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「先輩、先輩! 高峰さんも! そこにいるの?!」


 辻口が鍵を解除し扉を開けると一条が飛び込んできた。


「もも江」

「先輩、違うの、高峰さんじゃないの」


 一条は辻口に抱きつくように止めた。


「こいつ以外いないだろ」


 辻口がそう口にすると、一条は眩暈がするんじゃないかと里沙が心配するくらい首を横に振った。

一条は事情を話し始めた。


「たぶん妹だと思う」

「妹? 話してたのか?」


 訝しむ辻口だったが、たぶんと言ってはいても一条は確信を持っているようだった。


「妹にも黙ってたんだけど、やっぱり家族だし何か感づいてる雰囲気あったからスマホ見られたんじゃないかと思う」

「なんで妹がもも江にそんなことするんだよ」


 その問いに一条はますます顔を顰めて今にも泣き出しそうになっていたが、それでも必死に堪えて説明する。


「最近反抗期みたいで……仲悪い、ううん嫌われてるの私、妹に」


 理由は一条にも分からないと、一条自身には思い当たることはないようだった。それでも姉が必死に隠して守っているものを壊すほど姉妹関係は悪いのだと、まるで一条は断罪されているように言った。


「だからバラしたのか……」

「妹は違う高校通ってるけど、この学校にも中学の時に妹の同級生だった一年生が何人かいるから、たぶんその子達に話したんじゃないかな」


 里沙がいくら言っても納得しないような辻口だったが、一条が説明を足していくことでようやく疑いは薄れていった。


「わりぃ、間違いだったみたいだ」


 気まずそうに誤る辻口の横で一条はさらに深々と頭を下げる。


「ごめんさない、高峰さん」


 疑いのきっかけになったの自分だと一条も丁寧に謝っていた。

そうされると逆に八つ当たりのように切れた里沙も居た堪れなくなってくる。


「いいよ別に、誤解も解けたみたいだし。それより一条さんこそこれから大変じゃん。きっとここに来たことも噂になって、益々広まっていくかも」

「いいの、いつかはばれる事だし辻口先輩と付き合ってるんだもん、覚悟してる」


 妹のことを話しているときとは違ってしっかりした口調でその覚悟を表していた。


「もも江はちゃんと俺が守るから」


 辻口のその台詞に里沙の方がこそばゆくなって茶々を入れる。


「おおー、カッコいいね先輩」

「別に普通だろ」

「一条さんはいい彼氏をもったねー、大事にしてもらいなよぉ」


テレもしない辻口に里沙ももう勢い任せで結婚するかのように祝福を送った。


「うん、ありがとう」


 一条はそんな里沙を分かっていながらも笑ってそう言った。


「何もできませんが、応援してるので頑張って!」


 教室に戻ると好奇の目に当然晒されたが、里沙はこの件に関しては黙秘を貫いた。

 どうにか無事にバスケ部部室から生還した次の日、一条さんから妹に確認したと報告があり、里沙の疑いは完璧に晴れた。これで一件落着かと思われたのだが、事態は思わぬ方向へ転がっていった。

 なんと噂がかなり曲がって広まっていったのだ。あろう事か、里沙と辻口と一条との三角関係だと話は膨れて、一条は辻口を好き、辻口はなんと里沙が好きだということになってしまっていた。

辻口が里沙の教室まで来て深刻な雰囲気で連れて行ったのがその発端となったようで、そのワケを話そうにも二人の交際を広めてしまうのに抵抗感があった里沙がなんとなく誤魔化してしまったことも要因となってしまっていた。

 数日経って里沙が廊下を歩けばこそこそとなにやら囁かれるほど学校中に噂が広がっていた。それでも付き合うとも付き合わないとも言わないことで、里沙への攻撃は一貫性を持たせることができないらしくそれほどあからさまなものはない。


 噂のことはともかく里沙自身の悩みもさっぱり解消する光も見えない状況だったが、熱い二人にあてられたのか、くよくよするのだけはやめた。分からないことで悩んでも仕方ないと逃避のような開き直りでも今の里沙は俯いて歩くだけでどんな噂が立って二人に迷惑がかかるかもしれないと考えたからでもあった。

 そんな時一条からメールで呼び出された。学校で会うと目立つからと二人が以前から唯一の隠れ家にしているという喫茶店が待ち合わせ場所だった。そこは確かに普通の高校生は決して来ない風貌で純喫茶と書かれた看板に里沙は入るのを少しためらってしまった。意を決して重い扉をあけると一条に声を掛けられようやく安心した。


「高峰さん」

「あーお二人さん。ちょっとぶりですがお元気ですかぁ」

「まーな、お前にもなんか迷惑かかってるみたいだな」

「別に気にしなくて良いですよ。それより一条さんは平気? 過激派に嫌がらせとかされてない?」


 里沙でさえ色々言われているのだから一条はさぞかしだろうと思っていたが意外にそうでないらしかった。


「噂だと私は片思いってことになってるから。友達には付き合ってるって話したんだけど、私と先輩だと上手く想像できないみたいで強がり言ってるようにとられてて」

「えー、なんかそれはそれで逆に失礼って気するけど」


 暗に一条は辻口と似合わないと言われているようなもんだと里沙は少し渋い顔をした。


「高峰の言う通りだ、俺がちゃんと公言するからさ、もも江も胸張っとけばいいよ」

「いやー、それもそれで不味いんじゃないですか。それこそ一条さんいじめられちゃいますよ。せっかくここまで隠してきたんだから、芸能人でもあるまいし公言なんかする必要ないですよ。一条さんはちゃんと友達には話したんだし、辻口先輩も大事な人だけに言っとけばいいんですって」


 それは里沙の本心だった。辻口の影響力を身をもって知った里沙だからこそ一条ことを思えば率先して矢面に立つことをないと心の底から思えた。


「でも高峰が迷惑だろ」

「別に迷惑なことなんてないと思いますよ、多少睨まれたりするくらいはあるかもですけど、気にならないし。もうすぐ夏休みだし、みんなすぐ忘れますって」


 自分自身のことはとことんネガティブに考える里沙もこういうところでは妙に楽天家になった。


「じゃあこのまま放っておくの?」


 一条からすれば当然の心配だろうが、里沙は完全に二人の味方だった。いやいっそ一条のファンだと言ったほうがしっくり来るほど一条を応援していた。なぜなら辻口を付き合っていると忘れていた数日前まで委員の活動の中でひしひしと一条の魅力を感じていたからだ。


「それでいいんじゃないかな。あたしさー、一条さんと辻口先輩は結構お似合いって感じするんだよねー。皆も意外なだけで見慣れれば普通のカップルと変わらない反応になるって」

「本当にそう思う?」


 不安げに聞く一条に里沙はそれはそれは強く頷いた。


「一条さんさ、見た目通り家庭的でしょ?」

「もも江は何でもできる」


 返事をしたのは辻口だった。


「そういう感じと控えめだけどしっかりしてるし、ヤマトナデシコ的なイイ女じゃん。先輩みたいな猪突猛進タイプはそういう人がお似合いだよ」


 辻口の印象が里沙の中ではその程度で、もし一条に不幸をもたらす様なら一言言ってやろうとまで思っていた。


「ありがとう、高峰さん」


 一条が笑ってくれて里沙は満足だった。


「ということで、噂は無視しておきましょ」


 結局は時が解決することだと里沙は結論付けた。


「ごめんね」

「悪いな」


 その後も噂をあえて訂正しないことで内容はどんどん過激になっていったが、それでも里沙は徹底的に知らぬ振りを貫いた。委員で会う一条はいつも心配してくれていたが、二人でこそこそと話しているものだから余計に話を膨らませることになっていた。

 ただひょんなことから有名人になって周りがざわついていても、里沙は二人に言ったとおり本当に気にしていなかった。かえって好き同士で付き合っている二人でもこれほどの苦労が付いて回るのだから、一人で恋していてヤキモキしている里沙の悩みくらい当然に思えて気が楽になっているくらいだった。

それと翔子の言葉も思い出した。片思いは恋が楽しい時間だと言った翔子。誰を想っているのか確かめる勇気はなかったが、いつかライバルになっても翔子となら正面から向き合えると思えるようにまでなっていた。

 しかし、里沙が考えるよりも周囲は里沙を心配していた。


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