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 いよいよ直前に迫った夏休みのために学校の中が落ち着かなくなるのは仕方が無いことだった。散々話題にしてたそれが目の前にくると、里沙は逆になんだか現実味が無いような気になっていた。

 日差しだけはすでに突き刺さるように降り注いでいる。

 毎朝のスタイリングとメイクも続いているが、すっかり日焼け対策にシフトを移しつつある。以前のようにまるで変身するかのようなメイクはもうしていない。相変わらず雑誌で最新のトレンドやメイク術は勉強しているが、全てを自分の顔に施したりはしない。何事もTPOが大切だと気がついたのだ。

 だから平日学校に行くだけならば過剰にしずぎない。少し長所を伸ばし、短所を隠せばそれでいい。

 しかし日焼けだけは、里沙には死活問題だ。すぐに肌が黒くなる性質なので、日光は敵。年中日焼け止めは塗っているが、夏場はさらに注意が必要だ。さらに今年は里沙の意志は無視して屋外での作業も容赦なくさせられる。

 それが夏休みになればどうなることかと今から頭が痛い。日にも焼けたくなし、あれこれ忙しいのも面倒臭い。

 それでも三村と会えるチャンスが増えると思えば少し気分も上がる。

 学校に来る予定はすでに山ほど立っていたし、合間を縫って翔子や未佐子と遊ぶ約束もしている。家族との旅行の予定も母親の仕切りできっちり定められていた。

 今の理沙には現実味は無いがその予定達は確実に来る。それは不思議と里沙に安心感をもたらした。

 何事も時間は確実に流れているのだから、里沙はその時に備えるだけだ。そう思っていた。

そしてそれはすぐにやってきたが、予想外過ぎる方面からだった。

里沙は校舎内をあちこちと用事を済ませるために歩いていた。


「高峰!」


 里沙は振り返らずとも誰か分かってしまった、久しく聞く事のなかった声なのに。


「…………久本君」


 無視することもできず後ろを見れば思ったと通り。

 体育際の準備でほとんど教室に顔を出していなかったので、姿を見ることもほとんどなかった相手だ。


「高峰、ちょっといい?」

「え?」


 良いも悪いも無いのだが、染み付いたものなのか里沙は咄嗟には拒絶できなかった。


「ちょっと一緒に来て」


 当惑しながら校舎裏までついていくと前置きもなく久本は話し出した。


「この前のことさ、何か勘違いしてるんじゃないかと思って」


 この前とはいつのことなのか、久本とは三ヶ月近く言葉を交わした記憶さえない。


「勘違いって……?」


 何を言っているのかと思いながらつい聞き返してしまう。


「あいつとは付き合ってるわけじゃないからさ」


 それでようやく理解できたが、いまだ鮮明に思い出せる出来事は塞がりかけた傷だ。里沙が戸惑うのも当然だった。それでもあれから月日は確実に過ぎているおかげで辛うじて言い返すことができた。


「……でも、彼女って……」


 そう言って里沙に紹介したはずだ。付き合っている彼女以外にどんな彼女がいるのだろうか。まごつく里沙の言葉では久本に何か訴えるだけの力がなかった。


「あの時一緒に遊んでただけ、あの後別の奴らと合流したし」


 まったく答えになっていない。動揺している里沙でもそれは分かる。

 はぐらかそうとしているのか、それとも本気でそれを信じると思っているのか。もしそれで里沙のことを言いくるめられると思っているならば、それは自分にも原因があるのではないか、そんな風にも思えた。

 久本と付き合っている期間、里沙は久本のことなら無条件で何でも頷いていた記憶が蘇ったからだ。嫌われたくない、気に入られたい。その一心で何事も深く考えていなかった。

 だからなのか、告白してから1ヵ月間の記憶はとても曖昧だ。今まで思い出すと辛いと、故意に頭の隅にやっていた気になっていたが、そうしなくても二人の思い出は僅かに数えるだけ。まともにデートといえる事もしていない。いつも久本の友人たちがまわりにいて、里沙はその中の一人に過ぎなかった。

 よっぽど暇なときに二人でファミレスで座っていた。またすぐに誰かそこにやってくるまでの時間。その僅かな時間が里沙には幸せだと思えていたのだ。毎日遊ぶのに忙しい久本が二人で居る時間を作ってくれていると、自分の良いように勝手に解釈をして。

 その時のことを思えば、久本が今言ったこともあながち嘘ではないのかもしれない。

しかしそれ以前に里沙には不思議で仕方ないことがあった。


「どうして今頃……?」

「さすがに浮気とか疑われてそうだったから、話しづらくてさ」

「…………」


 あれを疑いですませているとは、さすがに里沙でも驚きで言葉が出てこなかった。


「最近可愛くなってきたし、逆に浮気とされたらヤバイじゃんか」

「……ごめん、もう」


 どうにかそれだけ言えた。


「え? なんで?」


 本当に不思議そうに聞いてくるので、里沙もう深く考えず思ったままを口にする。


「なんでって……あたしそんなにバカじゃないし……」


 三ヶ月前まではバカだったかもしれないが、その三ヶ月で里沙はいろんなものを見てきたのだ。久本中心の世界が崩壊して、里沙はそれで自分のまわりに目を向けだした。

 久本はそれを知らない。

 久本を好きだと言ったままの里沙がまだいると思っているのだ。

 だから里沙の言葉は届かない。


「意味わかんないんだけど」


 久本は少し機嫌が悪くなったようだ。

 それで里沙は悟ってしまった、自分の今の感情を。

 機嫌を悪くした久本に里沙は動揺しなかったのだ。以前ならすぐさま取り繕うとしたはずなのに。


「……そう、分かんないかー」


 たった三ヶ月、されどだ。里沙はこの時ようやく自分も少し変わったのだと自覚した。久本ももしかしたら変わってしまったのかもしれないが、里沙はもう久本に対する感情を持ち合わせていないことが自分で分かったのだ。

 里沙の感情は最初から久本には届いていなかった、だから分からないのだ。

 今はもう久本から続けられる言葉が里沙にも届かない。


「てか別れてないんだから、俺らまだ付き合っててんじゃん? 他の男にいくとかないよな」

「じゃあ今別れよう」


 今度は反射的にそう言っていた。里沙は自分で言って目が覚めた。

 そう里沙はもう久本なんかに構っていられないのだ。

 突然のことに動揺して、のこのこ久本の後についてきたが、そんな暇は今の里沙にはない。

 物理的に様々なことに時間を奪われている。そして心は三村に向かっている。

 それが今の里沙に大切なことで、大事にしたいものなのだ。

 だからそのどちらも他の何かに与える隙は少しもない。

 それがかつて好きだと思っていた相手でもだ。


「別れよう」


 改めて今度は意識を込めた。

 里沙は本来の自分をやっと取り戻し、正面きってやりあう覚悟をつけた。


「なんでだよ」


 今度こそ本当に怒りの込められた言葉だ。それでも里沙は動じなかった。


「久本君は別にあたしのこと好きじゃないって分かったから」


 日当たりの悪い校舎裏で、曇る久本の表情はなんだかひどく窮屈そうに見えた。


「そんなことないし」


 逆に里沙は日が当たらない分涼しい風をうけてどんどん冷静になっていく。


「じゃあ、学校でこの前一緒の人に会ったらどうする?」

「別にどうもしないって、ちゃんと高峰と付き合ってるって言うじゃん」


 言えばいいというものでもないが、里沙はそれで分かったこともあった。


「……あの人とは別れたか、じゃあ今は誰を狙ってるんだ」


 久本の眼中に自分がいるとはとても思えなかったのでそんな予想が立ったのだが、言われた本人は理解できないらしい。


「何言ってんの?」

「あたしのこと繋ぎにしようとしてるの分かってんだって。あの時一緒にいた人と付き合ってるって確認してもらったし。それに今さら久本君に未練ない」


 今度こそきっぱりはっきり言えた里沙は、自然と胸のつかえが取れたような気がした。

 わずか1メートル先にいる相手はもう自分とは関係ない。里沙は自分にもそうはっきり言えた気がした。

 言われた久本もまさか里沙がそんな反応をするとは思っていなかったようだが、それでもそれ以上里沙に言い寄るのはプライドが許さなかったようで態度を変えた。


「ちょっと告白られたからって調子乗ってるとあとで後悔するぞ」


 里沙はこれで久本の真意がつかめた。

 久本は噂を信じているのだ。学校のスターでありカリスマであるバスケ部エースの辻口に告白されたという全くのデマ。

 真実を知らない久本は、里沙が辻口の告白を断って久本と付き合ったとなれば自身の株が上がると考えたに違いない。

 なんとも打算的だが。

 こういう妙に強気なところが好きだったのだ。強気というか強引で俺様なところが当時の里沙には魅了的の見えた。でも今は……。


「もし後悔することになっても別にいいよ。……たぶんしないと思うし」

「そっちがそれでいいなら、俺だって……お前なんかどうでもいいんだから」


 そんな事を言われても里沙は自分でも驚くほど何も感じなかった。それどころか、久本の言葉の裏に隠れた気持ちまで分かってしまった。

 ただの強がり。久本はきっとこういう場面で断られるという体験をするのが初めてで、プライドがこれ以上傷つかないようにそうやって守っているだけ。

 里沙のことが好きでではない。一度も里沙のことを思ったことさえないのかもしれない。

 里沙の前からそそくさといなくなる久本を眺めながら、やっとそれが分かった。

里沙は最初から最後まで片想いをしていたのだ。しかも片思いしていた相手は本当の久本ではなく自分の中に作り上げた幻想に恋をしていたとのだとやっと気持ちにはっきりと区切りをつけられた。

 それでもついこの間まで好きだった人。心がひび割れそうなほど傷付けられた人。

 胸がざわつくのはきっとどうしようもないことなんだろう。ざまーみろとも思えなかった。

 それはきっと三村のことを好きになっていたからだ。

 三ヶ月前のあの出来事がなければ里沙は三村の存在に気付けなかった。それ以前の自分が無理をしているつもりは無かったがどこか背伸びして暮らしていたことを知ることはできなかった。

 自分は少しだけ変わる事ができた。

 久本を好きだと思っていたことも、今、三村を好きでいることも里沙には大切なこと。

 心のどこかで疼いていた感情がやっと落ち着いたようだった。

 そして事は進みだすと一気に回っていくらしい。


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