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プロローグ Tellus

「ふん、実力も無いのに俺達に逆らうからこういう目に合うんだ。いい加減大人しくするんだな」


 そう言ってあたしを見る目は、ちらちらと絶え間ない光の迸りを宿しながらも、絶対零度の冷たさを放っていた。

 彼の名は雷光(らいこう)(つかさ)。古希学院生徒会長にして、古希学院裏組織のリーダーでもある。古希学院は裏も表も彼の支配下にあるのだ。

 目の前に居るのは生徒会役員であり、裏の暴力組織のメンバーでもある六人。


 雷光(らいこう)(つかさ)

 海野(うんの)振太(しんた)

 天高(あまたか)星一(せいいち)

 土矢(つちや)耕作(こうさく)

 愛川(あいかわ)由美(ゆみ)

 流動(るどう)(めぐる)


 今あたしは人気の全く無い旧校舎の理科室で彼等の指導と言う名の、いじめ、いや暴力を受けている処だ。

 彼等は生徒会役員の権力と裏組織の暴力でこの学院を支配していたのだった。


 あたしがそれに気付いたのは、学院で初めてできた友人・火野(ひの)菜摘(なつみ)の様子がおかしかったからだった。

 菜摘とは入学式で話した時から、馬が合うと思ってた。そして、どんどん、どんどん、話す内に彼女の為人が好きになっていった。今では、あたしは彼女の事を親友だと思っていたのだけど。

 様子おかしくなった菜摘は、あたしに何も相談してはくれなかった。だから、気が引けたけど、菜摘の後を尾ける様にして観察したのだ。


 その成果は(すぐ)に現れた。


 その日、菜摘は人気の無い旧校舎へと一人で向かっていた。そして理科室へと入っていった彼女を追って、理科室の扉の前で聞き耳を立てたのだ。

 中から数人の声が聞こえてきた時、嘘でしょう、と驚いた。何故なら聞き覚えのある声だったから。


「ねぇ。今月の忠誠心、まさかこれっぽっちじゃ無いでしょね。金額が一桁足りなんですけど」」


 あの声は、生徒会長と良く一緒に居る愛川由美のもの。驚いたのはそれだけでは無かった。


「ふん、生徒会への忠誠心が足りないようだな。これは、じっくりと反省してもらわないといけないな」


 その声は、間違いなく会長の雷光司のものだったのだ。


「ひぃ、ゆ、許して下さい! 親の目を盗んで、やっと持ち出せたんです! あぅ!」


 何かがぶつかる音が扉をこちらまで、聞こえてきた。それも何回も何回もだ。あたしはたまらず、力任せに扉を開けた。


 そこで目にしたものは。


 菜摘を容赦無く打擲する生徒会長・雷光の姿だった。周りに居るのは生徒会役員の五人。全員がニヤニヤした薄笑いを浮べていた。あたしは、あまりの気持ち悪さに吐き気を抑えるのが精一杯だった。

 生徒会役員の六人は、あたしが入ってきたのに全く頓着しなかった。少なくとも、人間を見る目であたしを見る事は無かった。

 その目を見てるとムカムカと腹が立ってきた。だから思わず叫んでしまった。


「あなたたち! 菜摘に何してるのよ!」


 そんなあたしの叫びにも、彼等は眉一つ動かさない。ムシケラを見るような目であたしを眺めると、一番背の小さな流動が胸ポケットからナイフを取り出してきた。


「うるさい蠅だな。一寸(ちょっと)叩き潰してくるね」


 あたしに近寄ってくる歩き方には何の緊張も無くて、トコトコという擬音が似合うもので。でもその手に握られたナイフはギラギラと、あたしの恐怖を煽る。


「ねえ、ちょっと黙っててくんない? それとも、その顔に消えない傷、作ったげようっか」


 あたしは、恐怖で身体全体がガクガクと振るえ出した。血の気がサーと引いていく音が聞こえるような気がした。


「そうそう、大人しくしてね」


 そこでやっと、雷光の菜摘に対する暴力が一段落した。彼はあたしをモノを見るように眺める。


「お前、今月から生徒会への忠誠を見せてもらう。毎月十万、納めろ。今月はこいつの不足分六万も追加だ。今週末までに忠誠心を見せるんだ」


 その日から、あたしの地獄が始まったのだった。


* * *


 あたしは、不条理が許せない質だ。だから雷光達の脅しに乗るまいと、最初の内は抵抗した。担任の教師や、生徒会顧問、学年主任の教師にも何度も訴えた。でも、彼等は皆我関せずの態度を見せたのだ。中には怯えた様子の教師もいた。

 変に思って彼等の後を尾けると、彼等は皆、賄賂を受け取っているか、弱味を握られ脅迫されているのだった。


 賄賂を受け取っている教師は、生徒会役員達の成績を誤魔化していた。勿論良い方にだ。


 怯えていた教師は、浮気の現場を押さえられていた。所謂そういうホテルへ異性と一緒に入る所を押さえた写真が憐れだった。


 ほとんどの教師が、こうして彼等生徒会のする事に口出しできないようにされているのだった。あたしは、今迄何を見て来たのだろう。菜摘の事が無かったら、ずっと気付かずにいたのだろうか。いや、いずれは彼等の魔の手があたしの身に遅いかかってきたのだろう。それが単に早まっただけの事なのだろう。


 週末が来たが、あたしは彼等の言う通りにはしなかった。彼等の忠誠心と言う名のカツアゲに屈っするのは、あたしの矜持が許さなかった。そして、彼等は当然のようにあたしに殴る蹴るの暴行を働いたのだ。

 ご丁寧にも、服の上から。お腹や胸、背中,お尻等、外からは見えない部位を徹底的に痛めつけられた。反省と言う名の暴行が終わると、あたしの足腰はガタガタで立っていられない程だった。

 それでも、あたしは彼等の言う忠誠心は絶対に見せなかった。


 そんな日々が半年程続いた。


 あの日以来、菜摘とは気不味い雰囲気になってしまい、あまり話す事が無くなっていた。

 でもその日。あたしは、菜摘が河へと入って行くのを見てしまったのだ。


 下校途中、土手を歩いていると河岸に古希学院の制服を来た女の子が川面を眺めているのが見えた。あたしはその横顔から女の子が菜摘だと直に分かった。でも、ずっと気不味い中だったし、気付かれないように立ち去ろうと、足を早めた時だった。菜摘が河へと足を踏み入れたのは。


 菜摘の様子は明かにおかしかった。


 水の冷さに震えるでもなくて。目はただただ真っ直ぐ前を見るだけで。


「なにしてるの! 危いよ! 菜摘! 菜摘ってば!」


 あたしの叫びも聞こえてないようだった。


「菜摘!!」


 あたしは土手を駆け下り、河岸に向って全力で走り、河に飛び込んだ。必死で菜摘の後を追った。


 菜摘に追い付いた時、彼女はもう胸まで水に沈んでいた。あたしは、菜摘の胸の下に腕を回して、河岸へと戻ろうとした。


 けれど、菜摘の身体はびくともしなかった。


 あたしは、逆に菜摘に引っ張られて、どんどん、どんどん、河の深い場所へと引き込まれていった。


 菜摘

 戻ろう菜摘


 菜摘はもう頭まで水に沈んでいる。あたしも、ここまで来るのに体力を使い果たしたのか身体が怠かった。


 菜摘


 だんだんと、意識が薄れてきた。


 なつみ

 な つ み

 な……つ……


* * *


 気が付いたら、そこは真っ白な所だった。どちらを向いても真っ白で影が一つも見あたらない。しばらく、ぼーっとしていたけれど、急に菜摘の事を思い出した。


 菜摘! 菜摘はどこ!


 でも、影さえ無いこの場所に、菜摘の姿はどこにも見えない。どうしよう、どうしたら良いんだろう。一人取り残された、不安に怯えるあたしに、後ろから急に声が掛けられる。


「気が付いたようだね」


 急いで振り向いたあたしの目の前には、整った顔立ちの一人の青年が立っていた。何故、影の無いこの場所で青年の見分けがついたのだろう。


「そんな事、気にしなくていいよ。ここはそういう場所だから。光で見てるんじゃなくて、心で見る場所だからね」


 あたしの心の呟きに答えるこの青年は何者?


「僕は、地球を含む銀河の、その銀河を含む銀河団の、その銀河団が存在する全ての次元の多世界の管理者だよ。君の知ってる言葉で言えば神様、が一番近いかな。まあ、僕自身はそんな偉い存在じゃないけどね」


 あたしは正直、驚いた。神様みたいな神様じゃない存在に、今、真正面から向き合っているのだ。驚かない訳がない。

 でも、驚いてばかりでは話が進まない。あたしは目の前の存在に一番気掛かりな事を訊く事にした。


「あ、の。菜摘は、菜摘はどこへ行ったんでしょうか。多分あたしと同じように、ここへ来たんだと思うんですけど」


 目の前の存在は、薄らとした笑みを口元に浮べる。


「ああ、彼女なら少し前にここに来て、僕との約束を果す為に次の世界に降り立ったよ」


 あたしの心は急に空虚になってしまった。もうここに、菜摘は居ない。もう菜摘には会えない。後悔があたしの心に押し寄せてくる。


 確かにちょっと気不味くなったけど。


 嫌いになった訳じゃなかったのに。


 もっと菜摘と話したかった。


 もっと一緒に笑い合いたかった。


 あたしは、何で半年も時間を無駄にしたのだろう。泪が涙腺を刺激する。でもこの場所では泪さえ出ないようで、それが更に悲しかった。


「彼女は君に『ごめん』って言ってたよ。なんの『ごめん』なのかは聞かなかったけど、色々含めた『ごめん』なんだろうね」


 泪の出ない目を腕で擦りながら、あたしは目の前の存在にお願いした。


「あたしを、菜摘の行った世界へ送ってくれませんか?」


 目の前の存在は、再び薄い笑みを口元に浮べてあたしを見た。


「その為には僕と約束しないといけないんだけど、出きるかな?」


 あたしは、菜摘に会えるなら何でもやろうと心に決める。そう決心する迄寸秒もかからなかった。


「はい。約束します」


「女の子が、そんな簡単に約束しちゃ駄目だよ。でも、もう約束しちゃったからね。僕との約束は簡単には破れない」


 目の前の存在は、同じ笑みを浮べているのに何故か、凄い圧力を増してきていた。その事に身体に震えが来るけど、それでも菜摘に会えると思えば我慢できた。


「あたしは、何をすればいいんでしょうか。教えて下さい」


「彼女が降り立った世界には六人の魔人が居るんだ。君にはその魔人を討伐して欲しい。勿論、その為の能力は付与する。君に付与する能力は、不義・不正・不条理を正すものだ。君がその能力を揮えば不義・不条理は消えて無くなる。だから、その世界の六人の魔人が撒き散らす不義・不正・不条理を全て消してきて欲しい」


 なんだか、難しそうな話をしたけど、あたし自身不条理が嫌いだし、そんなものが溢れる世界なんえ嫌だ。だから、あたしは深く頷いた。


「わかりました。それで菜摘には会えるんですね」


「ああ、彼女とも似たような約束をしたから、その目的に向って進んで行けば必ず会えるよ」


 あたしはその言葉に喜び、菜摘に早く会いたくて、目の前の存在を急かした。


「じゃ、あたしを今すぐその世界へ送って下さい。お願いします」


「わかった。その前に一つだけ。君の向こうでの名前はテルースだ。彼女の名前は……会えば直ぐにわかると思う。じゃ、行っておいで」


 目の前の存在は、そう言ってあたしの頭に手を翳した。

 あたしの意識は再び薄れていく。そして身体は、どんどん、どんどん、どこかへと落ちていくのだった。


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