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 だから翌日そのために翔子と二人きりで話そうと声を掛けようと考えていたら、なんと逆に翔子の方から放課後教室に残ろうと誘われてしまった。


「里沙大丈夫?」


 完全に教室に二人だけになると翔子から多岐と同じ質問を受けた。どうやって切り出そうかとそればかり考えていた里沙は昨日と同じく翔子の言葉の意味がすぐには理解ができなかった。


「ん?」


 とっさの返しだったのでかなりお座なりだ。翔子が呼び出した理由が全くわからないうちから勝手な緊張が里沙を支配している。

 けれどそんなどこか挙動不審な態度が翔子には別の意味を持つ。

 心配と憤りで翔子は居ても立っても居られず、里沙が良いようにすればいいとは分かっていてもついに口を出してしまうほどに見ていられなくなっていた。


「例の噂だよ、辻口先輩とは何にもないんでしょ? はっきり言えばいいのに」


 しかし噂についてなど完全に意識外の里沙は今それどころでない。気にしていないわけではないが、翔子との関係で心の大半がしめられているため、全くの他人にどんな態度を取られようが何を言われようが、それはどうでもいい。気にしているのは一条ができるだけ平和に穏やかに暮らしていけているかということだけ。


「それは放っとけばいいよ、そのうち噂はあくまでも噂なんだって分かるときが来るって」


 それが本当の本音。一条が辻口の本当の彼女でそれが当たり前になる日がくると思っている。なぜなら里沙は二人で並んでいるのをちゃんと見てしているから。だから二人が“ちゃんと”付き合ってると分かっている。それを見ても分からないやつまで気を遣う必要などないのだ。

 だが翔子はそれでは到底納得できない。


「嫌味言ってくる人とかいるでしょ! なんで里沙に言うのか意味わかんない」

「そう? 辻口先輩って本物の人気者だからかなー」


 里沙の言う本当の人気者とは近寄りがたいオーラを持っている人という意味があるのだが、どうやって切り出そうか考えている里沙は思ったことを口にしているだけなのでそんな説明はしない。

だから翔子にはあまり意味が伝わらなかったのかもしれない。そのせいか、予想もしない角度からの話を告げてきた。


「谷岡先生も心配してたよ」


 なぜここで担任の話しになるのだろうかとうわの空気味の里沙でも不思議に思った。


「担任が? なんで?」

「噂のこと知ってると思うし、なんか他にも気になることがあるみたい」


 そうかも知れないが、翔子に告げるほど担任が気にかかっていることとは一体何なのか頭の中を巡らせて里沙は考えた。


「なんだろ」


 幸い期末の成績も落ちていなかったし、委員の仕事も真面目にやっている。噂のことだけならば担任は里沙に直接聞くはずで翔子から聞き出すような遠まわしなことはしないはずだ。

 ならばなぜだろう。

 あまりに考え込む里沙を心配したのか翔子の補足が入った。


「ほら、谷岡先生はうちの部の顧問だから話しすること多いだけだから」


 確かに谷岡は翔子の所属する和太鼓部の顧問もしていたと思い出したが、それと里沙の話をするのとではあまり結びつかなかった。 

 考えてもよく分からない。そんな時は里沙はいつも通り適当になる。


「あー……へー……なるほど」


 それも一応里沙が納得してみせると、翔子は今度こそ本当に唐突な質問を投げてきた。


「里沙さ、三村っちのこと好き?」


 思考を担任の方に奪われていた里沙はいきなりのことに上手く対応できない。


「ぅえっ! な、な、なんで急にそんなことを!」


 そんなに動揺すれば答えを言っているようなものだと我ながら思ったが、取り繕うこともまた難しかった。

そんな里沙に翔子は笑っていた。


「そうかなーと思って」


 なんだか楽しそうな翔子に真意を測りかねる里沙はもう深く思い悩まずに受け答えすることにした。


「分かりやすいかな?」

「なんとなく思ってただけだから、久本の時と比べれば全然だよー」

「……よっぽど酷かったんだな」


 自覚はあったが指摘されると少しショックだ。周りが見えてなかったにしてもほどがあると、わずか一年前のことを後悔するしかない。

 そんな里沙の雰囲気を感じ取った翔子は微笑みながら優しくフォローを入れた。


「そうでもないって。ミサがさ、まず気が付いたんだよ。そういうことにミサは鋭いから。だから私たち以外で気付いてる人いないと思う」

「それならいいんだけど」


 未佐子の鋭さはピカイチだと里沙も分かっている。

 人を見る目に長けている未佐子は時々心が読めるんではないかと感じることがあるほどだ。だから翔子の意見も十分慰めになった。

 しかし里沙が納得したのを見て、翔子は真面目な顔に戻って諭すように言い出した。


「だからこそ、三村っちに噂を信じられちゃったりしたらダメだよ! たかが噂でも影響力ってあるし、里沙の気持ち知らない人からしたら真実と思われても仕方ないんだから」


 翔子の心配も分かってはいるが、里沙にはあまりぴんと来ていなかった。

 三村の関心が自分に向いているとは思えない。

 そんな里沙にしてみれば、それこそ自意識過剰な気さえする。それはさっきしたばかりの後悔があるから尚更だった。一年前恋に浮かれて今更反省だらけだからこそ、今はできるだけ冷静で慎重でいたい。

 それが里沙の今の本音であるが、もちろん翔子の気遣いも今までの里沙を見てきたからこそのアドバイスだと理解できたので翔子の本心が見えなくてもありがたいと思えた。


「心配してくれてありがとう。でも三村君があたしに気があるわけじゃないし、三村君には何の関係もないそういう噂とかは興味なさそうだから大丈夫と思うけど」


 翔子から背中を押されることになるとは思っていなかったが素直に自分の考えだけを言った。しかし翔子の心配は留まらなかった。


「今はそうだとしてもこの先は? 里沙が告白するときに先輩との事出されたらどうするの?」

「告白なんてできないよ」


 咄嗟に里沙はそう口を動かしていた。

 一体翔子は何を思ってそんなことを言うのだろうと、里沙は段々と混乱してきた。もしかして翔子は里沙の気持ちを知って、三村を譲る気なのだろうかとまで飛躍して考え出してしまった。


「どうして?」


 その問いに理沙は思わず翔子の気持ちが分からないから、と言ってしまいそうになった。でもギリギリで口をつぐんだ。言ってしまえば楽かもしれないのにと思いながらも、まだそんな勇気は持てなかった。

 そしてしばらく考えて言えたことは本心でもあり繕った体裁でもあった。


「今が楽しいからかな、自分で壊せないって。……振られちゃったらもう話せなくなっちゃうかもだし」


 どうにもこうにも意気地の無い自分自身を蔑むように里沙が笑っていると、ふと廊下から足音が聞こえてきた。独特の足音に里沙はそれが誰だかわかったが、翔子のほう足音を聞くや否やなぜか身を隠してしまった。

 翔子の不可思議な行動に里沙は戸惑い呆気にとられてしまった。そのため動けず座っていると、間もなく廊下を通った人物は里沙の予想通り担任の谷岡だった。

 翔子が隠れた教壇のほうはなるべく見ないようにして、平常心を自分に言い聞かす。隠れたからには翔子は谷岡に存在を知られたくないのだと気を利かさざるを得ない。

あいさつでもしようかと里沙が考えを巡らせていると、翔子がいることはまったく気が付かなかった様子で谷岡は教室に入ってきた。


「高峰、お前大丈夫か?」


 里沙が居ることを知っていたのか教室に入ってくるなりそう口を開く谷岡に、もう里沙も呆れるしかない。


「マジで先生まで……あの噂はただの噂ですよ」


 頭の中は疑問と動揺で乱れていたが、里沙は何度も言われたその台詞で気持ちが少しだけ和んでいた。

 すると谷岡はふいにあたりを気にする素振りを見せたので、翔子がいることがばれたのかとなぜか里沙の方がドキドキしたが、谷岡はまったく気付かなかった。

誰もいないことをわざわざ確認してから、里沙に投げかけた質問の真意を告げた。


「いやそれもあるが……俺が気にしてるのはそっちじゃなくて、お前、杉のところにもしょっちゅう顔出してるんだろ?」


 谷岡の心配はそのことかとようやく一つ合点がいった。

 杉の不登校の理由は未だ聞いていない里沙だが、家庭の事情なのだろうことは薄々分かっている。だから初めて杉の家を訪ねたときは今後はあまり行かないほうがいいだろうと思っていたのだが、杉のほうは学校の状況を知りたがっていた。

 できるだけ早く復帰したいという思いと元来学校という場所が好きなようだった。

 だから里沙がどうでもいいような話をしても喜んで聞いているし、どんなことも少しでも状況が変わったならば教えて欲しいと言われている。もちろん里沙の負担にならない程度でいいと気を遣ってくれるが、全くの第三者である杉の意見や感想を聞くことは里沙にとっていいストレス解消になっていたので、定期的に杉の家を訪問していた。

そんな杉のことを思い出した里沙は翔子のことは一先ず置いておいて、会話に集中することにした。


「ちょっと授業のノートとが届けてるだけですけど」


 気遣いを見せる谷岡に大した用事で行ってないと弁明した。

 どうやら谷岡は今の里沙の状態に責任を感じているようで、すまなさそうにしている。


「杉のことを気に掛けてくれるのは嬉しいんだが、高峰のほうが学校でも忙しそうにしてるのに負担になってるんじゃないかと思ってな」

「学校で忙しいのは先生のせいでもあるんですけど」


 ついツッコミを入れると谷岡はあからさまな態度で釈明しだした。


「いやー、まさか生徒会のほうまで手伝うことになるとは想定外だ」

「どうせクジ運悪いですよぉーだ」


 それはもう仕方が無いのですっかり諦めている里沙は自虐的に言ったのだが、何故か谷岡は里沙を持ち上げだした。


「いや予想以上の働きしてるって生徒会の顧問の先生も褒めてたぞ」

「いやいやきっと最初の評価が低かったんですよー、だからちょっと頑張ってるとすーーっごく頑張ってるように見える得な性格なんです。羨ましいでしょ、センセ」

「お前なー」

「先生は器用貧乏そうだよね」

「……否定できんよ」

「だからまあ、あたしは大丈夫ですよ、もうすぐ夏休みだし。さすがにゆっくりできるでしょ」

「無理すんなよ、杉のことは俺もできるだけ気を回しとくし、委員もほどほどにして、団の方は無視してもいいんだからな」


 担任がそんなこと言ってもいいものかと突っ込みたくなったが、里沙の性格を読んでいるからこその優しさだと素直に受け取った。


「はーい、先生もね」


 里沙は担任教師に言うことでもないと思ったが、立場的にも谷岡のほうが何かと気苦労が多そうで、親しみとお礼も込めてそんな言い方をした。

 そんな里沙を重々承知している谷岡も小憎らしい奴だと言いながら笑っていた。それから少し委員会のことなど雑談をして谷岡は教室から去っていった。

谷岡がいなくなると教壇の下から翔子は姿を現した。


「急に隠れるからびっくりしたよ。何かやった?」


 突然の行動の真意を当然知りたかったから里沙は聞いたのだが、傍に来た翔子はなぜだか里沙の方は見ず、囁くような声で呟いた。


「ねぇ、里沙。今から家来ない?」


 今日の翔子は終始唐突で里沙を驚かせるばかりだ。


「え? ……別にいいけど」


 さっさと帰り支度をする最中も帰り道も翔子は黙ったままだった。そんな雰囲気に里沙も話しかけることができずに翔子の様子を伺いながらも景色を眺めたりしてそ知らぬ振りをした。



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