」
僕は別れのタイミングのつもりで言ったのだが、ジュリは肩を震わせて笑った。
「……何だい?」
「いや、その格好で言われると、説得力ないなって」
言われて気がついた。僕はあれからずっとキメラの姿のままだった。すっかり忘れていたが、つまり僕はこの愉快な見た目のまま祭りを回り、後片付けまで手伝ったことになる。これではまるで僕が誰よりも祭りを楽しんだ子供のようではないか。そう考えると、なんだか急に恥ずかしくなった。
「でも、安心です。その様子なら、来年も楽しくなりそうで」
流石にこの格好では、何も言い返せなかった。だからだろうか、夜の静けさが、一段と強く感じた。まるで、部分的に時間が止まったように。
夜風が髪を撫でる感覚、道草が揺れて擦れあう音、虫の声。全てが感覚に鋭く突き刺さる。だから、ジュリの囁くような声も、はっきりと脳に刻まれた。
「だからそれまで、カイを、お兄ちゃんを、お願いね」
それが、最後の「音」だった。
暗い夜道、星と月の明かりに照らされたジュリの胸元が、じんわりと赤く染まっていく。その色が制服の端から滴り落ちるが先か、彼女の体は突然力を失ったように、ゆっくりと地面に倒れていく。
ドサッ。
静かな空間に似つかわしくない、重苦しい音でようやく僕は気がついた。
ジュリが、死んだ。
「ジュリ……?」
だがこの時、僕は状況を正しく理解できなかった。
「ジュリ、おい、どうしたんだよ、ジュリ!」
僕は倒れたジュリの上半身を抱え上げ、揺らしてみる。しかし、反応はない。ただ安らかな笑みのようなものをたたえた顔が、重力と慣性に揺れるだけだった。
気がつけば、僕は泣き崩れていた。そして、心の底で存在するかもわからない誰かを恨んだ。
「連れて帰る」奴がいたのだとしたら、なぜジュリが選ばれたのか。なぜ、心から祭りを楽しんでいた小さな英雄を連れ去らねばならなかったのか。
「ああああああああぁぁぁぁぁ…………!」
僕は意味もなく、ただ込み上げる感情を涙と声に変換して泣き叫んだ。震える頭から、メイラに付けてもらった角がずり落ちる。シノに付けてもらった獣耳が、冷たくなったジュリの頬を掠める。コウモリの羽を背負ったまま、本物の翼を無力に震わせる僕を、誰も観測してはいなかった。




