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 次の日。


「あれ里沙、メイクかえた?」


 朝一番の未佐子の反応だった。未佐子はクラスが違うがこの日は翔子と約束していた本を借りるために里沙達の教室に寄っていた。それで里沙の心境が現れた顔と早速出会っていた。


「……やっぱり変? アイラインだけはきっちり引いたんだけど」


 いつもはつけまつげを上下にしっかりつけ、目をできる限り大きく見せることに心血を注いでいたが、今日はマスカラだけでまつげのボリュームを出し、アイラインは太くなりすぎないように気をつけて、アイシャドウで陰影と華やかさを足した。ナチュラルメイクとはとてもいえないが、里沙からしてみればかなり抑えたメイクになっていた。

 控え目なメイクで若干心もとない里沙の落ち着かなさげな声に翔子と未佐子は逆にテンションを上げていた。


「ううん、いいよ。カワイイ!!」

「どういう心境の変化なの?」

「変化っていうか、いつもフルメイクじゃなくてもいいかなと思って。今日はアイメイクは抑えたい気分だっただけなんだけど」

「里沙はスッピンもカワイイんだからノーメイクでも十分だけどね」

「どうもお世辞をありがとう」


 素直に受け取れない里沙は照れ隠しも含めてそんな言い方をした。それをちゃんと伝わってないと取った翔子が再度強調する。


「本当だってー、すっごく可愛い! もちろん今までのも可愛かったよー、あれはあれで、こう、やってやるぞ感が出てた」


 こぶしを握って政治家の選挙ポスターのように意気込みを伝える仕草をする翔子に里沙も未佐子も苦笑だ。


「それって褒めてんの?」


 思わず尋ねた里沙に翔子は大きく頷く。


「もちろん! 迫力の違いかなー、薄いほうがあたりが柔らかい感じ」

「渋い言い方だなぁ」

「え、じゃあ朗らか? 物柔らかな? そんな感じ」

「わざとだな、普段そんな言葉使わないくせに」


 苦笑しつつなんだか翔子らしいと言いたい事はよく分かった。


「間違ってないと思うけどー」

「分かった分かった、ソフトな印象になるんだな。じゃあいつもはどんな感じか、もう少し詳しく」


 それを里沙が聞いたのは単純に興味があったからだ。


「快活で屈託のない感じ。気が強そうとも言えるかも」


 翔子のその感想に、そうなのかと未佐子にも尋ねると頷きが帰ってきた。

 しかし里沙には疑問が残る。


「実際はどっちでもないんだけどな、打たれ弱くて長いものには結構巻かれる方だし、だから打算的で陰気なところもあるわけでさ」

「人間誰でもそうだよぉ」

「二面、三面持ってて当然だって」


 里沙のネガティブ発言にフォローが入るが、里沙は違うことを感じていた。


「でも見た目でそれが隠れるんだからメイクって凄いよなー」


 ちょっとの化粧だけで、印象がそれほど変わるというのは里沙には大きな発見をしたような感動だった。

 二人にもその感動を分けようと簡単に説明すると、納得しながら翔子はその意見に付け足した。


「里沙がもともと持ってる雰囲気もあると思うけどね」


 だから強そうにも優しそうにもなれるんだよと翔子は微笑んだ。


「今日はやけに持ち上げるな、何かおごらせる気か?」


 朝から嬉しいことばかり言われて里沙はうれし恥ずかしだったが、それ以上に恥ずかしかったのが翔子だった。


「にゃいにゃい、里沙っちが幸せそうだから私も嬉しいだけにゃんでーす」


 突然豹変した翔子に里沙も未佐子もびっくりだ。


「どうしたッ! なぜネコ語でしゃべるんだッ」


 憑き物を落とすかのごとく里沙が翔子の肩をゆする。


「ちょっとどうしたの翔子?」

「ちょっと恥ずかしくなってきたからにゃー」


 ゆすられながら説明する翔子に里沙も未佐子もあきれた。


「そっとの方がもっと恥ずかしいと思うぞ」


 里沙の指摘に翔子自身も分かっていたのか、さっさと席に戻る。


「翔ちゃーーん、忘れてあげるから心配するなー」

「そろそろ先生が来るにゃーん、ミサも教室に戻るみゃーん」

「逃げたな」


 未佐子もそう言って帰っていった。

 昼には何事もなかったように三人でご飯を食べ、理沙は放課後はまた委員のために生徒会室を目指していた。この日は部活があったので、夏休みの後の体育祭のそのまた後の文化祭のために作業を進めたい里沙は、さっさと委員の仕事を片付けようと簡単な自分だけの段取りを考えながら歩いていたら後ろから声を掛けられた。


「高峰!」

「はーい、あっ……三村君」


 昨日の今日で、いきなり出会ってしまって内心ドキドキだったが、自分で決めた通りできるだけ普段通りだと自分に言い聞かせた。


「最近忙しそうだな、今から生徒会室行くのか?」


 さすがに男子には些細なメイクの違いなど分からないのだろうと思った里沙は、なんの反応もなくても気にならなかった。むしろ、三村に分かるくらいにはまだまだ先は長いなと決意を新たにして、普段通りを努めた。


「うん、スケジュール表作るのが大変でさ」

「そうなんだ、俺も部長に頼まれて申請書出しに行くんだ」

「バレー部の?」


 三村が手に持っていた用紙は生徒会が部活用に配布したものだったので、里沙にもそれがすぐに分かった。


「そうそう、地区予選が結構順調だからもしかしたら県大会いけるかもしれないんだ」

「すごっ! バレー部って強かったんだ、知らなかった」


 何事にも興味の薄い里沙は当然自分の学校の部活の活躍など知りもしない。三村が所属しているバレーボール部のことでも三村自身に言われるまでどうなっているのかなんて調べようという発想すらなかった。

 三村は里沙のそんな反応にも気分を害した様子もなく、部内の状況を説明してした。


「結構頑張ってるからね。夏の大会で三年引退だろ? だから気合も違うんだ」

「引退かー、そうだよねー。うちの部あんまり関係ないみたいだから実感なかった」

「文化部系は引退とかないんだ」

「いや吹奏楽とか意外に、茶道部もあるみたい、和太鼓も……実質運動部に近い感じだし引退演奏あるって。でも文化祭までって聞いたから11月くらいまでかな」


 里沙自身に興味がなくても知っていることはある。未佐子や翔子や周りの人間が熱く語れば里沙もちゃんと記憶に留めていた。

だから文化系の部活が全部家庭部のようだと思われては他が心外だろうと、里沙は一応説明をしたが、三村は案外真剣にそれを聞いた。


「へー、11月までか。自分が引退するときのこと考えるとちょっと羨ましい」

「真面目に部活やってる人間のセリフだ」


 引退が少しでも先になるといいなんて、里沙は三村の部活への情熱を垣間見た気がした。だからその感動も含めて言った里沙の言葉に三村はまた意外なことを言い出した。


「高峰だって真面目だろ」


 どこの誰がそんな事を思うというのだろうと里沙は首を捻った。


「ふぇ? あたしのこと真面目に分類したら学校中みんな真面目になるんじゃない?」


 里沙のことをお人よしだと言った未佐子や翔子でさえ真面目だなんて言わないだろうと里沙は思ったが三村はそうではないらしい。


「そなことないって」

「いやいやー、あたしは日々不真面目に生きてんだから」

「変な宣言だな」

「そう不真面目宣言!」


 歩きながらだったのでそこで目的地に着いた。そんな宣言をしたからか生徒会室に入るなり多岐に捕まえられた。


「高峰先輩、遅刻ですよ」

「いいじゃーん、五分くらいでしょ。大体時間指定されてるのあたしだけだし」


 帰りのホームルームの後里沙は少し担任と話をしていたせいで僅かに遅れはしたが、ただ雑用をするための用で遅刻とは大げさだ。


「指定しないと来ないからですよ」

「来なかったことなんかありませーん、忘れそうになったことがあるだけですー」


 前科がないとは言い切れない里沙だったが、単純に忙しすぎるからのミスでだったので仕事が多すぎるのが悪いと多岐に逆ギレしたのは最近の記憶だった。


「それですよ」


 相変わらず多岐に突っ込まれた。

 一緒に来た三村は一年生多岐の態度に少々面食らっているようだったが、日常のことなので周りにいる他の人たちは気にも留めていないのを見てか何も言わなかった。

 三村を生徒会長のところへ導きそれに会長が対応すると、里沙は多岐の元へ行き今日の作業を確認し始めた。


「結局来たんだから忘れればいいのに、しつこい男は嫌われるぞぉ」


 そうしながらも相変わらず口は動く。


「マメなだけですよ」

「物は言いようだなー」

「じゃあその証拠をみせましょうか、高峰先輩今日はいつもと化粧が違いますね」


 里沙は少し驚いた。男子にはそういうことは分からないとさっき考えたばっかりだったので尚更だ。


「……なんで」

「そりゃ、ここ最近毎日顔見てますから。雰囲気変われば気付きますよ」

「そういうものかー、さすがマメ男くんだねー」


 里沙も多岐の神経質と言っても過言ではない仕事ぶりと小言の数々を日々間近で感じていたのであっさり納得した。そのため褒められたのではなく、ただ変化を指摘されただけだと察しが付いたので特に嬉しがることもしなかった。

 ただこれが三村だったらどんな理由でも嬉しかっただろうなと想像して思わずにやけていた。


「ニヤニヤしてないで働いてください」


 多岐の言葉にはっとした里沙は慌てて顔を作り直した。同じ部屋に三村本人がいることをすっかり失念していた。

 適当に空いているイスに座った里沙はざっと見やった資料は廊下で歩きながら考えた自分スケジュールが計画通り進みそうだと少し安堵したが、念のため多岐にも確認を入れる。


「今日はそんなに掛かんないよね?」

「そうですね、何かあるんですか?」


 里沙がそんな事を聞くのは珍しかったので多岐は素直に疑問を口にした。


「何かって、あたしだって部活やってんだからさー。今日は活動日なんですぅ」

「イメージないですね、だいたい家庭部なんて一番選らばなそうなところに所属していること事態が疑問ですよ」


 以前三村にも似たようなことを言われたが、日ごろから小バカにされている多岐になら言われても気にならない。むしろ対抗心が燃える。


「だからこそだよ! そのギャップが沼だろぉ?」

「沼とか……分かりませんよ」

「またまたー白々しいなー、多岐君が隠れオタでも驚かない!」


 強めに言うと多岐はため息で里沙をたしなめる。


「勝手なキャラ付けしないで下さい」

「その発言がすでに怪しいのであります」


 キャラなんて単語に反応して里沙も台詞にキャラ付けしつつ茶化すと大人な声でしっかり訂正された。


「怪しくありません」

「ふーん、じゃあそういうことにしといてあげよう。あたしは優しいからな」

「優しさとか関係ないですから。部活行きたいなら早く書類確認して下さいよ」

「はいはい、こっちのには目通したから多岐君打ち込んじゃって大丈夫」


 多岐と書類を交換して詰まれた資料を広げると、ちょうど会長と申請のことで話していた三村が帰るところだった。


「三村くん」


 つい声を掛けてしまった里沙は自分の行動を悔やんだが発してしまった言葉は戻らない。

 三村は振り向いてそっけなく返事をした。


「なに?」


 里沙はちょうど手にもっていたシープペンシルを三村のほうに掲げて軽く振って見せた。


「ちゃんと使ってるよー、かなり慣れた! あたし頑張った!」


 咄嗟の自分の機転も含めて最後の言葉を強調するとそれが面白かったのかまた三村に笑われた。


「あははは、そんなに使いづらかった?」


 今はその反応に安堵してつい多岐と話すときのように軽口を返していた。


「それはもう! でも今は愛用してる、できの悪い子ほど可愛いんだよねー」

「そいつは優秀なんだって」

「そうだった」


 危なく勢いで話してしまいそうなのをとどまった。


「ちゃんと使ってもらえてて良かった」

「うん、ありがとう。三村君もこのあと部活だよね、頑張ってー」

「高峰もな」

「はーい」


 三村が生徒会室から去るのをひらひらと手を振って見送ると、里沙は気合をいれた。


「よし、頑張るぞ!」

「そうして下さい」


 多岐の小言ツッコミにもグッと親指を立てて二カッと笑って答える。


「多岐くーん! あたしは今からものすごくできる女になるッ、心配しないでくれたまえ」

 

 我ながら単純だと思いながらも、三村と話せたことで俄然テンションの上がった里沙はさくさくと仕事をこなしてニコニコしながら部活に参加した。


 それからも里沙の忙しさは変わらずで、慌しく過ぎていく日々が続いていった。三村と偶然遭遇することもあるし、また委員の会議で顔を見かけるだけでも楽しくて、生徒会との作業も部活での分担作業も順調にこなせていた。

このころには忙しいながらも自分なりのペースをつかみ余裕も出てきた里沙はほとんど学校に来ない杉の家にも幾度か顔を出した。

杉にもメイクが変わったことを指摘されたが、里沙のメイクも日を追うごとに少しずつだがナチュラル感を増していたので、素直に嬉しくなった。

事情というのは聞かずに学校の事を報告するのと委員のアドバイスをしてもらうだけの訪問だったが、杉も快く迎え入れてくれるので、里沙の胸に何かしら引っかかっていた杉が自分に委員を託した理由をちゃんと務めを果たしたら聞こうと思うようになっていた。


 あっという間に流れていく月日に、いつの間にか教室に久本がいてもそれが気にならなくなっていた。


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