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世界は平和になりました

 昔、と言ってもまだ1年ほど前の話をしよう。この世界は炎の魔王イフの手によって破壊されようとしていた。しかし、多くの魔族を率いて世界を手にかけたイフの野望は、ある勇者たちによって止められる。

 世界に平和を取り戻した剣の勇者、その名はカイ。曰く異世界から転生してきたという彼は、伝説の魔剣デーモンキラーを使い、イフの首を落とした。

 死に際、イフは地面に落ちた首だけで最期の言葉を放ったという。

「我は死なず。やがて第二第三の我が現れるであろう」

 ……まあ、この世界では何度か繰り返されてきた戦争の話だ。だから、当時は誰も、その言葉を真剣には受け取らなかった。


 この物語を綴るにあたって、まずは僕とその周りのことから紹介しよう。

 僕の名前はエリウス。観測の天使だ。外見は幼い少年だが、実は三百年近く今の仕事に携わっている。人間基準で言えばかなりのベテランだ。仕事というのは、君たちが今見ているまさにこれ。この世界の出来事を物語に書き残すことだ。

 この仕事の難しいところは、僕の書いた記録を誰が読むかわからないということ。そこで今回は、カイがいたという異世界の住民にあてて話を進めようと思う。

 僕の住む町ドラフトは、魔族との戦争において大きな拠点となった町のひとつ。カイのいた現代社会と違って、木と石造りの中世じみた雰囲気の町だ。今は拠点跡に町役場が建てられ、そこを中心におよそ五百人の人々が暮らしている。人々と言っても、この町、というかこの世界には人間以外の知的生物が多く存在する。天使である僕もそのひとりなのだが、そういう話は長くなるので、また必要な時に書くとしよう。

 イフの死後、ドラフトはカイ御一行の宿泊地として一躍有名になった。なんでも、カイを含めて四人いるパーティメンバーのうち二人がドラフト出身だそうで。

 さて、僕の仕事はこの物語を書くことと言ったが、それは言わばライフワークのようなもの。それとは別に、僕には他の人々と同じ職業がある。観測の天使と仰々しく言ったが、天使も働かなければやっていけない。

 そんな僕にとって、カイに関わるこの一連の仕事は本当に大変だった。


 朝、僕はその日もいつもと同じように翼の毛並みを整え、左右白黒のショートヘアを梳かし、頭上に浮かぶ金の輪を左腕に通して家を出る。

 役場に行くと受付さんと挨拶を交わし、僕専用の部屋で役場の制服に着替える。そう、見ての通り、ここが僕の仕事場。仕事内容は、言ってしまえば相談所だ。町の人々の困りごとを聞き、しかるべき所へアクセスする。設立当時は魔族の残党狩りだとか英雄を讃える決闘祭だとか物騒なものが多かったが、今は恋愛相談やご近所付き合い、ちょっとした病気などいたって平和な相談内容が続いている。人の困りごとを聞くというのはそれなりに精神の削られる仕事だが、観測の天使としてはこの上なく退屈しないいい仕事だ。

 そうでなくとも、その日は退屈しないニュースがニュースの方から飛び込んできた。

「初めまして。カイといいます」

「……へ?」

 突然相談室に現れてカイを名乗ったのは、話に聞いていたものとは程遠い、僕より少し背が高い程度のツインテールの少女だった。ただ彼女の背負う長剣だけが、その姿を少しだけカイのイメージに近づけている。

 この時は、たぶん僕の人生で一番戸惑ったと思う。なんせカイと言えば鎧兜の大男で、人前に素顔を晒さない寡黙でミステリアスな雰囲気漂うナイスガイ。その上パーティでは異種族の女性三人を率いる謎のスーパーイケメンというのが定説だった。まあ世界を救った英雄なのだから多少尾ひれは付くだろうが、それにしても話と違いすぎる。僕は疑うあまり、まず目の前の少女の正体を確認するところから始めた。

「カイって、あのイフを倒した勇者の?」

「はい」

「もっとこう、大男って聞いたけど?」

「鎧が、大きいんです」

「いや君、明らかに男の声じゃないでしょ」

「兜を被っていると、声が反響して低くなるんです」

「普段はどうしてるのさ?」

「カイの付き人ってことで、誤魔化してます」

「もしかして、パーティの皆は君の正体を?」

「知りません」

「最後にひとつ、デーモンキラーは?」

「はい、持ってます」

 そう言って、少女は背負っていた長剣を抜いて見せる。あらわになった刀身は禍々しい紫色の光を放ち、それだけが話に聞くカイの情報と一致していた。僕は全ての問答においてこの少女を疑い続けたが、最後にそれを見せられると、強制的に疑念が晴れてしまう。

 いや。もしかしたら、この少女は本当はカイの代理人で、その証明にデーモンキラーを持ってきたのかもしれない。そうなれば、かの英雄カイの頼みを無下に断るわけにもいかない。僕はそれまでの疑念を一旦さておき、話を聞くことにした。

「……それで、相談って?」

 すると、先ほどまで緊張するようにもじもじしていた少女が、急に神妙な面持ちになった。

「パーティメンバー全員から、求婚されているんです」

 僕はすぐさま、この自称カイを摘み出した。


 この一件から半日後、僕はドラフト外縁部にある宿屋ファミーリエの前に立っていた。

 自分でも理由はわかっている。気になったのだ。観測の天使として、相談員として、そして、ほんの少しの私的好奇心があって。とにかく、あの自称カイについて調べる必要があるのは確かだった。

 ファミーリエは、カイのパーティが宿泊していることで有名な宿だ。なんでも、管理人がカイのために他の利用客を追い出したとか。

「ごめんください」

 扉を開けると、ロビーとその横に受付台。だが、今は誰もいない。当然だ。今この宿にはカイたち以外の利用客はいないし、見物客や新聞の取材も、パーティメンバーがしつこく断り続けたことでこなくなったらしい。つまり今僕は、そんな状況でも懲りずにやって来た迷惑客と言ったところだろうか。少し気が引ける。

 ロビーは静かだが、二階の奥の部屋から物音が聞こえる。僕は背中の小さな翼で宙に浮き、音のした部屋の前まで飛んだ。そして部屋の扉をノックしようとして、少しだけ間を置く。

 相談室で追い返した相手について嗅ぎ回る。冷静に考えれば、あまり褒められた行為ではない。

 だが、観測の天使というのは、どうしても見てしまう生き物だ。僕は一度だけ深呼吸してから、扉を叩いた。

「ごめんください。エリウスです。役場の者ですが……」

 返事より先に、扉が開いた。

「はーい! って、あ、エリウスさん……」

 現れたのは、先ほどの自称カイだった。

「えっと、どうしました?」

「いやその、さっきの話、やっぱり気になってね……って、わあ」

 僕を部屋に通すため自称カイが一歩引いた時、その先では目を疑う光景が広がっていた。

「……んみゅ。お客さん?」

 床に黒狐の獣人が、自らの尻尾を枕代わりに寝転がっている。

「ほらメグル、まだ髪梳かし、終わってないでしょ?」

 テーブルの横では、長い耳に緑髪のエルフが櫛を持って手招きしている。

 さらに奥の椅子には、赤みがかった角を持つ見るからに魔族の少女。しかし彼女だけはこちらを気に掛けることなく、無言で紅茶を注いでいる。

 いずれも、噂に聞くカイのパーティメンバーだ。黒狐は獣の勇者シノ、エルフは盾の勇者ジュリ、そして魔族は炎の勇者メイラ。そうそうたる面子だが、その姿はなんというか、あまりにも、普通だった。

 ジュリの言葉から察するに、自称カイはメグルという名前らしい。メグルは呼ばれた通り駆け足でジュリのもとへ行き、彼女の膝に腰かける。しかしさすがは勇者御一行。皆同じようにメグルより身長が高い。まあそれでも、カイほどではないだろうが。

「……飲む?」

 僕が呆気に取られていると、メイラが紅茶の入ったカップを差し出してきた。

「あ、ありがとう、ございます」

 反射的に受け取ってから、僕は気づいた。

 この空間には、英雄を囲む緊張感が一切ない。

 獣と盾と炎の勇者。それぞれの肩書きが、ここではただの生活音に溶けていた。

「……何か?」

 僕があまりに挙動不審だったせいか、メイラがこちらを少しだけ睨む。

「いや、その、随分、仲がいいんだなーと……」

 緊張のあまり、変な返事をしてしまった。

 いや待て。僕は何を空気に飲まれているんだ。メグルとカイのことを調べに来たんじゃなかったのか。でも、やはり救世の英雄三人を前にしては挙動不審が止まらない。

「メ、メグル! さっきの話だけど……」

 僕はジュリが髪を梳かし終えるのを待ってから一気に熱い紅茶を飲み干し、メグルを部屋の外に連れ出した。

「さっきの話、結婚とか求婚されたとか、本当に本気なの?」

 同性婚でも一夫多妻制でも、したいならすればいい。だが、三人のメグルに対する態度は、明らかに結婚したい相手に対するそれではなかった。どちらかと言うと、姉妹とか歳の近い親戚を相手にするような雰囲気で、どうもメグルの話と食い違う。

「はい」

 メグルの返事は妙に素早く、そしてそれまでにないほど真剣だった。不自然なくらいだった。

 まあ、世の中には色んな愛の形がある。きっとメグルは慣れない愛の形に色々と不安を抱えていたのだろう。三百年も人のあれこれを見てきた僕だからわかる。不安というのは、人に話すだけで多少は解消されるものだ。だから僕は彼女らの事情に踏み込むことはできないが、こっそり応援だけすることにした。

「そうか。うまくいくといいね」

 そう言って観測の天使はクールに立ち去ろうとした、その時。

「待って!」

 メグルは、僕の制服の裾を掴んで止めた。

「メグル……?」

「……あっ」

 数秒、僕たちは固まったが、メグルは「なんでもない」とでも言うように笑顔で僕を送り出した。


 カイ本人に会えば、メグルたちの謎は解けるだろうか。ともあれ、衝撃的な一日だった。

 それから数日のことは、これから話すとして、先にひとつだけ重要な結果を話しておこう。

 ジュリが、突然死んだ。

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