第25話 巨艦対決
鉛色の空が、水平線まで垂れ込めていた。
ヌエテル王国海軍の誇る戦艦は、北方の寒風吹きすさぶ外洋を行く。
艦長席に座るのは、赤毛を短く刈り込み、鋭い灰色の瞳を持つ男――クリムゾン大佐。
アルバート・スチームフォード技術顧問から直接「この艦を託せるのはあなただけだ」と指名された人物だ。
「見張り、異常は?」
「艦首方向20度、煙柱3本確認!距離25,000!」
敵だ。
しかも、その黒煙の濃さと航跡の太さから、並の巡洋艦ではない。
やがて、灰色の巨艦が霧の帳を割って姿を現す。
――ブルトニア帝国新鋭戦艦。
全長125メートル、全幅21メートル、排水量6,500トン。
主砲は12インチ(305mm)連装砲塔3基、計6門。装甲も強化され、速力はアスタリスクを僅かに上回る19ノット。
ブルトニアが技術の粋を集め、アスタリスクに挑むために造られた艦だ。
「正面衝突は避けられんようだな……」
クリムゾン大佐は帽子の庇を押し上げ、短く命じた。
「総員、戦闘配置!蒸気全開、18ノットで迎撃する!」
艦内に非常ベルが鳴り響き、甲板を駆ける水兵たちのブーツが鉄板を叩く。
弾薬庫では薬嚢と砲弾が揚弾機で運ばれ、305mm主砲の砲尾が重く開く。
ボイラー室では火夫たちが石炭を炉に放り込み、汗が額を流れ落ちた。
「距離18,000、敵、砲門開く!」
先に火を吹いたのは《アイアンテンペスト》だった。
真昼でもわかる閃光、轟音が海と空を震わせ、数秒後、アスタリスクの右舷前方で海面が爆ぜる。
巨大な水柱が甲板を濡らし、硝煙と潮の匂いが入り混じった。
「主砲、初弾斉射――撃て!」
艦体を揺らす衝撃と共に、305mm弾が海を切り裂く。
だが着弾は敵艦の右舷後方50メートル、惜しい。
「距離縮めろ、50減!」
二斉射目。
今度は敵艦の舷側10メートル手前に巨大な水柱が立った。
敵甲板で慌てて身を伏せる人影が見える。
「あとわずかだ……揺れ補正加えろ!」
三斉射目――砲口閃光、耳をつんざく轟音。
数秒後、敵艦の艦首装甲下部に直撃。鉄板が剥がれ、黒煙が噴き上がる。
しかし《アイアンテンペスト》も怯まない。
速射で放たれた砲弾がアスタリスクの船尾近くで炸裂し、破片が甲板を叩く。
見張り台の木片が宙に舞い、負傷者が担架で運ばれていく。
両艦は並走しながら、互いに巨砲を撃ち合った。
海面は無数の水柱と爆炎で覆われ、視界は硝煙にかすむ。
――その時、僚艦から信号旗。
「敵増援、左舷後方より接近」
霧の向こうから、二隻目のブルトニア戦艦が現れる。
旧式ながらも、以前会敵した《テンペスト》だ。
側面から砲撃を浴びせるには十分な脅威である。
クリムゾン大佐は舵を切らせ、アスタリスクを敵2隻の間に割り込ませる大胆な機動を選んだ。
「左右で同時交戦だ!副砲、左舷、敵二番艦に集中砲火!」
152mm副砲が唸りを上げ、旧式艦の上部構造物を粉砕する。
砲弾片が飛び交い、敵甲板で火災が発生した。
右舷では《アイアンテンペスト》が必死に食い下がるが、アスタリスクの精密射撃が次第に装甲を穿ち、艦首の揚弾機を破壊。主砲1基が沈黙する。
「敵旗艦、速度低下!」
艦橋に歓声が広がった。
さらに副砲弾が《テンペスト》の舷側に命中、蒸気が噴き出し、舵が効かなくなったように旋回を始める。
午後15時。両敵艦は炎と煙に包まれ、ついに旗を降ろした。
クリムゾン大佐は双眼鏡を下ろし、低く呟く。
「スチームフォード卿……これでまた時間を稼げたぞ。フリーダムの完成までな。」
第25話成果:
ブルトニア帝国の新鋭艦を損傷
フリーダム建造の時間稼ぎ成功




