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 その日の晩も、里沙は湯船でこれまでのことを振り返る。

 この三ヶ月という時間は里沙自身を変えた。たくさんのことを知って、たくさんの人をみて、自分にいろいろと問いかけて…………。

 杉に言われたことも背中を押した。

 だから新しい一歩を踏み出せるような気がした。


 告白してみようか。


 勢いばかりだった過去を反省していたが、臆病になることばかりではそれもまたいずれ後悔することになる。

 必要な勢いもあるのだと、里沙は決意を固めた。


 湯上り、ベッドで己の決心をただのその場限りの勢いではないと再確認して、眺めるばかりだったスマホの画面から初めてメッセージを送った。

 日曜日の夕方。場所は学校近くの文化公園。

 夕方になれば人も少なくなり、シチュエーションとしてももってこいだ。

 ただ、こんな約束を取り付ければ言わずもがな里沙のしたいことはばれる。それを分かっていてわざと里沙はそうした。

 理由は簡単で、三村が告白に勘付いてその時点で嫌ならば待ち合わせさえ断るだろうという完全な予防線だ。

 会って言ってしまえば直接的な断りを聞くことも考えられる。いくら決断したとはいえできるだけ傷つかずに済むようにするのは最後の悪あがきだった。

 送ったメッセージにすぐに三村から返信が来た。連絡先を変えられている可能性も考えていた里沙は一先ず胸を撫で下ろした。

 だがまたすぐに緊張に包まれた。内容を見るまでは安堵などしていられないのだ。

 何度か深呼吸を繰り返し決死の覚悟でメールを開く。すると呆気に取られるほど軽い了解の返事だった。


「三村君は鈍感なのか? ……うーん、しょうがないか」


 それから日曜までの数日、里沙は努めていつも通り過ごした。三村とだけは見かけても話しかけたりしなかったが、それも忙しさに紛れて不自然というほどではなかった。


 そして当日。

 予定より早めに待ち合わせ場所に着いた里沙は予行演習でもしてようかと考えていた。しかし、予想外に三村のほうが先に来ていて、早速予定が狂う。

 いつだって告白には勇気がいる。

 三村の姿を見たとたん心臓が痛くなるほど鼓動が激しくなる。それでもゆっくりと足を進めて三村の前まで行く。

 普段なら軽くあいさつでもするところだが、すでに告白することしか頭にない里沙は上手く言葉でてこない。


「えーっと――」


 ついに頭が真っ白になっていた里沙がとりあえず何か言おうとした瞬間。


「高峰里沙さん」


 何故かフルネームで呼ばれて固まってしまう。

 呼ばれた拍子に三村の顔を見てしまい、さらに里沙は動けなくなる。里沙にしてみれば長い時間、実際は数秒だったかもしれないが三村も何も言わず里沙を見ていた。

 先に沈黙に耐えかねた里沙が口を開く。


「……何でしょうか?」


 金縛りから半分だけ解けた里沙はやっとそれだけ言えた。

 そして返ってきたのは……。


「ずっと好きでした」


 それは自分が言うセリフ! っと叫びそうになるのを堪えて、里沙はその言葉を必死に理解し飲み込もうとした。ぐるぐると回る三村の言葉が里沙の中に上手く馴染まない。


「……え、えっ、ず、ずっと?

 混乱しすぎてそんなことを口走る。


「そう、ずっと」

「え?…………気付かなかった」


 ますます訳が分からなくなった里沙は、まさか逆に告白を受けることになるとは夢にも思っていなかったこともあり、もう驚きを通り越して無我の境地で他人事のように話を進め始めた。


「あたしって鈍感なのかな」


 三村はそれは分からないけどと前置きをして、ばれないようにはしていたからという。


「隠してたし、黙ってたからね」

「……まあ、そうだろうけど」


 里沙だって隠してるのだから人をどうこう言えない。それでも“ずっと”という言葉が里沙には俄かに信じがたいことで渋い顔で三村を見てしまう。

 するとそれを察したのか、三村のほうから質問を投げかけてきた。


「いつからか詳しくお知りになりたいですか?」


 里沙は唐突にそう言われてビクつくが、最早三村との会話の習性のようにどうでもいいことにツッコんいた。


「なぜ敬語に…………いや、知らなくて良いです」


 つい反応してしまいながらも、それなりに冷静に答えた。三村も別段気にした様子もなくコクコクと頷く。


「ボクも聞かない方がいいと思います」


 そんな言われ方をしてしまうと、里沙の本性が疼き出してしまう。


「……そう言われると知りたくなるよね」


 堪えて控えめに言うと、三村はニコッと笑った。


「ではヒント」

「ヒント?」


 里沙は突然のクイズ形式を疑問に思ったが、三村はさくさくと進めていくので受け止めざるを得ない。


「去年の文化祭の時にはすでに」


 いつもと変わりない様子の三村に里沙もいつもの調子を取り戻していく。


「それってヒントなのか」

「それと久本が好きなことも知ってた」

「え、なんで!」


 翔子に他にはばれていない筈だ、大丈夫だと言われていたので、里沙はこれには本当に驚いた。


「見てれば分かったよ」


 三村は笑っているからそれをどう思っていたのかは分からないが、とりあえず里沙は体温が急上昇するほどに居た堪れなくなってくる。


「ヤバイ、かなりハズイんだけど」


 里沙の心境はまさに穴があったら入りたいだった。しかし三村の話は淡々と進む。


「だから告白は卒業式の日にするつもりだった」

「なにそれ?」


 どこを通って導き出された話なのか里沙には皆目検討もつかない。


「俺も今日するなんて想定外だよ」

「いや違うくて、なんで卒業式の日にって話」


 本来なら重要であるはずのことを否定してしまうほど、里沙の混乱はおさまっておらず、もう思いつくままに話している。

 三村も自分のことなのに首を傾げて答える。


「なんでだろ、なんとなく」

「クラスも別になったし、違う人のこと好きになったりするかもしれないじゃん」


 今、自分を好きだと言ってくれている相手に言うことでもないのに、つい里沙は聞いてしまう。


「そうなるかもしれないし、そうならないかしれない。自然に諦められるなら自分の想いもそれくらいのものなんだろうなって思ってたりもしたし、もし卒業までずっと好きだったらけじめ付けるためにってね」

「……そうですか」


 みんないろいろ考えるものなんだなと、やはり人事のように里沙は思った。


しかし急に三村の話は戻ってきた。


「とか思ってる矢先に泣いてる高峰に会ったんだよ、クラス離れて接点ほとんどないしどうしようかと思ってたから正直チャンスだと思った」


 あの時のことを思い出して里沙は苦笑した。


「ヒドイなぁ」

「自分でも思った、俺って意外と現金な性格だったんだ」


 三村は真面目な顔をしてそんな事をいうので、里沙はついフォロー入れてしまう。


「でもあの時、理由まで訊かなかったじゃん」

「それは聞かなくてもなんとなく分かったから、久本のせいだっただろ?」


 今更否定することもないので里沙は素直に頷いた。


「うん」

「だからさ、強引でも切っ掛けにしようとわりと必死だったんだ」


 里沙は必死だったという三村の様を思い出すが、そんな雰囲気は全く感じさせていなかったと思う。その直前のショックがあるので気にする余裕がなかっただけかもしれないが、少なくとも三村が里沙に対して好意があると感じさせるものは一つもなかった。


「……そんな風には見えなかったな」

「そこが長所であり短所なんだ」


 そういって三村は照れたように笑った。

 そこで一旦話は途切れた。


 里沙にはまたドキドキが戻ってきてそれでも聞こうとあらためて切り出した


「……急に告白した真意は?」


 少し遠くを見ていた三村はゆっくり里沙の顔をみて少し困ったように言う。


「だって高峰が何か言いそうだったから」

「何を言うと思った?」

「……告白されるなって思った」


 里沙の真理を思ってか言いにくそうする三村の様子によけいに恥ずかしくなって里沙は頭を抱えてしまった。


「あー、やっぱりー。もしかして前から気付いてた?!」

「いや、俺としては今日までそんな感じしてなかったからびっくりだった」


 ほっとする里沙だったが、三村の言葉のニュアンスに引っかかりを感じた。


「どういう意味でしょう?」

「高峰は俺と逆で分かりやすいと思ってた」

「自覚がないとは言えませんー、顔に出やすいんだよねー。恥ずかしい」

「俺はそういうところがいいと思う」

「おっ、それが好きになってくれた理由? 治したいところだからちょっと複雑だけど」


 里沙は気恥ずかしさもあいまってそんな聞き方をしたが三村は意外に真剣に受け取って答えた。


「それだけってワケでもないから、いろいろあるけどあえて言えっていうなら」


 興味がないとは言えない里沙は続きを促す。


「なに?」

「こういうところ」


 全く分からない。どこをどう指しているのか検討もつかない。


「こういう? どういうところだ?」


 必死に頭を捻って考えている様が面白かったのか三村は笑ったが、笑いながら里沙のその雰囲気を褒めた。


「なんでも話そうって思うんだよね。とても話しやすい雰囲気持ってるよ」

「そうかな」


 里沙自身には全く自覚がない。人見知りはしないほうだが、人当たりが良いとも思っていないので里沙には分からないところだ。

 それでも三村は念を押す。


「最近は特に。だから焦った」

「別に焦らなくても、正直なところ春の失恋の痛手も完全に消えたわけではない……事もなくないっていうか」


 里沙はいいながらマズイと思って語尾はゴモゴモと濁した。


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