1.時空遊戯との邂逅
2030年、某日
技術の発展に伴いSNS中心の世の中となったこの世界では『SNS依存』が大きな社会問題となっている。
1日のうち大半の時間をSNSという虚像につぎ込み浪費する大衆、限られた時間をどう奪うかに心血を注ぐ企業。
俺らは、とうに 時間の価値を、時間の使い方を忘れてしまっていた。
1日はたったの24時間しかない。
そう、24時間しかないはずだったんだ。
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「おーい、夏休みどうだったー?
おーい、無視すんなよ〜」
俺、こと久遠 朔也は都立高校の三年生で、あと数ヶ月後に受験を控えている受験生でもある。
そしてさっきから隣でうるさいのは小学校からの腐れ縁である西岡 陽翔だ。
「あーもう、うるさいな!」
「そんな怒るなよ、夏休み何してたのか聞いてるだけだろ?」
「…ずっと勉強だよ」
「はぁー?ガリ勉様様だな、俺だったら絶対死んじまうよ」
何故か無性に苛立った。
夏休みを楽しめなかったことに苛立ったのではない、休み明け早々にズケズケと踏み入ってくる陽翔に苛立ったんだ。
自分を正当化するようにそう言い聞かせた。
「お前はもう進路決まってるから気が楽でいいよな」
「おうよ、もう夏休みチョー楽しかったぜ。映画たくさん観たり、自転車で沖縄まで行ったり、色んなゲームもやったり⋯」
陽翔は野球部のエースでその実力が買われ、卒業後は企業の実業団として就職することが決まっている。
とはいえちょっと遊び過ぎじゃないか?
そもそも自転車で沖縄ってさすがに無理があるだろ…。
夏休みフルで使っても足りないぞ。
「っていうか自転車で沖縄まで行ったってどういうことだよ。お前のどこにそんな金と時間があったんだ?」
「あ、やべ。口が滑っちまった。」
「……どういうことだ?」
数秒の沈黙が流れた後、何かを思い立ったように陽翔は顔を近づけて小さく喋り始めた。
「いいか、ここだけの話だぞ?
実はな、『時空遊戯』っていうスマホゲームの試合で勝ったら時間も金も貰えたんだ」
なんだその出来の悪いマルチ商法みたいな話は…。
休みボケで頭がおかしくなったのかと思ったが、陽翔の話を要約するとこうだ。
・時空遊戯というアプリ内の試合で相手に勝利するとクロノという名前のポイントが手に入る
・クロノは時間や現金と交換することが出来る
陽翔は嘘をつくようなヤツではないが、にわかには信じ難い。
「ちなみにそのアプリってどこで見つけたんだ?」
「なんかYouTubeみてたら急に広告で出てきたんだよ。朔也もやりたいなら広告のリンク送っといてやるぞ?」
「はぁ…、スマホに使ってる時間なんてないっつーの」
「はいはい、わかりましたよーっと」
あまり興味を持って貰えなかったことが不満なのだろう。
少し拗ねたような表情をして陽翔は行ってしまった。
時間も金も貰えるなんてそんな摩訶不思議な話あるわけないだろ
突然訳の分からない話を聞かされたが、今日のことは忘れよう。そんな夢物語に期待をしてる暇なんてないのだから。そう誓って俺は帰路についた。
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「ただいま」
そう呟いた声は、静けさを破るには至らなかった。
あの日、母が突然この世を去ってから、父は朝から晩まで働きづめだ。
家には俺ひとり。
夕飯の準備どころか、父の気配すらない。まあ、いつものことだ。
そのまま階段を上がり、自分の部屋のベッドに倒れ込む。
「はぁ〜、なんだったんだ陽翔のやつ…」
じわりと体に馴染む感触に、思わず息を吐く。
そのとき——
(ピコンッ!)
静寂に沈んだ部屋に不釣り合いな通知音が弾けた。
しぶしぶ画面を覗くと、陽翔からのメッセージが目に入った。見るまでもなく、あいつのことだ——案の定、あの時断った『時空遊戯』のリンクが添えられている。
「……お節介が過ぎるんだよなぁ」
そう呟きつつも、目の前の怪しげなゲームについて考えられずにはいられなかった。
時間——それがあれば、陽翔のように遊ぶ時間が得られる。
金——それがあれば、親に頼らず学費を払える、最高の親孝行じゃないか。
とはいえ、そんなうまい話があるとも思えない。
けど、もし本当なら…?
「……まあ、試してみるのはタダだしな」
ふと気がつけば、指が画面をタップしていた。
『ダウンロード開始』の文字が静かに光る。
画面をスクロールする指が、一瞬だけ利用規約らしき文字をかすめた気がした。
……まあ、どうでもいいか。
そんなものを読んでいたら、せっかくの気持ちが削がれてしまう。
胸の奥に湧き上がる高揚感に任せて、深く考えもせずに画面をタップする。
『新規アカウント作成』
数秒のロードの後、鮮やかなログイン画面が目の前に広がった。