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 そのあとも結局里沙は何もせず未佐子の作業が切りのいいところで部活を終わらせ、二人は体育館に向かった。

 和太鼓部に所属している翔子を様子みがてら待つためだ。


「わぁー、しっかり太鼓叩いてるじゃん」


 何度見ても里沙はびっくりする。

 体育館を覗くと、体の芯まで届く音が華麗に響かせられていた。翔子の華奢な体が嘘のように逞しく激しく太鼓に向かっている。


「来週末に発表会みたいなのがあるからって、気合いれて頑張ってるみたいよ」


 未佐子の言葉で気合の入り方が違うと里沙は納得した。


「へー、迫力あるねー」


 家庭部とは対照的に体育会系な和太鼓部は部員もそれなりに多く、規律のある部活動だ。普段は防音設備のある教室で練習しているが、今日は本番のシミュレーションも含めて体育館で演舞していた。

 里沙達が見ていたものが本番さながらの通し稽古だったようで、それをもって和太鼓部のその日の練習は終わった。

 軽いミーティングを済ませたのち里沙たちのもとへやってきた翔子に二人が労いの言葉をかけた。


「お疲れー」

「お疲れさま翔子」

「すごーく頑張ったよぉ」

「確かにすごい汗。学校のシャワー浴びておいでよ」


 未佐子がタオルを差し出しながら言うことに里沙も大きく頷き同意する。


「そうそう、それぐらい余裕で待ってるし」

「大丈夫! そんなことより早く帰ろうよ~」


 翔子が急くのには訳があった。明日が祝日のため、翔子の家でお泊り会をする予定になっているのだ。

翔子はその期待感プラス部活での興奮が足されているために、穏やかな作業ばかりしていた二人とはかなりテンションの差があった。


「まあどうせ行くのは翔子の家だからね、さっさと帰ろうか」


 未佐子が呆れたような笑い顔で息巻く翔子を宥めながら歩き出した。


「夕飯までご馳走になるってのは本当に大丈夫だった?」


 里沙が遠慮を口にすると翔子も、翔子の家を良く知る未佐子も気にすることはないという。


「平気、平気。ママなんか逆に喜んでたくらいだし」

「翔子のママは料理が得意なのよ、里沙の勉強にはいいんじゃない」

「最近は結構上達してきたと思うんだけど」


 入部したて頃の技術を思えば未佐子も一応納得できるらしく、これかも精進しなさいと里沙の肩を叩きながら頷いたりした。

 そんな他愛もない話をしながら帰路を行けばあっという間に翔子の家に到着した。


 翔子が玄関を開け、里沙たちがお邪魔しますと声を掛けると翔子の母親が笑顔で迎えてくれた。

 里沙と未佐子が夕飯の準備を手伝っている間に翔子は急いでシャワーを浴びてきて、仕事で遅いという翔子の父親を待たず、母親を含む女四人だけで食卓を囲んだ。

 そのあと里沙と未佐子と交代でお風呂を借り、パジャマ姿となった三人で翔子の私室でいざプチパーティーとなった。


「こうやってお泊りするの久しぶりだよね」


 コップにジュースを注いでいる翔子はいまだウキウキとした気分が落ち着いてない。


「前は冬休みだっけ?」


 里沙は未佐子が開けたスナック菓子の袋に手を入れながら、前回の事を思い出そうとした。


「そうそう、クリスマス会なんて言って女3人だけでねー」


 皮肉げに言う未佐子に里沙は苦笑だ。


「今年もそうなるんじゃないかい?」


 里沙の自虐的な突っ込みに翔子も未佐子も顔を見合わた。


「本当にちょっと大丈夫になってきたんだね」


 翔子は嬉しそうに言うが、未佐子は冷静に反応する。


「あくまでちょっとだろうけど」


 まったく違う二人に心穏やかにしてもらっていると里沙はつくづく感謝だ。


「このお泊りだって、それもあってやってもらってるんだから、いい加減落ち込んでばかりじゃ失礼っしょ」


 どことなく違和感にある里沙に翔子は心配げだ。


「そんなこと気にしなくていいけど、無理してるわけじゃないの?」

「うーん、正直全然大丈夫とは言えないけど、何とか普通にはなってきてる」

「久本に話しかけられても?」


 未佐子は真剣に聞いていた。


「話しかけてきたりしないんじゃないかなー、あれから無視に近いし」

「私それもなんかムカつくんだよねー、言い訳されてもムカつくけどー」


 里沙の言った久本との状態に里沙以上に翔子は憤慨しているようで、未佐子が宥める。


「翔子がそんなに怒っても仕方ないでしょ」

「だってさー、意味分かんないじゃん! ホント男って信じられない!!」


 翔子のその言葉に里沙はふと思うところがあった。


「あのさ、全然話し変わっちゃうんだけど、二人は好きな人とかいないの?」

「久本の話、イヤだった!? ごめん~」

「違う違う、それは全然いいんだけどさ。単純に二人のそういう話ってほとんど聞いたことがないなと思って。どうなの?」

「翔子は好きな人いるよ」


 未佐子があっさりと暴露した。


「え、ホント?」


 里沙が聞くと、翔子は視線をあちこちに彷徨わせた結果白状した。


「うん」

「うわー、いつから?」

「去年からかな、片思いだけど」

「未佐ちゃんは誰だか知ってるの?」

「それが教えてくれないの、どういうわけかダメだって」


 未佐子が伺うような視線を翔子に寄越すと慌てて言い訳をした。


「まだ恥ずかしいから言わないだけ、告白する気になったら相談するよぉ」

「今は告白する気はないって事?」

「なんで?」


 翔子は少しモジモジと悩んだ後ボソッと答えた。


「片思いが好きなの」

「え?」

「へ?」


 訳が分からないのは二人だ。


「楽しいんだよー、縮まらない距離にヤキモキするのとかさー」

「翔ちゃんはМだ」


 里沙が言うと未佐子も頷いた。


「私もそう思うわ」

「えー、そうかな? いつかはちゃんと告白するよー、こう見えて策略家なんだよー」


 とぼける翔子に未佐子が忠告をする。


「相手に彼女とかできたらどうするのよ」

「それはその時考えるよー、当分できそうにないから大丈夫」

「あとで後悔してもしらないよ」


 未佐子はすでに呆れ顔だが、翔子が気にした様子もない。


「じわじわと攻めてるから心配ないよ、あたしは確実に獲物は仕留める性質なの」


 里沙もフォローのし様がない。肉食系の内面を知っているがために否定もできないのだ。それでも精一杯のフォローにならないフォロー、いや、ただの感想を述べた。


「……実はSなのかもね」

「翔子は謎ね」


 長い付き合いの未佐子の結論に頷くしかない里沙とそれでいいとまた翔子も頷いていた。


「じゃあ未佐ちゃんは?」


 気を取り直して里沙が聞くと、またあっさりと答えが来た。


「私は今は特にないわね、面倒臭いから付き合うなら結婚できる人にするわ」

「未佐ちゃんも極端だね」

「みーちゃんは昔から現実主義だから、恋愛にロマンとか求めないんだよ」

「なんかすごくよく分かる気がする」

「どういう意味かしら」

「えーっと…………エヘッ」


 里沙がそんなこと言えば未佐子に突っ込まれ、そこをさらに翔子が突っ込む。会話が途切れることはなく、そうして夜は騒がしく過ぎていった。


 連休が明けしばらくたったころ、委員会の会議で里沙は三村と三度目の遭遇をした。委員会が終わった後なんとなく里沙の方から話しかけた。


「三村君も体育祭委員なんだ」


 配られた資料を片付けながら三村は本当に意外で驚いてたんだと訳もなく真剣な顔でいう。


「高峰もなんてびっくりだよ」

「私は今日だけの代理だから、本物ではない」


 里沙は委員どころか体育祭自体にも関心が薄いと自他共に言われているので、その驚きも当然だと三村の反応に納得だった。

 それなのに今度は里沙が驚くことになった。

 三村が突然爆笑しだしたのだ。


「あはっはっはは、偽者なんだー」


 そう言って三村は何がそんなに面白いのか里沙にはまったく分からなかったが楽しそうに笑っている。


「なんで笑うの?」


 ワケが分からず思わず聞いてもしばらく三村は笑い続けた。


「あははぁ、相変わらず面白いこと言うな」


 辛抱強く返事を待った里沙に三村はそんな答えをようやく出したが納得できず、雰囲気でただ笑われているだけなのではと思ってしまう。


「なんか失礼だな」


 そういって里沙が勘ぐると三村はまだ笑いの残る声ですごく褒めてると言ったが、やっぱり理解はできなかった。

 笑いながらも片付けを済ませた三村は荷物を持って、里沙に尋ねた。


「高峰はこれから部活か?」

「今日は休み、さっさと帰るよ」


 里沙はしっかり持ってきていた通学カバンを掲げて見せて、帰る気満々だとアピールした。

 それならば昇降口までは一緒だという三村と会議室を出た。


「手芸部だったよな」

「家庭部! 料理とかもするし」


 家庭部には定番の間違われ方をした台詞に少し喰い気味に訂正をいれた。


「あはは、そうだった」


 それにまた三村は笑ったが里沙はもうそれを気にしないことにして、一応思い出したことで良しとし逆に質問を返した。


「三村君はバレー部、だったっけ?」

「そうだよ」

「そこそこ身長あるから言われてみれば納得かも」


 一見マイペースな軽いオタク風だが、髪型も体系もしっかりスポーツしている人間の爽やかさがあった。

 里沙がバレー部の三村に納得なんて言ったからか、里沙が家庭部に在籍していることに思うところがあったらしく逆に聞かれた。


「なんで家庭部入ったんだ?」


 三村の笑顔の裏にある疑問を感じ取った里沙は幾分声のトーンを低くしてあえてその真意を探る。


「それってどういう意味?」

「想像通り、似合わないから」


 またも笑顔で、しかもあっさり言われたので三村にあるのは悪意ではなくただの興味だと分かったが、それでも里沙は自分の女子度の低さを堂々と言われて、どうしても突っ込みをいれずにはおれない。


「……マジで言うかよ」


 里沙は少しだけでも切ない感情を分かれとできる限りダークなオーラを出したつもりだったが、三村には一切効果がなかったらしく淡々と話を進められた。


「森本さんがいるから?」


 そうなれば里沙も拘っているのも逆に恥ずかしくなり、気分を切り替えて単純に理由を説明することにした。


「そう、未佐ちゃんに誘われたから。別に入りたい部もなかったし」

「手芸とかできなさそう」

「得意ではないけど、別に苦にもならないから。料理も教えてくれるって言うし、習い事気分でいいかと」

「……高峰らしい理由だな」

「なんだか失礼に聞こえるな」

「あっ」


 唐突に声を上げ立ち止まった三村に里沙は本当にびっくりしたが、もしかして気に障ったのかと遠慮がちに理由を聞いた。


「急にどうした?」

「芯、教室だ」


 前触れのない発言にとっさに分からなかった里沙は少し考えて三村の言ったことの意味が理解した。


「しん? あーシャーペンの芯か。別にいいのに」

「そこはちゃんと責任取らないと」

「責任って……今日は別にいいよ。このまま部活行くんでしょ?」

「そうか……今度渡すからさ」

「はいはい、じゃあね」


 そうは言ったもののそれからまたしばらく三村と会うことはなかった。

 わざわざ貰いに行くのも当てつけがましい気がしたので里沙の方からわざわざ訪ねることもしなかったし、三村の方からやってくることもなかった。

 あれだけあげると言っていながらも持ってこないことも里沙は別に気にならなかった。むしろ忘れてくれたほうが気をつかわなくていい、くらいに思っていた。



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